第10話 幸先悪くとも進まねばならぬ時もある

side ボコボコにされたシオン


「―――やっと起きたか。まったく心配したぞ。」


目を覚ますと粗末な寝台ベッドの上だった。

消毒薬や薬品の独特の臭いがするから恐らく治療院か。

隣には心配そうな表情をしたベルがいた。

どうやらあの災害みたいな少女には遭遇していなかったのか傷はついていなかった。


「ああ……いてて……心配かけたな。此処は治療院か?」


上半身を上げるがまだ癒えきっていないようだ。

引き裂かれるような鈍い痛みが走った。


「いや、神殿だ。負傷者が多すぎて受け入れきれなかったそうだ。」


「……神殿か、いや待て。神殿って言ったか?」


「ん? ああ、神殿だ。この都市にある唯一の複合神殿だ。最初は渋っていたらしいが、ここの女神官シスター殿や司祭殿が説得して下さってな。そのお陰さ。」


そうか……。


それは有難い話だ。

だが猛烈に嫌な予感がするのは僕だけである。


「―――あらぁ~? シオンさんじゃないですかぁ~? 元気ですかぁ~?」


そら来た。

にや付いた腹の立つ笑顔を張り付けた女神官シスターが。


 △▼△


「……あー……その、何だ、シオン。……君も、苦労しているんだな。色々と。」


僕があの女神官に絡まれた姿を見たベルの台詞だった。


具体的に何があったのかは割愛するが、一つだけ言える事はあの女神官は苦手な相手だという事だ。

しかし今回はこうやってたくさんの冒険者を受け入れてくれた件もあるから邪見にするわけにはいかない。

結局、近いうちに御参りとお布施を渡す事を約束してしまったのだ。


「まあ、そうだな……。気まぐれで一度来てからずっとだ。流石に面倒だけど悪い人ではないしなぁ。」


一度だけ厄払いと忌々しい面を拝みに来たのが最初だった。

どうやら印象に残ったらしく近くを通る度にダル絡みをされて今に至る。


「そういえば『秘蹟』を君は使っていたな。という事は何らかの神格を信奉しているのか?」


「信仰……まあ、強いて言うなら《雷の暴神》かな。でも言っちゃうとアテナ以外なら何でもいいや。」


「意外だな。私達エルフ族は精霊を主に信仰するからあまり他種族の信仰は詳しくない。だがそれでも《守護女神》アテナは一、二を争う程に信仰されていると聞く。それに引き換え《雷の暴神》トーレスは司る事物が事物。余り人気は無いと思っていたが。」


確かに『狂気』や『戦争』を司る荒神と『守護』や『知恵』、『正義』を司る善神なら後者を信仰するのが人の真理だ。

僕だって普通ならそうしている。当てつけだなんていう下らない理由が無ければ彼を信仰することは無かっただろう。


「昔色々あったのさ……。はぁ、あのクソ騎士が。」


「本当に苦労したのだな、君は……。」


何時も騒がしいベルだが今回ばかりは嫌に静かだった。

正直、話題が話題だから普段の騒がしさを求めてたくなる位には。


「しかし驚愕したぞ。二日酔いの頭痛を堪えながらギルドについたら駆け出し手練れと関係なく死屍累々。Cランク以下はほぼ全滅だ。職員に聞けば一人の少女の為だけに此処までやられたとか。シオン、君は一体何と戦ったんだ?」


聞けば聞く程被害の大きさにびっくりする。

ピンキリとはいえ手練れも駆け出しも壊滅は無茶苦茶だ。


「……馬鹿みたいに強い少女、それも竜人族だな。」


「竜人族? 確かにかの種族は強大だが、最強の座を欲しいままにしたのは千年は前だ。混血を重ね、血が薄まり、純血は数を多く減らした。竜と人、反する二つの姿を持ち、全てにおいて頂点を極めたのは昔の話だぞ。」


「……いや、身体の一部を〈竜化〉させていた。多分、先祖返りの奴だろう。何で冒険者をしているんだ、っていう話だが。」


彼女の姿は今でも瞳に焼き付いている。

美しい銀髪を翻し、それとは反する異形の姿による圧倒的な武力には忘れる方が難しいだろう。

彼女の名は、何というのだろうか。


「しかし、そんなに強い女人が来ているとはな! それにそこまで美しい姫君なら是非とも一目見てみたいものだ。」


「エロエルフめ……。仮にも仲間をボコボコにした奴に欲情するなよ。」


「おやおや? もしかすると君はエルフに幻想を抱いているのかね? 普段の私を見て見給えよ。酒に酔い、夜に騒ぎ、ちゃらんぽらんに日々を過ごすのが私であり今のエルフ族だからな!」


