第5話 アルフォスとメナフォス

side シオン


要塞都市アルフは巨大な都市国家だ。

二十を超える周辺村落を支配下に置いてある事もそうだが、単純にこの都市自体もかなりの広大さを誇る。

そのため大まかな四つの区画分けがされている。


一つ目がこの都市の運営を取り仕切る貴族や有力者が住まう貴族街。

二つ目が冒険者や一般市民などが居住する市民街。因みにだがこの市民街に冒険者ギルドは存在している。

三つ目は娯楽施設や酒場、美食を振る舞う食事亭レストランの在る歓楽街。

四つ目は行商人が行きかい、定期市や市民市バザーが開催される商場街。


そして、僕が今向かっているのは四つ目の区画―――商場街にある鍛冶屋だ。

市民街にも鍛冶師はいるが、市民街の鍛冶師は金物屋であり日常生活の必需品以外には対応していないのだ。

そのため僕達冒険者は専門の鍛冶師を求めて商場街に向かうのだ。


「すいません、アルフォスの奴はいますか?」


鍛冶屋にて何時も買っている作品の制作者の所在を尋ねる。

アルフォスが働いている鍛冶屋は一人前となれば工房が与えられるらしい。

熱心な奴だから平日の昼間なら工房で腕を磨いているはずだが……。


「ん、ああ。アルフォスのチビなら工房に居るぜ。何だ、あいつの客か? おいおい、あんな奴の作品買うよりも俺の奴にしねぇか?」


「待てよ、肉達磨。お前の馬鹿力だけで出来た作品よりも俺の方が良いぜ? 見ろよ、この剣。しなやかさと軽さは一番だぜ、どうだ?」


細剣レイピアを冒険者に勧める奴がいるか。いいか、冒険者にはな、大剣が良いんだよ。安くしておくぜ。」


「馬鹿か、手前。あんな細身の奴に大剣なんぞ振るえるか。見ろよ、コイツのをよ。切れ味も抜群だし、スピードが加われば最強さ。」


「おいおい、実戦で重要視されるのは剛の太刀だぜ? 頑丈さが一番の俺の長剣ロングソードにするべきだろ。」


「ちっ、この馬鹿共め。何も分かっていない……それだから永遠に独立出来ねえんだよ。」


「「それは手前もだろうがよ! というかそれ言ったら戦争だろうが!」」


……やがて、鍛冶師達が僕そっちのけで喧嘩を始めた。


こうやって声をかけると高確率で押し売りが始まるのだが、今日は凄いな。

また一人、また一人と現れて売りつけようとした武器を持って斬り合いに発展したぞ。

近くに居て巻き込まれるのは嫌だし、さっさと逃げるとしよう。


「じゃ、じゃあ、失礼します……。」


やがて、ドタバタと暴れる音が聞こえてきたがその騒動は親方の怒りの一喝で収められたのだった。


 △▼△


時期タイミングが悪かったな。少し前に兄弟子が独立したんだ。それに最近は高ランク冒険者が良く店に来るんだ。競争心に火がついているんだろうさ。」


そう言って煙草に火を吹かす少年。

何がいいのか分からない煙をたっぷりと吸い込み、一気に吐き出す。

何が良いのか分からないが、どうしてかこのドワーフは煙草を愛好している。

噂では煙草さえ止められれば直ぐに独立できる位には吸っているらしい。


「そうか。まあ、いいさ。何時もの事だし。というか僕としてはいい加減煙草をやめて欲しいんだけど。肺と喉を悪くするぞ。魔術師の生命線だろ。」


「これくらいじゃビクともしないのがドワーフ族さ。そういうお前もどうだ? 酒、煙草、女に賭け事は冒険者なら常識だろう?」


「そんな事をしていたら命が幾つあっても足りないぜ……。」


子供の様な外見とやっている事がこれっぽちも重ならないが、彼こそがドワーフ族のアルフォスだ。


ドワーフ族は種族特性の都合で小柄だが、その外見からは想像もできない程の膂力と頑健さを持つ。

実際、小学生高学年程の体躯しかないが50kgを越える両手鎚を軽々と振るうし、鈍らの剣山位なら無傷で生還する。

前者も後者も実際に見た事がある事実であり、同じ人類でもこうまで違うのかと驚いた程だ。


「―――で、シオン。今日はどうした?」


煙草を楽しみ終えたアルフォスが本題を促す。

確かに早くした方がいいかと思い、本題を吐き出す。


「ああ。もう大刀グレイヴが限界なんだ。短槍は無いか?」


「何、もう限界か? 見せてみろよ。」


そう言われ、持ってきた大刀グレイヴを手渡す。

素人目で見てもかなり酷い状態だ。

柄は罅が入り折れそうだし、鈍った刀身は摩耗してこれ以上研げそうにない。


「あー……。確かにこれはなあ……。」


「取り合えずしっかりした奴が欲しい。これでも貯金はある方だぜ。」


金がないときに安いからと買ったが、やはり安物買いは駄目だ。

軍団長の言う通り、相応の物を買うべきだろう。

仮にも一人前と認められたアルフォスの作品ならかなりの値段になるが、背に腹は代えられないのだ。


「しっかし困ったな……。最近は東方武器ばっかでな。西方様式の武器は無いんだよ。少し待ってもらえるか?」


「東方武器って……。この都市でも『東の王朝』や『東海連合』出身の奴は少ないだろ。僕みたいな血縁者はいてもさ。」


『東の王朝』に『東海連合』もこの都市よりも遥か東―――『天大陸』の東部にある国家だ。

都市国家ではなく、複数の大都市を有する領域国家である大国だ。

特に『東の王朝』は周辺国家に朝貢を求める程の規模を誇り、大国である『東海連合』もその体制下にある。

貴族から平民に至る全てが戦士階級である軍事国家、『東海連合』をも影響下に抑えているため『東の王朝』の凄まじさがよく分かるだろう。


だが、ここ数年は情勢が不安定になっており、その影響は自国のみならず周辺国家にも波及している。

そのため大陸東部の有力者が血縁を頼り、大陸西部に亡命することは珍しくない。

平民もギルドを介して他国に流れており、国際色の豊かさを彩っている。

だがそれでも限度はある。

数は少ないし、居たとしてもその土地の文化に迎合し特色を失っていく。


「どうやら『帝国』に結構な東方貴族が流れているらしいぜ。有名どころじゃあ馬氏や結城氏じゃねえか? この調子だと、近い内に戦争だな。」


「また戦争か。飽きないな、あの国も。2ヶ月前に終戦協定結んだばかりじゃん。」


「まあ、鍛冶師からすれば武器が売れるんだから嬉しい話さ。でも悪いな、お前の槍は作るから明日に来てもらって良いか? 代金、安くしとくからさ。」


まあ、それなら仕方ないか……。

でも、それならいっそ東方武器を買うか?

