第3話 戦い、そして再会

side 冒険者シオン


大刀グレイヴが閃き、赤い血潮を散らす。

その血潮の持ち主であったゴブリン達の屍。

青い草が茂る草原は最早血の池地獄と変わらない惨状になっている。


だがそれでも恐ろしいとか悍ましいとかを感じない。

きっとそれはまだうじゃうじゃいるゴブリン共のせいだろう。

力なく倒れている屍を優に超す数を誇り、戦意を漲らせる魔物の群れ。


何処にでもいて、変わらず不快感を感じさせる緑色の小鬼。

数だけ、言い換えれば尋常ではない程の数になれば脅威になるという事。

逆張りでしかない言葉だが、尋常ではない繁殖力を持つこの魔物なら強ち否定しきれないのが恐ろしい。


現に僕は無数に現れるこの魔物を相手にかなり不味い事になっている。

振るいなれているはずの大刀グレイヴが重い。

これまで一度も棒になったことがない足が動かない。

筋肉に乳酸が溜まっているからだ。


『魔術』や『秘蹟』を使おうにも疲労で喉と頭が回らない。

呪文が思い浮かばず、浮かんでも舌が回らず引っかかる。

体内の『魔力』を引き出すのも、大気中の『魔素』を練り上げるのも無理だ。


つまり総括すると、僕は断崖絶壁の淵に立たされている。


「油断したつもりは無いけど……!」


血と油塗れになって切れ味の落ちた相棒。

だが防具も何もない素っ裸のゴブリン相手ならまだまだ大丈夫だろう。


しかし肝心の腕が動かなくなってきた。

長剣ロングソードと同じように重さで叩き切る事を本領とする大刀グレイヴの欠点だな。

どうしても短剣ショートソードや槍と比べて疲労が溜まりやすい。


「……買い替え時だったし、丁度いいさ。」


呟いたと同時に頬を掠る石の礫。

少しだが頬を削り、じわりと漏れる血で肌を濡れる。

小さいが勢いがあってかなりな威力だ。

もう少し頭がずれていたら地面に落ちた柘榴になる所だった。


「『統率個体』がいなくなっても悪知恵は働くな……!」


一匹が知恵を付けると流行り病のようにそれが伝播していく。

後方で気を伺っていたゴブリン達が地面に転がる小石を拾い、投げ始める。


数を伴う投石は強力だ。

Cランク以上の人外染みた奴等なら兎も角、精々一般人に毛が生えた程度のE+ランクの僕では流石に不味い。


「ふッ!」


力を振り絞り、得物を振るう。

車輪を描くように回転させ、襲い掛かる礫を打ち落としていく。


(ああ、最悪だ。逃げ時を……いや、そもそもの相手を間違えたな。)


最悪な状況に思わず歯噛みする。

だが魔物達はこちらの都合などお構いなしだ。


「「「ゴアアアアアッ!」」」


礫を落すと同時に襲い掛かるゴブリン。

木で作った棍棒を手に握り、僕を撲殺せんとする。

しかも三匹がそれぞれ別方向から襲い掛かって来た。


『統率個体』が率いていただけあって本当に知恵が回る奴等だ……!


「あ、ああああああああああッッ!!」


それを迎撃するために再び得物を振るう。

攻撃範囲リーチの差は僕に味方をし、一匹の手首を斬り落とした。

汚い悲鳴を響かせながら一個の緑色の手が落ちる。


しかし一個だ。

落すべき手首は三つ。

あと二つ足りていない。

何処だ、何処にある?


