第4話 『大酒旅団』

side 冒険者シオン


「……はぁああああああああああーーー…………。」


何とか依頼の達成報告をした夜。

全身が痛み、今すぐにでも布団に倒れたいがそれ以上に憂さ晴らしをしたくてギルドに併設された酒場で項垂れている。


思い出されるのは昼間の約束事。

きっと万人からは大した事ではないだろう。

だけど、僕にとっては危険リスクを負う選択でもあったのだ。


だけど、確かにこれ以上の単独活動ソロプレイは難しい。

信頼できる仲間を作り、冒険者ランクを上げていく方が色々と効率が良いのは確実だ。

だけど、なあ……。


カードに刻まれている『呪詛』を見て憂鬱になる。

エルフ族の信仰は精霊が多くを占めるとはいえ……神からの呪詛は顰蹙を買うには十分すぎる。


ベルの奴がどう思うかも未知数だし、もしそいつから芋づる式にばれたらと考えるだけでも憂鬱だ。

死にたくはないし、死ぬわけにはいかない。

少なくとも、まだ今の内は。


「とはいえ、やっぱなし! ……とはいかないよなぁ。」


「おいおい、一体何を悩んでるんだよ。なあ、貴族野郎ボンボン。」


あんまり聞きたくない声が聞こえた。

何時も何時もからかって来る奴等だ。

それも四人フルメンバーいる。

普段なら受け流せるが今だけはそうもいかない。


「……何の用ですか? こっちも忙しいんで要件あるなら早くして欲しいんですけど。」


「はッ! 元の肩書がついてるくせに偉そうな奴だな、えぇ?」


「遊びでやってる癖して何、辛いって顔してんだよ、あぁ?」


……不味いな、本気でうざい。


オマケによく顔見れば赤ら顔で酔っぱらっていやがる。

酒場に入る時にいなかったのは見たから他で飲んでからこっちに来たのか。

この様子から見るに相当、悪い酔い方をしているな……。


「おいおい、黙るんじゃねえよ! 何か言いやがれや、あぁ?」


「……こっちも色々あるんですよ。それに迷惑なんで向こう行ってもらってもいいですかね?」


あ、やべ。

少し語気強めになっちゃった。


普段のらりくらりと躱しているだけだから向こうも驚いている。

まあ、いきなり語気強めの台詞が出たら吃驚するよな。


「……けっ、気に食わねえ野郎だぜ……! でもなあ、これ見ろよ! ああ、見ろっつってんだよ!」


そう言って懐から徽章を取り出す。

そこそこの大きさがあり、衣服に付けるには少し邪魔だろう。

でもそれ以上に重要なのはその徽章の意匠デザインだ。


葡萄の葉が巻き付いた剣。

有名な『一団クラン』の紋章。

構成員に与えられ、その所属を明らかにする証明物。


確か名前は『大酒旅団ヘビードランク』。

入団条件は酒好きである事。

非常に簡単なその条件で多くの冒険者パーティーが所属し、大陸最大規模を誇る武力組織なのだ。


「……まあ、流石に世界最大のクランは知ってますよ。で、それがどうしたんですか?」


「けっ、察しの悪い奴だな。ナヨナヨしてるくせに頭も回んねーのか? いいか、俺達はな、選ばれたんだよ! 下級冒険者パーティーでありながら唯一、在籍を許されたんだ!」


「はぁ……まあ、凄いですね。」


嘘じゃない。

入団条件の酒好きはあくまで最低条件であり、他にも評価項目は存在する。

だから低ランクながら入団できたのは彼等の将来性や素質を見出されての事だろう。

その事は純粋に凄いと思っている。


「……ちっ、何だよ。つまんねえ……まあ、これからの身の振り方、考えろよ。お前みたいに遊び半分でやられたら、迷惑なんだよ。」


興がそがれたのか、飽きたのか。

それとも酒を補充したいのか。

何れの理由かは見当もつかないが彼等は去って行った。


……ようやっと平穏を取り戻したか。


とはいえ、一人で考えていても答えはでない。

それに他人に相談できるような内容でもないしなぁ……。


「らっはっはっは! 相も変わらず嫌われているなァ、シオン。」


「……教官。見ていたなら助けて下さいよ。」


「うんにゃ、将来有望な奴等に目をつけられたら減給だからな。それにお前なら何とかすると思ったさ。」


元Bランクとは思えない情けない台詞だ。

現役を引退して職員になったとしても駆け出しならダース単位でブチのめせる猛者なのにその威厳を全く感じさせない。


「買いかぶりですよ。僕、あんまり強くないですから。」


「強いとか弱いとかそんな話じゃないさ。というか同ランクで見るならお前は結構強い方だ。伸びしろもある。でもそれ以上にお前は優先順位が決まっている。ブレないんだよ。自分を曲げないとも言うな。」


