第2話 祈る少年
side シオン
唐突だが、僕はこの世界の人間ではない。
日本と呼ばれる国から召喚された異世界人だ。
そして色々あって、召喚された国―――『アルファード王国』から離れることになり、『城塞都市アルフ』にて腰を落ち着けることになった。
就職しようにも何の伝手もコネもない僕は誰でもできる冒険者になるしかなかった。
元々軍団に匿われていたお蔭で最低限の戦闘力は確保していたが、その他知識は思い切り欠落していた。
魔物知識や算術、地理はまだマシだったんだが一般常識が欠けており、冒険者ギルドの初心者講習が無ければ早死にしていたのは確実だろう。
……まあ、その事をネタに未だに弄って来る奴等もいるんだが。
「―――おい《
「元とはいえ御貴族サマだろう? 蓄えもあるんじゃねぇのか~? なあ、少しは恵んでくれよー。」
「呑兵衛共め……。もう半年経つのに何も変わっていない……。」
半年前から続く些細なイジりに辟易する。
弄って来る奴はいつも一緒だ。
そして
夕方時のギルド併設の酒場。
貧村出身らしい冒険者の
どうにも彼等は金持ちへの嫌悪感や反発心が豊かなようで金持ちじみた所作をするらしい僕に対してその感情をぶつけてくる。
迷惑だが、もう慣れてしまってどうする気も無いのが現状だ。
口で言ってもどうにもならず、ギルドに頼る程でもない。
武力解決も一対一なら兎も角、あれだけいると絶対に勝てないからどうにもならないから無理である。
「すみません、この依頼二つを。」
「はい、少しお待ちください……ゴブリン討伐と薬草採取ですね。承りました。冒険者カードをお願いします。」
どちらも報酬は安いが長期間かつ、難易度は低い。
数が多いのがネックだが、そこはリスクと受け入れるしか無い。
こういう時、
「あの、シオンさんも
依頼を入力する為に渡した冒険者カード返却時に受付嬢からアドバイスを貰った。
難易度向上に伴う戦力の集団化。
確かに彼女の言う通りだろう。
実際、既に幾つかの依頼は辛うじて達成しているようなものだ。
先日のコボルト討伐も偶然居合わせたベルナデッドがいなければもっとギリギリを攻めることになったはずだ。
ならば三人か四人ほど集めて一党を組むべきなんだろう。
だが残念なことに自分は結構な秘密がある。
というか異世界人というだけでも隠さなきゃいけないのにこれ以上の秘密を抱えている以上、親密な付き合いをするのは不味いのだ。
余り口が堅いとは思えない僕の事だ。
少しでも仲良くなったらポロっと零しかねない。
「……まあ、考えときますよ。」
「お願いしますね。『魔術』に『秘蹟』の両方が使える冒険者は引っ張り凧でしょうし。」
取り合えず断るのも気分が悪いから適当に頷いておく。
問題の先送りでしかなかったが、一体どうしたものか……。
△▼△
「取り合えず明日以降の予定は決まったな。」
夕焼け時の空を見上げながら、止まっている宿屋に帰る僕。
夜になれば酒場以外は閉まってしまうから道具類の補給を済ませておかないと……。
「長期間の都市外、それも近場に村とかも無かったから野営道具に保存食か。」
明日の朝一番でギルドから『道具袋』借りるか。
高いけど、野営道具に食糧を持って行くとなれば必須なんだよな。
もう少し貯金が貯まったら購入するのもアリ……いや、下級冒険者が買えそうな奴はあんまり入らないんだよなぁ……。
「あ、シオンさーん! いい所に来ましたね!」
いや、ここまで来たら野営道具も借りるか。
一人分なら大した額にならないだろうし。
「聞いて下さいよー! あのハゲ司祭、セクハラにパワハラ三昧! 私が平神官だからって舐めすぎじゃないですかー!」
そうだ、折角だから晩飯は贅沢に外食にしようか。
この前肉が旨そうな店があったんだ。
値段も手ごろだったし、行くのもいいかもしれない。
「あ、そう言えば最近、お参りに来ませんよね。困りますよー。きちんと来てくれないと私のおかずが一品減るんですよー?」
……いや、買い出しや晩飯の前にやることができたな。
神殿へゴミ出しだ。
「え、シオンさんいきなり掴んできて何するつもりですか? いや~ん、エッチ――――――って、ああああああああああああああああああああああああああッ!? 肩関節がァーーーーーー!? 極まってる、極まっちゃてますぅーーーーーー!!」
△▼△
「痛い痛ぁ~い……。」
「……申し訳ありません、冒険者シオン。彼女には厳しく言っておきますから……。」
この女にボロッカスに言われていた司祭だが、言われている程悪い人物ではない。
司祭服はキチンと整えられており、染みはおろか埃一つついていない。
痩せぎすで禿頭、神経質そうな顔つきは取っ付きずらさを感じさせ、小奇麗な姿格好も合わさり第一印象は余り良くない男だ。
だが、神経質さは裏返せば厳格さだ。