手持ちが剣一本しかないし、長物が無いのは心細い。


「じゃあ、それなら東方武器にするよ。生憎、明日には必要なんだ。」


「ありゃ、時期タイミングが悪い奴だな。まあ、俺としちゃあ買ってくれるなら何でも良いぜ。ええっと、確か向こうに置いてたっけ……。」


そう言うとアルフォスが工房を出て行く。

どうやら物置にでも纏めて保管した武器を取りに行ったらしい。

買おうと思っていた物が無いのは仕方が無い。

幸いに大刀グレイヴなら扱えるし、東方様式の槍も装飾が邪魔なだけだ。

全く扱えない訳じゃない。


「―――おーい、あんちゃん。試し切り終わったぞー……ってあれ、いないのか。っておー、シオンじゃないか。何か武器買いに来たのかー?」


間延びした声が工房に響く。

どうやら妹の方が戻って来たらしい。


アルフォスの妹―――メナフォスが。


「ああ、大刀グレイヴが駄目になったから新しいのをな。」


「あー、あの安物かー。やっぱ長持ちしなかったろー? ちゃんと良いやつ買ってけよー。」


そう言って持っている武器を下ろす。

大戦斧グランドアックス両刃斧ラブリュス両手戦鎚ウォーハンマー長斧ポールアックス斧槍ハルバード……変わり種では鎖鉄球フレイル戦鎌バトルサイス

何れも特大の重量と高い技巧を求められる武器だ。

これの試し切りを全部やって来たのは流石の膂力と才覚センスだろう。


「ほら、これとかいいんじゃないかー?」


「いや、無茶を言うな。僕の細腕じゃあ逆に潰れちまうよ。」


片手で軽々と大戦斧グランドアックスを差し出すメナフォス。

双子兄妹であり、種族は兄と同じくドワーフ族。

双子だから鏡映しの様に瓜二つ……という訳ではない。


頭髪と瞳の色は鳶色と共通なのだが、違うのが体躯だ。

子供と変わらない程小柄な兄アルフォスと異なり、妹メナフォスはかなりの長身だ。

僕の身長が170cmなのだがそれよりも10cm以上高く、185cmはありそうだ。

そして長身という恵まれた体格は破格の身体能力を保障し、ドワーフ族という種族も相まって凄まじいまでの能力を持つ。


現にアルフォスが作った重武器を難なく振り回し、暴れ回る事が出来る。

さっき試し切りと言っていたから都市の外にでも出て魔物を倒していたのだろう。


「むうー。シオンは東方の血が入っているのに、勿体ないぞー。」


「いや、身体能力と東方は関係ないだろ……。それに僕は唯の人間族だからな。ドワーフ族の君と一緒にしないでくれ。」


というか君等の中の東方の民はどんなイメージなんだ?

