親友

 あれから数十分もしないうちに、鈴菜すずなは街角へと駆けつけた。その道中、彼女はヒロと遭遇する。

「また会ったな、お嬢さん。この辺りで、昨日のヴィランが出没したらしい。君も早いところ、避難した方が良いだろう」

 そう忠告した彼に対し、鈴菜は魔法石を見せつける。

「ウチもウィザードになったんスよ。これからは『お嬢さん』改め、お兄さんの同僚の迫上鈴菜さこがみすずなッス。よろしくッス!」

 己の名を名乗った彼女は、妙に得意げな表情だった。そんな彼女の心意気を前に、ヒロは少しばかり難色を示す。

「これは危険な仕事だ。君のような、未来のある若者が命を捧げて良い仕事じゃない」

「お兄さんだって、十分若いじゃねぇッスか!」

「俺は良いんだよ。俺は……な」

 何か事情があるのか、彼の横顔は妙な哀愁を漂わせていた。一方で、鈴菜にも彼女なりの事情がある。

「お兄さん。今回の仕事は、ウチ一人にやらせて欲しいッス! 誰かに汚れ仕事を押し付けて、その誰かを憎んで生きることになるのは、真っ平ごめんッスよ!」

「別に、俺を憎んでくれても構わない」

「ウチが嫌なんスよ! あずさのいねぇ世界でのうのうと生きるくらいなら、せめてその十字架だけでも背負っていきたいんスよ! それが、親友って奴じゃねぇッスか!」

 そんな覚悟を語った彼女の眼差しは、真剣そのものだった。ヒロは深いため息をつき、条件を提示する。

「良いだろう。その代わり、俺は戦いを見守るからな。君が危なくなったと判断し次第、俺は介入する。それで良いか?」

「おっす! 絶対に、ウチ一人でケリをつけてやるッスよ!」

「見上げた覚悟だ。さあ、現場に向かうぞ」

 こうして話はまとまり、二人は梓の暴れている現場へと向かった。



 現場に到着したヒロたちは、壮絶な光景を目の当たりにした。周囲では重傷を負った人々が倒れており、救急隊員が集まっている。そしてその中心では、ヴィランに変身した梓が雄叫びを上げているのだ。


 もはや鈴菜に、迷っている暇はない。

「変身!」

 彼女はすぐに魔法石を使い、青い衣装に身を包んだ。そんな彼女を睨みつけ、梓は何本もの氷柱を発射する。しかし今の鈴菜はウィザードだ。彼女には、ヴィランと戦えるだけの力がある。

「ウチは、逃げねぇッス!」

 そう叫んだ彼女の周囲から、無数の星型の光が生まれた。光は一斉に動き始め、凄まじい速さで氷柱を撃ち落としていく。何やら彼女の魔術は、遠距離からの攻撃に特化しているようだ。梓は氷の剣を手元に生成し、間合いを詰めようとする。

「わぁい! 鈴菜だ! 鈴菜がウィザードになったぁ!」

 ヴィランと化してもなお、彼女には人間だった頃の記憶が残っているようだ。鈴菜は一心不乱に星型の光を発射するが、梓はそれらを氷の剣で切り落としていく。このままでは、近接戦闘を強いられることになるだろう。

「悪く思わねぇで欲しいッス……ウチには、こうすることしか出来ねぇッス!」

 鈴菜は己の両手に、星型の光を生み出した。そこに光の粒子が徐々に密集していき、より眩い光を形成していく。そして、梓が彼女のすぐ目の前まで迫ってきた瞬間――


「ノヴァ・マスタァー!」


――凄まじい威力の光線が、梓の身を貫いた。梓は勢いよく爆発し、変身の解けた状態で宙へと投げ出される。鈴菜は咄嗟に跳躍し、両腕にその体を抱え込んだ。そして彼女が着地した時、梓の体はすでに消え始めていた。

「梓……ごめん」

 鈴菜はか細い声で囁いた。薄れゆく意識に抗いつつ、梓は彼女に対する心情を語る。

「これで、良かったんだよ。アタシ、鈴菜を恨んでないよ。これからも、アタシたち、ずっと……親友だから……」

 この瞬間、梓は笑顔だった。それは鈴菜が見た――彼女の最後の表情だった。


 梓はその場から完全に消滅し、鈴菜は大声をあげながら泣き崩れた。

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