知っているさ。

エルフに抱いていた幻想はとうの昔に粉々だよ。

無駄に偏差値の高い顔面に反して何もかもが残念なのは知っているよ。

それでもついつい零しちゃうのが日本人なのさ。


「―――おい、ベル。お前が言ってもボコボコにされるだけだろ。怪我人増えて人手が減ったら依頼も受けられねぇよ。」


扉が開き、果物で一杯になった籠を抱えてたアルフォスが入って来る。

後ろにはメナフォスもいて兄妹仲良く部屋に入って来た。


「ほら、見舞いの品だぜ。折角だし皆で食べようぜ。」


そう言って籠から林檎を取り出すと器用に皮をむき始めた。

後ろにいるメナフォスは屑箱をアルフォスの近くに寄せながらも呆れた視線を寄越している。

……まあ、貰い物とはいえ勝手に食べるのはどうかと思う。


「おいおい、メナにシオンもそんな顔すんなよ。こんな機会じゃなきゃそうそう食えないしな、美味い果物なんて。」


「態々買ったのか。アル、高くなかったのか?」


「……そう言うのは聞くんじゃねえよ。」


人類が城壁を作り、その中に籠るのは魔物や野獣の襲撃を防ぐためだ。

国家観の戦争でも用いられる事はあるが大きな役割はやはり魔物の侵入防止だ。

ゴブリンやオークの様な人型魔物は当然だが、牙狼や魔獣にも有効だ。

飛竜蜥蜴ワイバーン鷲獅子グリフォンみたく翼を持ち飛翔する魔物には軽々と越えられるから城壁と結界を兼ね備えているのが都市の特徴でもある。


だが城壁も結界も作ることも維持することも難しい。

金に労力、時間が必要である。

大規模になればなるほど比例して費用コストは跳ね上がる。

小麦やイモ、豆といった重要な作物なら兎も角果物みたいな嗜好品はどうしても後回しにされる。

余裕のある農場や農村が精々やっているくらいで買おうと思ったら結構な値段がするものだ。


「因みにだがまけにまけてもらって大銀貨一枚、10万ゴルドだ!」


「どう考えても一回冒険に出ても補える額じゃねえぞ。」


「そうだぞー、シオン。もっと言って欲しいぞー。」


何処か諦めたようなメナフォスの援護。

変わるとは思っていないが一応言っておくかという凄まじいまでの諦めの境地に入った台詞だ。

浪費家だと知っていたけど、まさかだけど……。


「なあ、アルフォス。お前さ、貯金の方は大丈夫なのか……?」


「ああ……まあ、多分大丈夫だろ。」


「そう言って大丈夫だった試しがないぞー。あんちゃん何時もどんぶり勘定だから信頼しちゃ駄目だぞー。」


一瞬、ヒヤリとした空気が場を満たした。

幸いこの部屋には僕ら以外にいなかったからよかったけど誰もいなかったらこのいたたまれなさを見ず知らずの人とも共有するといういたたまれないではすまされない惨劇になっていただろう。


……というか腕がいいのに独立できないのってこいつの浪費癖が10割悪いんじゃと思ったのは内緒だ。


因みにだが折角の林檎は何も味がしなかった。

そりゃあ、この話の流れじゃあ素直にうまいとは感じられないよな。


 ▼△▼


ベルたちのお見舞いから翌日。

完全に回復したとお墨付きをもらった僕はようやく神殿を後にした。

出る時に少しの出費が痛かったが治療費と考えれば安いものだ。

いや、あの女神官のうざさを助長させてしまった可能性がある。

そう考えると支出以上の失敗なのかもしれない。


そう考えながらギルドに向かう。

ギルドであれだけの騒ぎがあったというのに街並みに変化はない。

所詮は冒険者という狭いコミュニティだからそんなものかと思いながら、扉の前に立つと嫌に騒がしい。


前回に来た時とは真逆で聞きなれたものだが、どうにもおかしい。

普段から騒がしいが、今の騒がしさは今までの聞いてきたものとは違うものだ。

普段のものが単純に大声を使っているだけに対して今回のものは怒気を漲らせた喧嘩に使う大声か?

