第11話 人、時々竜

side 人間族の少年シオン


この世には二つの大陸がある。

『天界』を支配する神々の勢力下である『天大陸』。

『魔界』を支配する神々の勢力下である『魔大陸』。


人間族をはじめとする人類種族は『天界の神々』の眷属だ。

だから僕ら人類は『天大陸』を主として活動している。

人類種族の内訳は人間族、エルフ族、ドワーフ族、獣人族、鬼人族、蟲人族、海人族、竜人族となる。

種族間の対立が緩やかなもので他種族からなる国家は珍しいものじゃない。


種族はそれぞれ他の種族にはない長所がある。

まあ、そうでもなければ神々がぽこじゃか生み出した意味がないけど。

人間族であれば繁殖力、エルフ族であれば高い魔力、ドワーフ族は怪力に頑丈さ、獣人族は研ぎ澄まされた獣性にタフさ、鬼人族は大柄な肉体とそれに見合った身体能力、蟲人族は、魚人族は唯一無二の水中戦闘力、竜人族は他を圧倒する程の万能さ。


そしてこの中で一番―――『最強』や『最優』を選ぶのだとしたら間違いなく竜人族が選ばれる。

余程頭の凝り固まった頑固者や種族主義者でもない限りのほとんど大半の人がそう考え、答えるはずだ。

異世界人で、比較的フラットな物の見方が出来る僕が言うんだから多分間違いない。


高位の魔物である竜族ドラゴンと人間族を掛け合わして誕生したと言われる種族はかつては人と竜という二つの姿を持っていた種族だ。

かつては、過去形を使っているのは千年前まで続いていた『天魔大戦』で大きくその数を減らしたからだ。


強力かつ長命な種族である竜人族の繁殖力は低い。

同じ長命種であるエルフ族やドワーフ族以上に。

故に純血を維持できなくなるのにそう時間はかからなかった。


命脈を繋ぐために他種族と交わり、自身の力を分け与えていく事になった竜人族。

一代限りなら兎も角、何代も続けるにつれて竜に変化できるものが減り、身体が虚弱化した。

今では竜と人という二つの姿を持つ者は一部の王侯貴族や先祖返りに限られる。

混血によって失ったものがある種族は多いが、大抵他の何かを得て補っている。

しかし、失うばかりで零落の一途をたどるのはこの竜人族のみなのだ。

無数にあった王国は歴史の露と消え、残っているのが僅か数か国なのがその証拠だ。


この世界にきて直ぐの頃、軍団で教えられたことだ。

あまり役に立たなかった知識だが、ふとそんな事を思い出した。


……何でこんなことをふと思い出したのかって?


