翌日、明朝みんちょう高等学校にて悲劇が起きた。それは昼頃、鈴菜すずなあずさが教室で弁当を食べていた時のことである。

「うぅ……苦しい……」

 突如、梓は苦痛を訴え始めた。その様子を心配し、鈴菜は彼女の顔を覗き込む。

「梓……?」

 鈴菜がそう訊ねた時には、何もかもが遅かった。突如、梓はペンギンのような姿をしたヴィランに姿を変え、その体に冷気をまとい始めた。彼女自身と鈴菜を除き、その教室にいた全ての生徒が立ち上がる。彼らは一目散に逃げ始めたが、次々と凍らされてしまう。暴れ回る梓を追い、鈴菜は廊下へと飛び出す。

「梓! 目を覚まして! 梓はこんなこと、望んでないはずッスよ!」

 しかしその声は、梓の耳には届かない。

「殺したい。いっぱい、殺したい」

 そんな物騒なことを呟きつつ、彼女は氷の剣を作り出す。彼女はそれを振り回し、生徒たちを次々と切り倒していく。説得が無意味であることを知ってか知らでか、鈴菜は依然として諦める様子がない。

「やめて、梓! 元の梓に戻って欲しいッス!」

 それが彼女のひねり出した精一杯の言葉だ。この状況下において、彼女の頭が十分に回ることはない。よしんば良い言葉が浮かんだとしても、それが意味を成すこともないだろう。


 そんな時、一人の男がその場に現れた。

「お嬢さん、逃げろ!」

――ヒロだ。彼は宝石を手に握り、その場で変身する。彼は己の手に炎をまとった剣を生成し、眼前の「ヴィラン」との間合いを詰める。梓は氷の剣で身を守り、それから剣術を発揮していく。両者の剣は激しくぶつかり合い、鈴菜が逃げだせるだけの十分な隙を生み出した。死闘に汗を流しつつ、ヒロは叫ぶ。

「さあ、お嬢さん! 今のうちに!」

 無論、ここで迷いを見せない鈴菜ではない。

「で、でも……その子はウチの親友で……」

 そう――つい先ほどまで、彼女は梓を説得しようと試みていたのだ。そんな鈴菜に、親友を見捨てることは難しい。しかし、ここで人命を見捨てるわけにはいかない。

「自分の命が第一だ! 早く行け! その親友は、お前が死ぬことなんか望まないはずだ!」

 そう叫んだヒロは、真剣な眼差しをしていた。元より、彼がヴィランと戦っているのも、人命を守るためである。そんな彼が鈴菜を見捨てられないのも、無理はない話である。

「お……おっす!」

 彼の気迫に圧倒され、鈴菜は頷いた。彼女は一筋の涙を流しつつ、すぐにその場から走り去った。


 ここからは、ヒロと梓の一対一の戦いである。

「まだ未来があっただろうに、気の毒だな。君のような高校生が、ヴィランと化してしまうとは……」

 そんな独り言を呟き、ヒロは炎の剣を勢いよく振る。やはり彼の斬撃は氷の刀身で防御され、その直後には相手からの斬撃が襲い掛かる。ヒロは咄嗟の判断で右手に握る剣を傾け、その一撃から己の身を守る。両者ともに、一歩も譲らない戦いである。

「くっ……なかなかしぶとい奴だな……」

「えへへ……アタシ、ヴィランになっちゃったからね。もう、人を殺さずにはいられないなぁ」

「そうか。俺は君を、早く楽にしてあげないとな……」

 ヒロの握っている剣の刀身が、炎の渦をまとい始める。彼はいよいよ、この戦いに決着をつけるつもりなのだろう。一方で、梓にその意志はない。

「もう少し、暴れたいな!」

 そう言い放った彼女は、辺り一帯を白い煙のようなもので覆った。一瞬にして視界を塞がれ、ヒロは少しばかり動揺する。

「まずい……!」

 彼は咄嗟に剣を振り、煙を薙ぎ払った。しかしその場にはもう、梓の姿はない。彼はすぐに変身を解き、日向ひゅうがに連絡を入れる。

「もしもし、ヒロです」

「上手くいったか?」

「いいえ、標的を逃してしまいました」

 今回の失敗を報告しつつ、彼は肩を落とした。このままでは、被害が拡大することは目に見えている。

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