第9話 少女の襲撃
side 冒険者シオン
昨日の宴は酷い目に遭った。
骨を折った三人を夜中の治療院に連れて行ったのは良いんだけど、その最中にも憎まれごとを吐かれて大変だった。
それに戻って来てからもへそを曲げたアルフォスを宥めるのも大変だった。
いやまあ、こっちは酒飲ませたらすぐに機嫌が直ったからまだマシか……。
「昨日は絡まれたなァ、シオン。」
朝一番にギルドへ向かう途中、ぶっとい腕が僕を捕まえた。
肩を組む形で捕まえて来たのはこの都市に長く活動しているベテラン冒険者だった。
どうやら昨日の騒動を遠巻きに眺めて酒の肴にしていたのだろう。
「……見てたなら助けて下さいよ。大変だったんですよ、昨日も。」
「まあ、そう言うな。見ている分には面白いし、連中だって大事にはしないだろうさ。するなら最初にバッサリだぜ。」
そう言って豪快に笑う彼。
獰猛な獣人族らしく、早朝にはふさわしくない大声だ。
近くにいる僕の鼓膜が破れそうになる位には。
というかあっさりと恐ろしい事言ったな。
出会い頭にバッサリなんて紛争地帯かよ。
「というかこれ以上の大事って殺人とか決闘みたいな大事の中の大事しかない気がしますけど。十分今までも結構危なっかしい事だと思いますけどね。」
「……そーいう所だぜ? 普通、オレら冒険者からしたら暴力なんて荒事大事には含まれねえのさ。オレが知る限りお前さん位だ。暴力で飯食ってんのにその暴力を忌避する奴なんてな。」
そう言われて内心ハッとする。
確かに僕は暴力を忌避している。
というか普通の日本人としての感性で動いている所は多い。
当然の帰結として暴力沙汰や喧嘩には眉を顰めるし、武力行使も極力避ける。
最近でこそ積極的に討伐依頼を受けているが、その前―――『
「……それにお前、結構『魔術』使うだろ? 特に『元素魔術』とか『結界魔術』みたく使うの面倒くせえの。そう言うの見てたら連中からしたらお高く留まった放蕩貴族の道楽にでも見えたんだろうさ。貧民出身で貴族にいい思いをしていない奴等なら尚の殊更だな。」
真面目にやってる中、遊び半分の奴が来たら確かに腹に来るというのは理解できる話だった。
しかし遊び半分ならもっとふざけると思うけどな……。
「……まあ、心中は察するけど傍迷惑な話ですよ。」
「まあ、でも大半の奴はお前の事を悪く思っちゃねえさ。将来有望な後輩は大好きだしな。」
そう言ってもみくちゃに頭を撫でられる。
特に頭に気を使っている訳ではないが、流石に撫でられて喜ぶ齢ではない。
「いや、止めて下さいよ。流石に鬱陶しいです。」
「何だよ、丁度良い位置にあってやりやすいんだよ。」
どこぞのシスターみたいな事を言わないで欲しい。
それにあの女と違って力強いから引っぺがすのも大変だ。
というか本当に力強いな!?
「うぎぎぎ……いや、もう斬り捨てるか?」
「いや、怖ぇよ。」
腰に佩いている剣に手をやると流石に吃驚したのか腕を放した。
やっと軽くなったと思ったらもうギルドについていた。
「あれ、もう着いたんだ。……というか、嫌に静かだな。」
朝から騒がしいはずのギルドは今日に限って何でか静寂に包まれている。
依頼の奪い合いや、朝から酒宴を開くバカとか兎にも角にもうるさくなる要素の有りっ丈を内包している施設のはずだが、どうして静かだ。
「……竜か?」
鼻を鳴らしながら、先輩冒険者が言った。
人間族よりも五感に優れる獣人族の嗅覚が室内にいる異物を感知したらしい。
その結果、竜という地上種族の中でも有数の上位種族だと彼は言っているのだ。
「竜という事はAランク冒険者でも来て、素材を換金してるんじゃないですか? だったら一目見てみたいですね。
「いや、これは……まさかな。おい、シオン! 衛兵を―――いや、構えろ!」
呑気そうにしている僕とは対照的に警戒心を抱いている先輩。
しかも背負っている剣を抜き放ち、僕にもそうしろと言ってきた。
流石に吃驚して、どうしてかと聞こうとしたが既にそんな次元の話では無かったのだ。
「何時まで待ちぼうけしているのかしら。早く入ってきたらどうなの?」
氷のような声だった。
柔らかさなど感じさせない、しかし美しさを含んだ女の声だった。
朝の涼しい空気も相まってそれだけで凍えてしまいそうな程の恐ろしさに、聞きほれてしまいそうな程の魅力を感じさせた。
直接顔を合わせたわけじゃない。
それなのに圧倒的な存在感を感じさせ、それだけで人を畏怖させる。
こうも鈍感な僕でも感じられるほどの圧倒的な存在感に敵意。
