迫上鈴菜
帰り道
ある日の夕方、あの少女は友達と共に街中を歩いていた。二人はスクールバッグを肩にかけており、彼女たちが学校帰りであることが示されている。
少女たちは歩みを進めつつ、会話を弾ませる。
「この通りにヴィランが出てきた時、ウチあの縁石につまづいて転んじゃったんスよね。そん時にウィザードのお兄さんが来て、ウチのことを助けてくれたんスよ!」
「危なかったね、
「本当ッスよ! ヴィランのニュースはよく見ていたけど、これはもう他人事じゃねぇッスね。
あの時は命を救われた鈴菜も、明日には命を落としているかも知れない。あるいは、その友人の梓が死ぬこともあり得るだろう。
青いメッシュの入った髪を風になびかせつつ、鈴菜は話を続ける。
「……あの時の翌日、ウィザードのお兄さんは、ウチの大切な人が殺されたとしても、ウィザードに感謝できるのかって、そう聞いてきたッス。例え家族を失っても、梓を失っても、ウチはウィザードを許せるのか、正直あまり自信はねぇッスね」
ヒロの前ではああ言っていた彼女も、どこか迷いを抱えていたようだ。しかし彼女は、ウィザードのおかげで生き永らえた――その事実に変わりはない。梓は突如立ち止まり、それからゆっくりとうつむいた。その口からは、彼女の心情が語られる。
「アタシだって、自信なんかないよ。仮にもし鈴菜がヴィランになって、ウィザードに殺されたら、アタシきっとウィザードのことを憎んじゃう。自分がヴィランになったとしても、きっと殺されることを拒むと思う」
ヴィランのいる社会における掟は、二人にとってあまりにも重すぎるものだった。無論、この世界において、ヴィランを人間に戻す技術は確立されていない。彼女たちは虚ろな目で互いを見つめ、再び目を逸らした。
それから再び話を切り出すのは、鈴菜だ。
「元々、この世界は完璧とは程遠かったんスよ。ヴィランが現れる――ずぅっと前から」
その言葉の意味するところは、梓にはわからない。
「それって、どういう意味?」
「大勢が満腹になれる世界は、誰かの悲劇に蓋をしながら回ってきたんスよ。人々は他人事が永遠に他人事であると信じ、見えない悲劇から逃げ続けてきたッス。今はきっと、その悲劇が蓋を押し上げて溢れかえったんスよ」
そう語った彼女に対し、梓は怪訝な顔を見せるばかりだ。
「そう、なのかな。ヴィランが出てきたことと、アタシたちの知らないところで誰かが苦しんできたことは、何か関係があるのかな」
彼女が鈴菜の言い分を理解できないのは当然だ。しかし鈴菜も、自分なりの考えがあって言葉を発していることは確かである。
「そりゃ、確証はねぇッスよ。だけど全てがウチらの招いた結果だって考えねぇと、それこそヴィランのもたらす実害から逃げ続けて、いずれウィザードを憎むことになりそうッス。だからウチは因果の存在を信じるんスよ」
「鈴菜……」
「誰かに憎しみの矛先を向けることが出来れば、楽になれるとは思うんスよ。それでも、ウィザードはウチの命を救ってくれたから、ウチはウィザードを憎みたくはねぇんスよ。じゃあ代わりに何を憎むべきかを考えても、それはそれで馬鹿らしいじゃねぇッスか」
そんな考えを語った鈴菜は、どこか儚さのある愛想笑いを浮かべていた。この時、彼女の脳裏を過っていたのは、ヒロの寂しげな後ろ姿であった。
やがて分かれ道に差し掛かり、二人は一度立ち止まった。
「それじゃ、また明日ね。鈴菜」
「おっす! また明日ッス!」
両者は互いに別れを告げ、それぞれの帰路へと進んでいった。
――その直後だった。
突如、何者かが梓の背後に現れ、彼女の首筋に何かを注射した。そして梓の目が黄色に発光するや否や、彼女の身からは忌々しい雰囲気が醸し出された。
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