血気盛んだとは聞くけど人外じみた逸話エピソードは流石に聞いたことがない……というかそういうのあったら困る。

設定だけだが東方民族の子孫って事にしてるからな。


「おい、シオン。持ってきたぞ、こん中から選んでくれや。」


扉が開き、たくさんの武器を持ってアルフォスが戻って来た。

乱雑に束ねられた武器を投げ捨てる様に地面に置いた。


「なーあんちゃん、一応売り物だろー? もうちょっと丁寧に扱ったらー?」


「げっ、メナ。もう帰って来たのかよ。馬鹿力で霊銀ミスリルの剣圧し折った女がよく言うぜ。ちゃんと武器持って帰って来たか?」


「んなあっ!? それは秘密って約束ー! というか霊銀ミスリル使って曲がる剣作ったあんちゃんの腕が悪いんだろー!」


確かに霊銀ミスリルは他の金属と比較すると軽くて柔らかい。

けどそう簡単に圧し折れるもんじゃないのも確かだ。

竜族ドラゴンや巨人族みたいな馬鹿力でもない限り難しいだろう。

分不相応なものに手を出したアルフォスが悪いのか、それとも力加減が下手くそなメナフォスが間抜けなのか判断が難しいな。


と、その前に二人を止めた方が良いな。

頑丈な二人の喧嘩に巻き込まれたら比喩抜きで僕が挽肉ミンチになる。


「まあまあ二人とも落ち着けよ。こんな狭い場所で暴れたら巻き込まれた僕が死ぬぞ?」


「「ぐむむむむむ……!」」


僕がそう言うと流石に巻き込むのは不味いと拳を下ろす兄妹。

しかし納得いっていないのだろう二人ともそっくりなしかめっ面だ。

こんな感じでしょっちゅう喧嘩をしているが決して仲が悪いとかでは無いのだろう。

そうでなければアルフォスはメナフォスに助手を頼まないし、メナフォスはアルフォスの頼みを断らないはずだ。


僕と違って兄妹仲が良いんだ、態々悪化させることもないだろうし話をそらさせてもらおう。


「それに僕は客だぜ。いい武器、教えてくれよ。」


そう言うとアルフォスが肩を竦めて、床に置いた武器の目利きを始める。

鍛冶師ではないが、目が肥えているメナフォスもそれに参加し、武器を選んでいる。


「ちっ、仕方なねえな。……まあ、そうだな。お勧めはこいつ等三つかな?」


「んー……あんちゃん、これもいいんじゃないかー? 後、これも結構良い気がするぞー?」


そう言って渡された武器は五つ。

何れも長物であり、東方様式の武器だ。

飾り付けが西方の物とは異なる上に、冒険者が使うにしては装飾が濃い。

貴族野郎ボンボンが蔑称の自分が使うとそれを無言で肯定していると見なされそうな位には煌びやかな武器だ。


大刀グレイブに短槍、戦棒錘ロングメイス、方天画戟に戦矛ヘビーパイクね……。これまた凄いチョイスだな……。」


「方天画戟に戦矛ヘビーパイクは初めて作ったけど自信作だぜ。大刀グレイヴもこなれて来たから結構良いんじゃないか?」


「そうだなー。あんちゃんの割には結構良い出来だと思うぞー。取り合えず外で試し切りでもどうだー?」


まあ、見てるだけだとどれも結構な代物だ。

実際に振るってみるのが一番だろうな。


 △▼△


「よし、じゃあやってみるか。」


試し切りで使う中庭に武器を下ろし、斬る為の物体を用意する。

使うのは木でできた人形だ。