「今日、柄にもないことして死にかけた奴に言う言葉じゃないですよ。」


「それはきっとお前の錯覚だ。お前は、そう言う奴なのさ。……冒険者に限らず全てに言えることだが、最後は根性さ。どれだけ真っ直ぐ突き進めるか、なんだよ。」


遠い目をしながら酒盃を呷る教官。

僕よりも長い時間を闘争や探索に費やした初老の鬼人族は自分の後悔を後進である僕に伝える。

予想もしていない人生のアドバイスだが残念な事に現在欲しい物ではない。


「はぁ……まあ、参考にさせてもらいますね。」


「……全く、お前は教えがいのない奴だ。他の奴等と違って真面目で素直すぎる。どうせ自分で学ぶんだろう。そうなるとオレの後悔が無駄ではないか。」


そういう話ではないと思いますよ、教官。

でもここでそれを口に出したら面倒くさくなるだろうから絶対に言わないけど。


「ま、まあ無駄ではないと思いますよ。自分で失敗する前に知れたんですから。そんなことより、相談があるんですけどいいですかね?」


「相談だぁ? 珍しいな。駆け出し講習も最短で駆け抜けた優等生らしくないぞ。」


「優等生て……まあ、あれです。一党パーティー組むことになったんですよ。一時じゃなくて長期のやつを。」


僕がそう言うと教官は驚いた表情で固まっていた。

まあ、低ランク冒険者がパーティー組まずに活動していたなら吃驚するのは当然だろう。

でも本当に人数合わせの時くらいしかパーティーに所属した経験は無いのだ。


「まあ、それで……上手くやってけるか不安なんですよ。大真面目に相手に背中任せるの、したことが無かったから。」


「成程な。……何だお前、変な所は駆け出し以下じゃねえか。」


本当の事が言えないとはいえ結構酷いな、この教官。

人の事を褒めたりけなしたり忙しい人だ。

それに大真面目に悩んでいる事なんだよなぁ。


「まあでも一時でも組んだ経験があるなら大丈夫さ。長期も短期もやる事は変わらねえ。それぞれが役割を持って、それを遂行していく。確かに背中を預けなけりゃあ成立しねえが……同じ船に乗った以上はある程度は信頼や信用を預けるものだぜ。」


まあ、それはそうかもしれない。

いきなり命を預け合う関係になる以上、慎重に関係を築く事は難しい。


まあ、本来の悩みも気を付けていたら何とかなる範囲内だ。

気にしすぎだったのかもしれない。


「それよりお前、誰と組んだんだ? 今までロクにパーティーを組んでこなかったであろうお前は誰となら組めたんだ?」


「エルフ族の奴ですよ。魔術と弓が上手い……ベル、ベルナデッドってやつです。ランクはD-でした。」


「エルフのベルナデッド……ああ、あいつか。腕は立つがだらしなさも天下一品のベルナデッドか!」


ギルドでも有名ってどんなやつだ。

だが確かに三回会った内、二回は何かしらやらかしている。

僕相手でこれ、ましてや何度も関わるギルドならそう思われるのも仕方ない……いやそれにしても酷い言われようだ。


「だがまあ、あいつ後衛だろ? お前も前衛というより中衛向けだから前衛を探した方が良いんじゃないか?」


「前衛、ですか。」


「ああ。お前のように回避を主体とするんじゃなくて俺みたく受け止める盾役をな。居るといないだと変わるはずだ。」


前衛、それも盾役になるようなやつか……。


ああ、一人丁度いい奴がいたな。


「その顔は何かアテがあると見たぜ。どんなやつなんだよ。」


「……まあ、鍛冶師手伝いの女ですよ。ドワーフ族の。」


近くあいつに用ができたし、ついでに誘ってみるか。

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