竜人族なんてピンポイントな事項の回想をしていたのか。

遭遇した経験なんてついこの前にボコボコにされたのが初めてだったくらいなのに。

銀の髪をたなびかせる長身の少女くらいしか出会っていないというのに。


そう、僕は彼女しか知らない。

そしてもはや血が薄くなりすぎて人間族と姿の変わらない竜人族を見分ける事なんてできず、連想することもできない。


「―――まさか、それ食べさせる気じゃないでしょうね。」


つまり、僕の近くに彼女がいるという事なのだ。


 △▼△


出会いはふとした時だった。


何時も通り四人で『魔境』の探索に出向いた時だった。

都市を出て『アルフの濃林』に向かう途中の事だ。


「……ん? 怪我人か、不運な事だ。『魔境』を前にして足踏みをすることになるとは。しかも一人か、単独ソロの辛い所だな。」


弓兵であり狩人であるベルは目が良い。

僕やアルフォス達では見えずとも彼なら一目で見渡せるほどに。


「……助けに行こうか? 簡単な『治癒魔術』なら僕も使えるぞ。」


仕方がないとはいえ単独ソロで行こうとしていた身だ。

手を取り合わないのは何か理由があるのかもしれないと分かる。

余裕もあるし、手助けする位は許されるだろう。


「君はあまり術を使う役回りではないからな。いいんじゃないか?」


「見殺しにすんのも目覚めが悪いしな。こっちが潰れない程度ならいいぜ。」


「あたいも賛成だぞー。」


幸運にも四人で意見が一致した。

意見が通ったことにホッとしながら、件の人物の下に歩いていく。


―――そして、その人物を見て僕は硬直した。


「おいおい、結構やられてんなぁ……。」


「おーい、大丈夫かー? 身体、痛くないのかー?」


その人物は傷だらけだった。

鎧はボロボロになり、その下に纏う戦衣も破れて悲惨な事になっている。

激戦のあとに相応しく、衣類や軽鎧の下の素肌も怪我だらけで目を背けたくなる。

美しい銀髪は腰に届く程長く、煌めいているはずが真っ赤な血で汚されており本来の輝きを失っている。

しかし、それでも両の瞳は輝きを失っておらず、強い意志を宿している。


「……何よ。わたし、見世物じゃないのよ。」


獲物は砕け散り、全身は怪我だらけの瀕死。

どう見ても絶体絶命としか言いようのない状況だが、気丈さを崩さない少女。

黄金の眼に見つめられるだけで、背中に冷たい汗が流れるし、思わず唾を飲み込むほどの圧を感じる。


当たり前だ。

この少女が僕ら冒険者を纏めて倒した竜人族の少女なのだから。


「……襲われたのか。」


「襲われた……? まさか、彼女がだと?」


目の前の惨状に僕は直ぐに原因を察した。

僕と同じようにベルも察したのだろう、どうしたものかと思案をしている。

アルフォスにメナフォスも何となく分かったのか、目に見えて表情が変わっている。


「ええ、そうよ。でもこうなるのは何時もの事よ、ほら分かったら何処か行きなさいよ。」


死にかけの様子でそれだけの気丈さを見せるのは見事だけど何処からそんな自信が出てくるのか……。


「……流石に死にかけの人見てそのままにはできないさ。」


怪我だらけの少女に近づき、掌を翳す。

うろ覚えだが『治癒魔術』の呪文と唱え、彼女の傷を癒す。

失った血を補填することはできず、傷を少し塞ぐだけだが何もしないよりかはマシなはずだ。


「……何もしないよりかはマシだな。立てるか?」


「別に治癒しなくても立てるわよ。さっさと行ったら?」


少しばかり顔色が良くなった。

でもまだ失血の影響を受けているのだろうか気怠そうにしている。

万全なら兎も角、今の彼女なら僕でも殺せそうだ。


もう少し強力な治癒が必要だけど、これ以上の術はあんまりなんだよなぁ。

それに怪我は自然治癒が一番だから、無理はさせたくないし……。


そうやって僕が悩んでいるとベルが思い切った発言をした。


「ふむ……どうする? 彼女も連れていくか?」


僕等の目的地を『魔境』とするなら連れていくべきではない。

怪我人を探索に加える事は危険だし、彼女を敵視している冒険者の襲撃に巻き込まれる。

見晴らしのよい平地や比較的安全な都市内ならともかくとして、危険地帯である『魔境』で襲撃を受けたらたまったモノじゃない。


とはいえ確かに怪我人を此処に放置していく事も憚られることも事実だ。

感情的にも個人的にも彼女を放っておくことはできない。


「……僕が背負えば行けるか?」


「行けるかよ。中衛おまえが足潰しちゃあ意味ないだろ。」