成程、確かにこれは強者―――竜と錯覚しても不思議じゃない。
「……行くぞ。」
「はい……。」
剣を抜いて何時でも振るえるようにした先輩は慎重にギルドへ入って行く。
そして僕は先輩に倣って槍を構え、その後ろについていく。
一体誰が、何が待ち構えているのか分からないままに進むしかできなかった。
△▼△
「やっと来たのね。待ちくたびれたわ。」
無数の冒険者たちがギルド内に設置されている訓練所で倒れ伏す中、一人の少女だけがその上に立っていた。
白銀をそのまま使ったのかと思う程に煌めき輝く長髪をたなびかせ、すらっとしたスレンダーな体型に170cmを越える体躯、そして顔つきは凛々しく、真っ直ぐな瞳をした美少女だった。
こんな場所で出会っていなかったら、一目見ただけでいい思い出になりそうな程の美少女だった。
今まで出会った中で一、二を争う程の美人具合なことからもそれは確実だろう。
「―――それでアナタ達、冒険者ランクはどれくらいかしら。C? それともB?」
腰には剣を佩いており、無数の敗者の上に立つ姿は正に強者の姿そのものだ。
その気風から僕等を値踏みする態度に嫌味は無く、正直な彼女の心中だと察することができる。
剣と鞘をぶつけてカチャカチャ鳴らし、僕等に返答を急かす。
そのしぐさから完全に場の流れは彼女が支配していることは明白で答えないという選択肢は僕等には存在しなかった。
「エイギス、C+だ。」
「……シオン、D-。」
僕等の答えに心底がっかりしたのか、肩を落とし溜息を吐いた。
余りに露骨な落胆具合に文句も言いたくなったが、残念な事に文句を言う暇も与えられない。
「―――そう、有象無象ね。残念だわ……。」
爆発と錯覚する程の踏み込みで少女が接近し、先輩に剣を叩き付けていたからだ。
僕じゃ反応できない速度だったが先輩は辛うじて反応出来たみたいで寸での所で太刀を己の剣で受け止めていた。
「シオン! 援護!」
「ッ……! 【駆け抜けよ、大地の欠片。星の
拳大の岩石を高速で放つ。
地味な『魔術』だがゴブリンやコボルトならこれだけで頭蓋を陥没させることができる威力を誇る使い勝手の良い術だ。
対人で『魔術』を使うのは初めてだが、CランクやBランクみたいな化け物連中に喧嘩を売る女には大丈夫……のはずだ。
「―――アナタ程度でどうにかなると思っているの?」
しかし僕の心配は無駄だったみたいだ。
先輩を蹴り飛ばし、鍔迫り合いを終わらせた少女がその獲物を使って器用に岩石を弾き飛ばしたのだ。
……そう言えばこの世界の強者は飛んでくる石や矢を弾くんだったな。
ならこれくらいじゃあ意味も無いのは当然か。
「シオン! もうこの際だ、高火力を使っても良い! 殺す気でやれ!」
「殺す気って……別に其処までしなくても……。」
流石に人に向かって殺意マシマシな攻撃は流石に無理だ。
別に殺される訳じゃないし、やる意味もないし。
倒れ伏している冒険者達も気絶しているだけで死者はいないから無差別殺人鬼とかではないからとっ捕まえる無理して僕等が必要はないし。
痛いのは面倒だけど、それだけで済むなら別に構わないと思う。
「あら、そうした方が強いならそうして欲しいわね。わたし、二度手間嫌いなのよ。」
「ほら、許可が出た! 二人がかりでしばき上げるぞ!」
「何でそう喧嘩っ早いんですかね……。」
冒険者の血気盛んさに辟易とするがどちらからも逃がしてもらえなさそうだ。
負け戦だと分かっていながら突っ込むのはしたくないんだけどなぁ……。
仕方ない。死ぬ気でやるしかないのか……。
「……どうなっても文句言わないでくださいね。」
溜息を最後に躊躇いを捨てる。
やりたくなくともやらなければならないなら、それなりに頑張るしかないのだ。
「それでこそだ、シオン! ガぁアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
後退していた先輩が咆哮と共に大上段から剣を叩き付ける。
獣性を宿す獣人族らしい荒々しい一撃は少女にひらりと避けられるが、地面に罅を入れる程の威力を誇った。
砂塵が舞い、戦場特有のひりつく感覚が頬を撫でた。
僕なら委縮して死を待つだけだが少女は違った。
「―――犬ころにしてはやるじゃない。」
獰猛に、笑ったのだ。
致死の可能性を見て尚、少女は自身の優位性をまるで疑っていない笑みだ。
いや、或いは強者を蹂躙できるという歓喜の笑みか。
彼女の心中など僕にはわからないがロクでもない由来なのは確かだろう。