何にせよ、ろくでもないことは確かだ……だけど流石に三日もお金を稼がないのは不味い。

神殿で寝ている間も宿屋の宿泊費はかかっている。

道具アイテムだって基本使い捨てだから必要になると出費が凄い事になる。

貯金はしているが少し前に槍を買ったせいで少し心許ないのだ。


「……鬼も蛇も嫌だぜ。だからといって竜も嫌だけど。」


自分とそう変わらないであろう銀色の少女のブチのめされた苦い記憶が走り、思わず表情を顰めてしまう。

しかしこんな場所で立ち止まり続けるのも駄目だ。

通行の邪魔になるし、それ以上に傍から見たら滑稽でしかない。

よし、入るぞと決意して扉に手をかける。


そして見た中の光景は―――


「このクソアマぁ! 舐めやがってぇ!」


「やっちまえ、お前ら! 舐めた真似した女に落とし前付けるぞ!」


「心配するこたあねえ! こんだけの手練れと頭数だ。あの忌々しい蜥蜴女だって怖かねぇ!!」


「「「―――ぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっッ!!!」」」


―――まるでこれから戦争にでも出向くのではないかという程の熱狂だった。


思いもしない光景に目が点になった。

というかよく見るとあまり見たくもない元四人組の三人組もいる。

というか熱狂しているのって数日前にあの少女の叩きのめされた奴等か……?

だとしたらあいつらもやられたのか、それはご愁傷様だけど同じことを繰り替えすだけなんじゃないのか?


「よ! お前、やっと回復したのか?」


「先輩ですか。そっちも大丈夫―――いえ、愚問でしたね。」


獣人はタフな種族だ。人間族とは比較にならない位に。

上位者ともなれば自己再生や体力回復といった規格外の『スキル』を習得するくらいには。

流石に先輩は習得してはいないだろうがそれでも凄いタフさを持っているはずだ。


「ああ、その日の内には回復したさ。傷も浅かったしな。で、だ。お前はどうする? 大勢構成員をぶちのめされた『酒飲み』があの娘を襲うらしいぜ。」


「襲うって……一応こういう私闘は禁止されていると思いますけど。それに―――」


ちらりと視線をやれば熱狂している三人が目に入る。

僕の中ではひたすらに突っかかって来るだけの奴等だけどこうしてみると結構真面目にやっているみたいだ。

周りにいる先達らしい冒険者にもちゃんと可愛がられているみたいで、期待もされているらしい。

てっきり裏金か何かで入ったのかと思っていたから意外だ。

でも何時も諍いを起こすような奴等と一緒に行動はしたく無い。

勝ち目もないなら尚の殊更だ。


「―――背中を刺してくそうな奴等とは一緒に戦えませんよ。まさか先輩、やるんですか?」


「……ま、そうだわな。お前と一緒さ。流石に勝算がねえよ。あいつ等みたく背負っているモノもないからな。―――お前らも、そうだろ?」


そう言って先輩が近くにいた冒険者に問いかける。

僕と同じようにボコられた冒険者で先輩と一党パーティーを組んでいる。

何れも一人前やベテランを名乗るに十分値する冒険者で、それは身をもって体感している。


「ああ、流石にな。ギルドが管理する決闘なら兎も角、一方的な襲撃は不味い。こうやってやいやい騒ぐ分には大目に見られるだろうが……実行すれば資格剝奪は確実だしな。」


「理由のない武力の行使は犯罪だ。幾らバレにくい都市外や『魔境』っつてもこっちの命も危ないからな。それをするくらいなら諦める方が賢明だ。」


「同意。やっすいプライドで死ぬんだり損害被るのは嫌だね。実際、『酒飲み』とは関係ない奴等は離れて静観しているし。」


どうやら僕と同じようにどうでもいいと思っている冒険者は思いのほか多いようだ。

自分一人だけ浮いている、なんてことにならなくてホッとする。

だけどそれ以上にこれからどうなるのか、という不安の方が大きかった。

この都市で大きな勢力を持つ『酒飲み』という『一団クラン』に一人の少女との抗争が起こる事は確実だ。


「巻き込まれないことを祈るだけだな……。」


しかし、祈るとあの腐れ女神が知ると嬉々として災難を寄越してきそうだ。

ただでさえ面倒くさい〈呪詛〉で苦労しているんだから勘弁して欲しいな。

それか《雷の暴神》が色々と中和してくれたら助かるけど……流石に虫が良すぎる話だろう。

精々うまく立ち回って火の粉を被らないようにするだけなのだ。

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