返す言葉もない。

前衛や後衛の補助を主とする僕は当然足を使う場面が多い。

攻撃を避ける事も多いから余計にそうなる。

重い荷物や武器防具は避けるのが当たり前である以上は、人を背負うなんて言語道断なのだ。


「んー……でも、シオンの気持ちも分かるぞー。幾ら何でもここで見捨てるのは駄目なんだぞー。」


「だからといって俺達が潰れるような真似は出来ねぇよ。」


『魔術師』らしくアルフォスは冷静だ。

僕みたく感情に翻弄されることなく、淡々と現実を見ている。

冷酷だの、人の心がないなど罵倒される『魔術師』だが情に流されず正しい判断ができるのは紛れもない美点だだろう。


だけど、僕はそれを頷きたくはない。

何故かと言われても答えられないが、こうやって倒れている者を見捨てるのはどうしてか心が咎めるのだ。


「ふむ……そうさな。」


見捨てられないメナフォスに僕、見捨てるべきだというアルフォス。

お互いに意見を言い合っても、そもそもの前提が違うのだ。

意見のすり合わせなど出来るはずもなく、ただの言い合いに終始することになる。


しかし流石に不毛な事この上ない話なので流石に燃え上がった感情も落ち着くと何とか妥協点を探し始める。

だけどやはり真反対の意見同士だと中々それも見つからない。

そうしていると無意識に僕もアルフォス、メナフォスも離れた所で間抜けな顔をしているベルに視線をちらちら向けるようになった。


決断を下さず、他人にそれを委ねるのはよくないが下手にその責任を負いたくない僕等は無言でベルナデッドに助けを求めていた。

流石にこれだけ熱視線を送ればベルも気づいたのか、頭を捻りどうしたものかと思案を始めた。


そして一頻り悩んだ彼はこう言った。


「―――よし、今日はもう休もう。シオン、野営の道具はあるか?」


「え? ああ、うん。一応持ってきてるけど……。」


そして少し離れた場所で野営の準備をすることになったのだった。


 ▼△▼


その後、怪我人の少女を担いで開けた場所にテントを張った。


魔物という先客がいたが、流石にゴブリンやコボルトに遅れは取らない。

メナフォスと僕がひきつける間にアルフォスとベルで仕留めてたのだ。


仕留めた魔物を解体して魔石や素材を回収すると、もうお昼ごろだ。

身体を酷使する冒険者という職業柄日々の食事は重要である。

基本的に手早く済ませることは多いが、それでも食べる用にはしている。


……それなのに酒だけ飲んで生きている連中はどういう構造をしているんだろうか。


「取り合えず、こんなもんか。」


コボルト肉、水、野草で出来た粗末なスープを椀に盛る。

コボルトの骨で出汁を取り、肉から旨味を抽出したとても出来がよいとは口が裂けても言えない代物だ。

臭み取りの雑草を入れたが全く役に立っていない。


「……ちょっと、これ食べさせる気?」


確かに怪我人に喰わせるものじゃない。

口先をとがらせて講義をする少女に内心同意をする。

しかし、自分のせいとはいえ予想外の野営。あんまり非常食を使いたくはない。

折角食べられる肉が手に入ったらそっちを消費していくべきだ。


「別に臭いは凄いけど味は悪くないぞ。」


試しに肉を一欠けら口に放り込むが味は悪くない。

確かに臭味は酷く、全ての旨味を台無しにするけど。


だが少女の抗議は別の所にあるらしい。


「人型の魔物なんて食えないって言ってるんだけど。」


「不味いのはゴブリンくらいでオークなんかよく食べるじゃないか。なあ、皆。」


「いや、人型だろうが獣だろうが食べるのは君くらいじゃないか? オーク肉はよく食べるがコボルトにまで好んで手を出すのは君くらいだ。」


おい、よく一緒に皆で食べてるのにその言い草は。

前に犬鍋もどき作った時は美味い美味いって言って食べていただろう。

アルフォスにメナフォスだって食べていたのに頷かないで欲しい。


「……まあ、でも怪我を治すなら食べて休むのが早い。不味くても気に入らなくても肉を食って寝るのが一番だ。」


「だからといってわたしにそれを押し付けないで頂戴!? ……分かったわよ! 自分で食べるから置いときなさいな!」


結局、少女は僕の作ったスープを顔を真っ青にしながら飲み干した。

だけどあまり口に合わなかったのかそのままテントの中で倒れる様に眠りに入った。

流石に慣れていないやつに喰わせるものじゃなかったか。

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