「言ってろ、小娘ぇ!」
剣が閃き、無数の剣閃を生み出す。
熊やオークでもそれだけで膾斬りにできそうな剣戟の嵐だが、少女には一欠けらの痛痒も与えられていない。
それどころか余裕の顔でいなし、隔絶した実力差を見せつけている。
「マジか……どんだけ強いんだよ。」
C+ランクは決して弱くない。寧ろ強い方だ。
冒険者において最も多いランク帯はD-からCランク。
そしてそれに次いで多いのがE+以下の駆け出しであり、C+ランク以上の冒険者になるとかなり少なくなる。
C+以上の危険度はそれ以下とは隔絶した差があるからだ。
巨人族や亜竜など英雄譚で記される有名な魔物は基本的に高い危険度に認定されていることがその証拠だ。
上級冒険者の端くれとはいえ確かな実力者をこうまであしらえるこの少女はどれだけ強いのか。
「―――じゃあ、少し本気出すわね。」
少女の瞳が細まり、鋭さを増す。
剣を鞘に納め、半歩だけ片足を下げる。
腰は落とされ、利き手は鞘に納められた剣の柄を握っている。
「居合の構え……?
だが攻めを止め、動きが止まった。
居合について詳しく知らないが、距離を取って攻撃する僕からしたら絶好の隙だ。
一撃に集中する攻撃である以上、その一撃を空かせば二の太刀を繋ぐ前に先輩が一撃を加える事ができる。
「……『詠唱』時間かかるでしょう? 待ってあげる。早くしなさいな。」
それに幸い待ってくれるようだ。
なら安心して長文詠唱ができる。
「【寂寥の日々、戦火の爪痕。砕かれし細片は嘗ての日常を記憶する。】」
閉鎖空間である以上、炎属性は使えない。
かといって周囲を巻き込む炎や風、雷属性を扱う事もできない。
水属性は殺傷力に自信が持てないから使わない。
氷に樹、光や闇属性には適性がないから使えない。
消去法であるが、僕が選ぶのは得意属性でもある土属性だ。
「【忌まわしき夢轍、尊き荒縄。全ては荒涼の大地が物語る。】」
如何な『魔術』であっても必要なだけの『魔力』或いは『魔素』、そして『詠唱』が成立さえすれば発動する。
発動だけなら例え学のない流民でもできるのが『魔術』の強みだ。
精霊や悪魔族、天使族のような世界に干渉することのできない下等種族の抵抗―――それが『魔術』というものだ。
指先に収束する『魔力』がうねり、体内の魔力が枯渇していく。
今まで使った『魔術』や『秘蹟』とは桁違いの消耗をしているのは確かだった。
「【―――故にこそ、この閉塞に大穴を。】【ミーティア・レッサーグレード】」
『魔力』を全て喰らいつくして『世界』に異物が挟み込まれる。
訓練場の空中に浮遊する三つの岩石。大きさはこぶし大よりも二回りは大きい。
『魔術』によって出現した物質なのは明らかだった。
「……『軍団魔術』。矮小化しているとはいえ、やるじゃない。」
呑気にしている胆力は凄いが、お生憎様だ。
言葉通り軍団を対象とする『軍団魔術』に分類される『元素魔術』が今使っている『魔術』の
周辺被害を抑えるために規模を縮小しているが剣士を封殺する位なら十分だ。
「……余裕そうにしているけど、これ喰らっても同じ態度取れますかねぇ!?」
浮遊した岩石が熱を帯びる。
大気による摩擦で物理的な炎を纏うからだ。
そして常人では到底知覚できない速度で落下する。
狙いはブレず少女に一直線だ。
……だがどうしてか少女は防ごうとする素振りすら見せない。
剣は鞘に入れたまま、前傾姿勢を崩さない。
僕が流石に不味いと思ったが、既に発動した『魔術』を取り消す術は知らない。
つまり、このままだと直撃を喰らうのは確実だ。
「いや、流石にそのまま直立不動は―――」
危ないぞ、と到底敵対している人物への言葉ではないが喉まで出かけた瞬間だった。
加速を終え、灼熱を纏った岩石が流星となって少女を打ち砕いたのだ。
「―――危ない……のは言うのが遅かったか。」
流石に終わったと肩を下ろす。
小さいとはいえ、高速で飛来する岩石。
即ち、隕石とそう変わらぬ破壊力を秘めた『魔術』を喰らえばひとたまりもない。
―――はずだった。
「あら、こんなへなちょこでわたしをどうにかできるなんて思ったの?」
剣閃が走った、らしい。
だがすぐ近くに下手人と思わしき人物はおらず袈裟に刀傷が生まれて、赤い血が訓練場の土を濡らしているという結果だけで答えは導き出せた。
純粋な剣戟ではなく、刀身に『魔力』を纏わせ、それを飛ばしたのだ。
ポタポタと身体から漏れる血、そして聞こえないはずの怜悧な声……。
まさかとは思うけど……!