何時も絡んでくるこのちゃらんぽらんシスターとは確かに相性が悪い。
「まあ、何時もの事ですから……。それに御参りに行って無かったし丁度良かったです。」
「そうですか……ではこちらに。」
司祭に連れられて礼拝堂に入る。
左右に六柱、真正面には一柱。
合わせて十三の神像が鎮座している。
まだ昼前の時間という事もあり、誰もいない空間を一人で跪く。
十三の神像は全て『天界』に属し、運営する主神達だ。
人類を創造し、魔物を生み出した『魔界の神々』と長きに渡る戦争をしている。
主神達十三柱はこの通りだ。
《神妃》ヘラ=フリグ
《慈悲知らぬ剛神》ダイノンド
《復讐の神》ヴィーダル
《盾と城壁の守護女神》アテナ
《純白の竜神》ドラウグブル
《技工と商業の神》ヘファイトス
《金陽の男神》アポロン
《銀月の女神》アルテミス
《豊穣の戦神》フレイ
《航海と船の神》トリトン
《雷の暴神》トーレス
《勇気と闘いの神》ヘリクレス
《冥府の管理者》ハーデス
神々はそれぞれが何かしらを司り、その司る事物に応じて信徒に恩恵を与える。
有名どころで言えば《守護女神》アテナだろう。
僕達を召喚した『アテナ教団』の祭神であるかの女神は熱心な信徒、それも騎士や戦士にその『恩寵』を与える。
『スキル』の一つである『恩寵』の力は凄まじく、世界各地で女神から力を得た神殿騎士が活躍したという吟遊詩人の詩は現在進行形で聞く。
恩恵には力以外にも従える天使族やその神直接の庇護も挙げられる。
現代では聞かないが、最も新しい記録で百年ほど前にとある都市を囲んだ魔物の群れを天使族の騎士達が滅ぼしたというものがある。
これだけ聞けば神々は存外いい奴等に聞こえるだろう。
信仰という不確かな、形のないものだけで人類に数多の恩恵を与える非常に都合の良い存在だと。
この流れなら僕の言いたい事も何となく分かるだろう。
神々は人類が思う程、都合の良い存在では無いという事を。
少なくとも僕達は女神の思惑によってこの世界に召喚されたのだ。
お世辞にも出来が良いとは言えない十三の神像。
だが《盾と城壁の守護女神》アテナのものは出来が良い。
細かい所まで作り込まれており
世界有数の信徒を誇る大女神なだけはあるだろう。
それに引き換え、《雷の暴神》トーレスの神像は酷いものだ。
表面が擦り切れているせいで表情も服装もはっきりしない。
何やら武装しているということは分かるがそれだけだ。
憂いを帯びた表情で兜や鎧に身を包んだ女神像とは大違いだった。
「狂戦士の神とはいえ、何時見ても酷いな。」
「ですが、仕方ありません。単一神殿なら兎も角、複合神殿でこの神へ祈りを捧げる人は少ないので。」
司祭が仕方のないように言う。
実際そうだし、仕方のない事だ。
僕達人類は神々に利用されているが、同時に人類も神々を利用している。
そして最低限の体裁を保ち、使うべきところにお金を使うのが合理的なのだから。
「……まあ、アテナに祈るのも癪だし今日も祈ってあげるとしますか。」
神像の前に跪いて、両手を組む。
願いは無く、無心で祈る。
祈りの間には何も考えず、無心である。
冒険者になってから常に考えているため、こうやって何も考えずに居れるのは心地が良い。
信心深くなど無いし、神々には恨み辛みしかないけど、精神安定のためだと思えばまだマシだろう。
「……で、シスターさんは何で僕の頭を撫でているんですかね?」
瞳を閉じて無心になっている所を邪魔するのは何時ものシスター。
無言でひたすらに撫でている。
いい加減鬱陶しいので払いのけながら立ち上がると相変わらず罪悪感など無い顔で口を開いた。
「え、丁度良い位置に頭があったら撫でますよね?」
「脳味噌詰まってます? 代わりに入っているの胡桃だったりしません?」
大真面目にそう言ってのけるシスター。
仮にも神官、つまりは聖職者なのに煩悩に支配され過ぎだと思う。
「まあまあ、偶には良いものですよ。それにシオンさんに髪は撫でやすくて丁度良いんですよ。もうちょっとよしよししたいんで屈んでくれませんか?」
「人の台詞聞いていますか?」
「まあまあ良いじゃないですか。シオンさん位の年になったら褒められる事も稀なんですから。」
▼△▼
結局、押し切られ三十分くらい撫でられた。
本当に色々な意味で凄いシスターだ。
「にしてもまあ……どうしたものかなぁ……。」
冒険者カードの裏側を見やる。
所有者以外には見えない情報が刻まれた裏側。
自身の『スキル』が可視化できるという冒険者カード唯一の機能。
其処に刻まれているのはこの世界に来た時から与えられた忌々しき『呪詛』。
それも複数の神格から付与された〈天界の神々の呪詛〉だ。
バレたらどうなるかなんて、考えたくもない。
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