材料が木とはいえ、『魔術』を用いて加工されているからかなり頑丈だ。

それに真っ二つになっても時間経過で再びくっ付く優れものでもある。


「よし、最初は大刀グレイヴからだな。」


「ああ、『東海連合』に伝わるという薙刀を参考に作ったから刀身が軽い。お前が使っていた物よりも使いやすいはずだぜ。」


アルフォスの言う通りかなり刀身が軽い。

重い刀身のせいでバランスが悪くなっている事を軽くすることで無理矢理解決するとはな……。


「確かに軽いけど……これは技巧が求められるな。それに結構脆いんじゃないのか? オークとか熊相手だと心許ないな。」


試しに振るうが矢張り軽い。

実際に振るってみても刃の勢いはよい。

が、しかし斬撃は軽く、威力も低い。

木人形は両断される事無く、胴体の途中で刃が止まっている。


「ぬう……自信作だったんだが。」


「まあ、Cランクなら使えるんじゃないか? 僕の腕前が悪いだけさ。」


実際、東方武器、それも『東海連合』のものは高い技巧を要求される。

冒険者で言うならベテランに分類されるCランク当たりの技量や肉体は必要だろう。

今の僕は自己採点で精々がDランク程だ。

どう考えても不釣り合いだ。


「でも、それくらいになるならもっといい素材使った武器にすると思うぞー。魔鋼とか山銅合金オレイカルコスとかさー。そんなんだから何時までもあんちゃんはあんちゃんなんだよなー。」


そして、メナフォスが爆弾を落とした。

確かにそうかもしれないけど、流石に魔鋼や合金山銅オレイカルコスは言い過ぎじゃないか?

希少金属の中の希少金属だぞ、それら。


「んだとぉ! メナの分際で言うじゃねえか! このゴリラ女め!」


「そーいうならあんちゃんは無駄遣いばかりの商才なしの駄目男じゃーん! 分不相応に霊銀ミスリル買って来た癖にー!」


「はいはい、喧嘩はよせよせ。……喧嘩する程仲が良いとは言え、君等は本当に喧嘩ばかりだな。」


また取っ組み合いになりそうな二人の間に入り、仲裁する。

仲が悪い訳では無く、一種のじゃれ合いなのは知っているが巻き込まれるとこちらが死ぬ羽目になるから何としても止める必要があるのだ。

流石に此処まで来ると面倒くさいけど。


「というか、アルフォス。お前、金ないのか? 作品結構売れてそうなのに。」 


「う……まあな。売れるは売れるんだが、ちょっと金遣いがな……。」


「そうだぞー。あんちゃん、昔から気になる素材や金属に直ぐ金使うぞー。お蔭であたいのお小遣いが悲惨だぞー。」


成程、だがしかしそれは僕にとっては好都合。


この来たもう一つの理由を果たせそうだ。


「―――なあ、アルフォス。一緒に冒険者やらないか? 良ければメナフォスも一緒にさ。」


この二人の勧誘という、目的を。



――――――――――――――――――――――――――

アルフォス

ドワーフ族の鍛冶師。19歳。

『魔術使い』ではなく『魔術師』であり、『二級魔術士マジシャン』の資格を持つ。


メナフォス

ドワーフ族の少女。17歳。

アルフォスの妹で鍛冶師手伝いをしている。

通常のドワーフと違ってかなりの大柄。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る