「マジかよ……! 五体満足なのはどうなってるんだよ!?」
「避ける必要もない、それだけよ。―――で、アナタはどうのかしら?」
まさか無傷なのは予想外。
剣を使う必要もなく、素の身体能力だけで凌がれるとは……。
いや、さっきの剣閃からしてだが何か仕掛けがあるはずだ。
さっきの『魔術』は例え軍団長でも直撃すれば小さな傷はつけられる。
それなのに傷一つないという事は何らかの『スキル』或いは『魔術』による防御を行ったと考えるのが自然だ。
「がぁああああああああッ!!」
「あら、アナタは流石にましね。」
剣戟と剣戟がぶつかり、火花が生まれる。
それに二人とも『魔力』を纏わせて武器を強化しているのか、ぶつかる度に淡い光も撒き散らされている。
剛力と技巧、到底今の僕には持ちえないモノを兼ね備えた二人の剣舞は乱入すれば不埒者はその場で解体されることは間違いなしだ。
「これだけ打ち合って強化を維持しているだけでも凄いっていうのに……。いや、『魔力』を纏わせる……?」
『武闘魔術』の初歩中の初歩の技能として扱われる『魔力纏い』。
地方によって『闘気』や『流法』とか呼ばれる技術にして戦術。
主に武器を強化するのが目的の技術である。
『する』だけなら簡単だが戦闘で使うために『使いこなす』となれば難易度が跳ね上がる高等技術だったはずだ。
「いや、そういえば武器以外にも使えたよな……? いや、使えなきゃおかしい。」
使っていた、軍団の武将たちは使っていたのだ。
Bランクに類するような怪物たちは使いこなしていたのだ。
武器だけじゃない、その全身に纏っている鎧に自身の『魔力』を纏わせていたのだ。
「どうして忘れていた……!? 周りが低級すぎて忘れてたか……?」
この世界の異常さは全て『魔力』が原因だと知っていたはずだろう。
英傑が一軍に匹敵することも、竜が飛ぶのも、巨人がその巨体を維持できるだって全て『魔力』に依るものだって。
いや、だとしたらあの少女はますます尋常じゃない。
武器だけなら兎も角、全身まで覆うとなれば消費する『魔力』は凄まじい。
そしてそれを維持する精神力もまた同様だ。
残念な事に先輩は武器にしか『魔力纏い』ができない。
つまり、獣人の長所である身体能力の強みが奪われているのだ。
「がぁああっ……クソッたれがァ!!」
「そろそろ倒れた方が楽じゃないかしら?」
そしてそれを裏付けるように全身傷だらけになっているのが先輩の現状だ。
タフな獣人という種族のお蔭で何とか立っているだけだ。
自慢の剛腕は盾代わりになっており、相棒であるはずの剣は役に立つ気配がない。
だが、爪牙が圧し折れた訳ではない。
瞳の奥の炎は燃え盛り、逆襲する機会をうかがっているのだ。
ならそれを生かせる場面を作る必要がある。
尋常ならざる実力を持つ少女だが、『魔力纏い』による強化を失えば身体能力の差は無くなる。
そして生み出された格好の隙を熟練が逃すはずもない。
ならば、一瞬だけ少女の集中を崩すだけでこの劣勢は覆るはずだ。
そして僕は一瞬だけ、その集中を崩さなければならない。
最低でも、『魔力』を纏っていない部位を作り出さないといけないのだ。
side 襲撃者の少女
昔から冒険者になる事が夢だった。
裕福で苦労のない雁字搦めで鬱陶しい生活よりも、全てを己の責任となるが縛りのない自由な生活が魅力だった。
お父様やお母様は当然反対したが、幸いにも御爺様が賛成して下さった。
そのお陰で今年、わたしはようやく夢だった冒険者になれた。
冒険者になるまでたくさんの勉強や鍛錬をした。
そのせいもあってわたしはかなり優秀な方だった。
だけど、逆にその優秀さがわたしの首を絞めた。
……話は変わるけど、わたしは『
別に最初から嫌いだったわけじゃない。
冒険譚に綴られる英雄たち―――《古代の勇者》シャーロット・リューズ、《至天の勇者》アースガードに《魔導王》ソロモン。
どの英傑たちも単独での功績に目が行くが、真に評価するべきは大勢の仲間を持ち、より大きな偉業を成したことだ。
《古代の勇者》であれば己の姉妹たち、《至天の勇者》は『一知三災』と呼ばれた仲間達、《魔導王》であれば自ら教え導いた72の弟子たちだ。