「ゴブッ!」


棍棒が太腿に喰らわされる。

鈍い痛みとみしりと嫌な音がした。

ゴブリンの棍棒だと気づくのに僅かな時間を要した。


思わず膝をつき、動きが止まる。

そしてそれを見逃すはずがないのが魔物だ。


「ゴアアアアアッ!」


もう一匹が草原を蹴り上げて、宙に浮かぶ。

両手で握るのは棍棒。

限界まで振り上げ、後は振り下ろすだけという状況だ。

木製で粗末なものだが重量と硬さは確かに在り、位置エネルギーを加えられたら流石に死ぬ。


頭の中で算盤を弾く。

迎撃するか、それとも防ぐかを判断する。

一瞬の思考。だけど、思考に全てを支配されたのが間違いだった。


「ゴブッ!」


「ぐ……! お前は死んでろ!」


太腿に当ててくれたゴブリンが再び棍棒で僕を殴り付けた。

身体の側面、つまりは肋骨に当たった。

太腿の時と同じく、嫌な音が体内に響く。

折れたか、それとも罅が入ったのか。


少なくとも肺にも損害ダメージは入っている。

ガヒュっという不気味な音が喉から漏れているのが証拠だ。

現に今、反撃で腕を振るったと同時にそんな音が漏れた。


「が、がふっ……! ひゅー……、ぜひゅー……。」


呼吸をするごとに全身に鈍い痛みが走る。

流石に喉に血が昇るといったことは無く、正常に酸素を取り込むことはできている。


……だけど、流石に此処までみたいだ。


「ちっ、足が動かくなったか。……まあ、僕らしくなかったか。慣れない事はするもんじゃないな……。」


遂に限界を迎えた足が縺れ、膝を地面につける。


そして、力尽きた獲物を仕留めるべく積極的な攻勢に転じるゴブリン達。

棍棒を構え、連携も何もなく僕へ走り寄る。

先程までは感じられた薄っぺらい知性は欠落し、本来の獣性を剥き出しにしている。


覚悟はしていた。

冒険者なんて危なっかしい仕事はしたく無かったけどやる以上は最低限、構えていた。

何時か死ぬかもと、魔物に殺されるのか、己の過失で死ぬのかは分からなかったが。


……ただ、心残りはない訳では無い。


「まあ、こうもなっちゃあ諦めるしかないけど……。」


「―――いや、諦めるにはまだ早いさ。」


その瞬間、一陣の風が吹いた―――様に錯覚した。


正しくは真っ直ぐな鏃が風を裂いた、だった。

眉間に、首筋に、心臓に。

瞬く間に急所に入る見事な弓射だ。


ばっと矢が飛んで来た方向へ振り向く。

冒険者になって向上した視力でもはっきりと見えないが、見覚えのある人物だった。

黄金の髪に翡翠の瞳。

そしてそれ以上に目を引くのが長く鋭い耳。

エルフ族特有の耳。


「まさか……? まさか……!?」 


「ああ、まさかだ。そのまさかだとも。シオン、何時かの恩を返すぞ。」


 △▼△


「よし……まあ、こんなものでいいだろう。大事は無いか?」


「ああ……。しかしまさか、『治癒魔術』を使えるなんてな。他者に直接干渉する『魔術』は難易度が高い。流石はエルフ族なだけあるな……。」


種族由来とはいえ恵まれた『魔術』への才覚は素直に羨ましい。

普通は日常生活で重宝する『生活魔術』。

荒事での攻撃に使用する『元素魔術』。

オーソドックスな二つの『魔術』を使うに当たって求められる素養はさほど大したものではない。

少なくとも異世界人であり、素養に才覚が全くない僕でも十分に使えているという事実でそれは証明されるだろう。


「まあ、これでもエルフだからな! こと『魔術』を始めとする『錬術』を使わせれば右に出る種族はおらぬ!」


確かにベルナデッドの言う通りだ。

狐人族や狸人族といった優れた素養を持つ種族はいるが彼等は属性や性質など特定の『魔術』に特化している場合が多い。

エルフ族の様にあらゆる属性に性質への親和性を持つ人類種族はとある例外のを除いて存在しない。


「本当に助かったよ……。貸しどころか大きい借りが出来ちゃったな。」


「わはははははは! そうまでいう必要はないぞ、友よ! 私は空腹による餓死。そして君は魔物の爪牙による戦死! どちらも死を救い合った仲ではないか! だから、これでお相子だ。」


そうだろうか?

まあ、折角お相子にしてくれるならそうさせてもらうか。

だけど、流石に絶体絶命の状況を何とかしてくれたんだ。

何かしらの形で返す必要があるだろう。


「……だが? だがしかし? もしも、もしもだぞ。もしに君が私に何らかの恩を抱いているのなら……一つ頼まれてはくれないかな?」


「何だ? 僕にできる範囲内なら任せて欲しい。」


「ああ、その……だな。」


何だ……?

此処まで勿体ぶると逆に嫌な予感がするな。

というかこういう時に勿体ぶる奴いたな。


『……ねえ、春宮君。頼まれて、くれる?』


『その……春宮くん、お願いがあるんだけど。』


『あ、あの! ……あの人の事を、教えてくれませんか?』


不味い。

過去の経験が何か不味い警鐘を鳴らしている。

こういう嫌な予感はよく当たるのが世の常―――!


「―――私と一党パーティーを組んではくれないか?」


最悪だ。

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