だからわたしは誰かと手を取り合うことに異論はない。
そしてそれは今も変わらない。
だけどもわたしは冒険者同士の手の取り合い―――『一党』は嫌いだ。
少なくとも下級冒険者の内は結成する気にはなれない。
どうしてこうなったかというと一言で言うならわたしの実力が悪かった。
わたしの戦闘力だけでもBランクは優に超えている。
年齢や経験の割に優れている自負はある。
―――だからわたしは他の冒険者たちと上手く連携を取る事ができなかった。
厳密に言えばわたしは『仲間』ができなかった。
実力が釣り合わない人たちと同じ土俵に立つことはできない。
同じ目線でものを見れる『対等』な存在なんかできる訳がなかった。
嫉妬、羨望、諦観、唖然。
わたしとかつての仲間たちが抱いた感情。
最早どうしようもない程の決裂した関係からわたしは自分の浅はかさを理解した。
わたしはそれから『一党』を組むことを拒むようになった。
幸い、元々勉強をしていたお蔭で最低限の知識はあった。
連携は拙いが、それは実力が他人と追いついた時に培えばいいとそう思っている。
今のわたしの冒険者ランクはD。
ギリギリではあるが一人前と呼べるランクだ。
だけどギルドがどうしてかわたしを放っておいてくれない。
わたしは貴族出身だからか、それとも実力が目当てなのか。
理由は分からないけど、ギルドはどうしてか『一党』を組むように言ってきた。
理由は分からない。わたしがイヤなのもあったし、聞き流してもいたから。
ギルドだけじゃなくて同業者にも言われたのも煩わしかった原因かもしれない。
それから、それからはずっとこうだった。
都市を渡り歩き、所属するギルド支部をを変えてもだ。
そのくせ中々ランクは上がらないから、面倒くさくなってこんなことを始めた。
その支部に所属する冒険者を集め、全員を打ち倒す。
大抵の冒険者はDランクかCランクだ。
束でかかって来てもわたしの敵じゃない。
自分は他とは違うことをひたすらに主張した。
いがみ合って、ぶつかって、そして其処から去って。
誰かから言われるたびに締め付けられるようで、逃げ続けたのだ。
不毛なこと限りなかったが、それでもわたしは止められなかった。
……わたしは何も知らなかったのだ。
しがらみは何処にでもあって、皆その中で生きているという事に。
△▼△
城塞都市アルフ。
都市国家の一つであり、都市国家同盟に入っていないながら『帝国』といった他国に侵略されていない珍しい国だ。
近くに『魔境』を複数存在していることもあり《灰聖魔導》や《神撃》といった高ランク冒険者を抱えている事でも有名だ。
そのような場所ならわたしの居場所もあるかと思った。
すがるような思いで来た場所だが、不幸な事に依頼や長期探索で都市を離れており、わたしのいて欲しい冒険者はいなかった。
だけど、残った冒険者をボコボコにすれば強さだけでも売り込むことができるだろうと其処にいる冒険者達に喧嘩を売った。
案の定、弱っちくて嫌になった。
獣人や鬼人、ドワーフと誇ってもわたしよりも虚弱だ。
現に手練れらしき獣人の男はわたしの剣戟に防戦一方である。
自慢の剛力は披露する場を失い、わたしの独壇場だ。
一緒にいた人間族の少年は飛ばした斬撃で倒れたし、この男もさっさと倒れて欲しいわ……。
「……いい加減、諦めたら? 奇跡なんてそうそう起こらないから奇跡なのよ。」
もう覆しようのない盤上なのに醜く抗う男に嫌気がさして、ついつい口を出してしまう。
だが自慢の両腕を裂傷で一杯にして、剣を持つことも怪しいのに戦意を消そうともしないならイヤにもなる。
もう一人はそれなりに『魔術』が使えたけれどあれだけの傷、死にはしないけど達が上がるのは難しい。
ましてや『魔術』の行使や武器を振るう事なんてできやしない。
「―――いや、案外歯を食い縛ったらいけるな。」
「え、嘘……!」
身体を袈裟に斬り裂かれたはずの奴が立ち上がっていた。
それどころか穂先をわたし目掛けて振りかぶっている、それに『魔力』まで纏わせているの!?
騎士や兵士でもそこまで痛みに耐性ないわよ……!
「【パワーストライク】!!」
「しまっ―――!」
わたしが驚愕した瞬間、叩き付けられる鉄の穂先。
来るなんて予想もしていない一撃にわたしは防ぐこともできなかった。
side 冒険者シオン
『武闘魔術』は特殊な『魔術』だ。
他の『魔術』と異なり、『詠唱』を必要としない。
培った武技に経験、そして『魔力』で成立する術だ。
つまり他と違い、誰でも使えるものではない。
かくいう僕だって『使う』ことはギリギリできるが『使いこなす』ことは無理だ。
『魔力纏い』だって一瞬しか持たないし、ましてや『魔術』にまで武技を昇華させる程の自信や経験など持ちえていない。
たった一度、たった一度だけ上手くいった経験があるだけだ。
その時は
今は死にかけと言えないが重傷で、武器は長槍だけど一度できたのならできるはずだ。
「【パワーストライク】!!」
「しまっ―――!」
淡い光を纏った穂先が唸り声を上げる。
獣の遠吠えの様な音と共に空気を斬り裂いて少女の肉体を穿つ。
鋼の穂先が彼女が纏っている『魔力』に喰い付く。
(喰い破れるか―――!?)
「調子に……乗るなっ!!」
少女は全身の『魔力纏い』を全て半身に集中させ、僕の【パワーストライク】に抵抗をする。
圧倒的な『魔力』の差に僕の『魔術』の勢いは容易く殺される。
穂先に集中させた『魔力』はほつれ、霧散を始める。
『魔術』は維持できず、『魔術』はこの世から消滅する。
―――だけど、全身に纏わせた『魔力』が半身に集中させることはできたぞ。
「―――よくやったァ、シオン!! 喰らいやがれ、【破岩】!!」
先輩が僕の生み出した隙を逃さずに『武闘魔術』を発動させた。
自身のこれまで全てを費やして編み出した武技は先輩の意志一つ付け加えればそれだけで『魔術』という超常に昇華される。
巨岩を粉々にする斬撃は何の防御もない少女の柔肌に喰らい付いた。
……喰らい付いた、はずだ。
「あ……? 刃が通らねぇ……!? 鱗……てめえも獣人だったか!」
剣は少女の腕で受け止められていた。
少女の腕は細くしなやかな腕―――ではなく、鱗に覆われている。
さらに二回りも大きく肥大化しており、かなり歪な状態だ。
鱗は光沢があり、照らされている光を反射し輝いている。
髪の色と同じく白銀であり、息を飲むほどに美しく力強い。
蛇や魚のものとも違うのは明らかだ。
つまり、眼前の少女は獣人族ではない。
獣人や海人を除き鱗を生やす人類種族と言えば一種のみしか残らない。
竜族と人類の合わせ子にして人類最強の種族。
「違うわよ。わたし―――竜人族なの。」
金色の瞳―――竜の瞳が細まり、今までとはまるで違う『魔力』が吹き荒れる。
鱗が少女の全身を浸食し、額から角が生える。
臀部からは尾が生え、指の爪は鋭利な鉤爪になった。
人とはまるで思えない異形の姿への変貌。
ただでさえ圧倒的だった存在感がさらに溢れ、それに比例して彼女が強大化したことも理解できた。
それからは特に語る事はない。
知覚すらできない鉄拳が僕等の意識を容易く刈り取ったからだ。
圧倒的な敗北。
それがこの戦いの結末である。
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