第12話 テントでの戦い
side 冒険者シオン
「……ベル、弓矢借りていいか?」
「弓矢をか? 何をしに行くんだ?」
昼食の後かたずけを終えると、火の番をしているベルに声をかけた。
火の番をしながらナイフや鏃の面倒を見ている彼は不思議そうに僕に視線を移して、そう言った。
「いやさ、流石に晩飯もコボルト肉は駄目だろう? 鹿か猪でも狩れたらいいなぁってさ。」
「成程、狩りか……よし、いいぞ。私もついていこう!」
そうして火の番と周囲の警戒をアルフォスとメナフォスに任せて僕達二人は獣を追いかけて森に向かうことにしたのだった。
面倒事を押し付けて悪い気がしたが、それ以上にあの二人が嬉しそうにしていたのが腑に落ちなかった。
「お前が弓矢を使うなら、僕は
「任せたまえよ、私は狩人だぞ? 獲物を射止めることで
そう言って『魔境』の浅い所に進んでいく。
結局、その日の戦果は鹿が一匹と兎に小鳥が幾つか。
五人が一晩で食べるには多すぎる程の大漁だった。
予想外の収穫に口端を曲げながら僕達はテントに戻るのだった。
△▼△
「思いのほか早くテントにつきそうだ。暗くなる前に戻れるのは僥倖だな、シオン。」
「ああ、晩飯は期待してくれ。これだけのものがあれば美味いものが作れる。」
獣肉以外にも山菜や果物といった山の幸を抱えてホクホク顔でテントへの帰路についていた。
季節は夏ごろで恵みの秋にはまだまだ早いが、日本とは違いたくさんの幸を得る事ができた。
これだけ用意すれば銀の少女だって食いが良くなるかもしれない。
「む……? まさか……シオン、急ぐぞ!」
「え、ちょっとどうした、いきなり走るなよ!」
目がいいベルが何かを見たのか走り出す。
急な動きに対応できず、一手遅れて僕も続いて走り始める。
向かう先がテントだと気づいた瞬間、嫌な予感が走ったのは言うまでもない。
△▼△
テントの周囲に十人ばかりの冒険者が遠巻きに囲んでいる。
全員が武装しており、物騒なものを持っているのも確認できた。
全員が全員見覚えがあるわけじゃないが、心当たりはあった。
「僕と同じくボコボコにされた奴等だな。」
少し前に匿っている少女のボコボコにされた冒険者達だ。
流石に数日前のダメージは癒えているはずだがどういう訳か装備も肉体にもダメージが散見している。
「恐らく彼女を襲った時の反撃で出来た怪我だろう。それにしても十人か……もう少しいると思ったが……。」
「いや、最初の襲撃で結構数を減らしたんだろうよ。無傷でCランク以下をぶっ倒す少女だ。不意打ちでも大半を打ち破るくらいはできるはず。」
「ふむ、ならば増援や伏兵は考えなくていいか。問題はアルにメナだが……。」
「多分、無事だろう。襲ったならテントから遠巻きにする理由がないからな。」
だけどあくまで推察だ。
通信魔術でも使えたらいいんだけど、魔力感知でこっちの位置が割れたら面倒くさくなる。
向こう側にあからさまな魔術師や魔術使いは見つからないけど、魔術に通じた者がいるかもしれない。
「取り合えず、動くのは愚策だ。それに今更あの少女を見捨てることもだ。だからと言ってアルとメナを見捨てることもできない。」
当然だ。
そしてこうなったのは原因を作った僕にある。
だから命を懸けてでもあの三人を助け出さなくてはならない。
祐介や秋崎には悪いけど、今この時に大切なのはあの三人だ。
「無論だ。命を懸けてでもあの三人を助ける。」
「分かっている。それは私も同じだ。」
やる事は決まっているのに動けないというもどかしさに歯がゆさを感じる。
かといって何かをすればバランスが崩れ、予期しない事態になる事も嫌だ。
―――そうして決断から逃げて停滞を選んでいると望んでいた変化が訪れた。
僕の望んだ形でない変化が、訪れた。
side ドワーフの魔術師アルフォス
俺は『魔術師』の一人、アルフォスだ。
本業は鍛冶師だが、『魔術』や『スキル』を刻まれた
取り合えず
実家の稼業は鍛冶師だったからその伝手を使って城塞都市アルフの鍛冶屋に修行に出る事にした。
だからこそ鍛冶技能を鍛える事は重要で、大きな工房に弟子入りできたのは僥倖だった。
作った武器が売りに出されるようになったのは弟子入りしてから二年はかかった。
多くの駆け出し冒険者が顧客になったが、親密な仲になったのは一人だけだった。
東方出身のような風貌をした俺と同年代の少年だ。
仲良くなったのは全くの偶然で、手慰みに作った試作品を安いからとよく買っていたことを俺が知ったからだ。
真っ当に作ったつもりだが、出来が良いと思えない試作品を何度も購入したとなればイヤでも注目するし、気にもなった。
そしてそのまま知り合い、金に困っていたから独り立ち資金を貯めるために一緒に冒険者をすることになった。
……この一か月余りでお互いの性格とかは把握しているつもりだったけど……まさかシオンの奴が自分をボコった女を匿うのは予想外だが。
「……あんちゃん、外に何かいるぞー。」
妹のメナフォスが相棒である
俺のような『魔術師』やシオンにベルみたいな『魔術使い』と違って魔力感知は使えないが、それでも戦士の勘かテント周りをうろつく奴等を感じるらしい。
「大方、あの女を追ってる冒険者だろ。そんなに心配なら――――――
あの女を見捨てたらいいさ、とでも冗談で言おうとしたら思いのほか冷たい視線を喰らった。
兄妹喧嘩は何時もの事だが、その時でさえ喰らったことのないやつだ。
「あんちゃん、流石に幻滅だぞー。」
「いや、待て、妹よ。確かに俺は反対していたけど一度首を縦に振ったことをひっくり返す程じゃねぇよ。」
「こういう時の『魔術師』は信用ならないぞー……。」
ぐ……最初に見捨てようとしたからか妹からの信用がない。
だけどこうなると思ったから反対したんだよ。
「……おい、出て来い。」
テントの外から俺達を呼ぶ声がした。
当然、狩りに出て行ったシオンにベルのものではない野太く低い声だった。
不機嫌さと苛立ち、どこか歓喜を帯びた声だ。
「メナ、俺が出る。お前はそこに居ろ。」
「あんちゃん……。」
メナを押しのけてテントの外に出るとそこに居るのは見上げる程のデカい大柄な冒険者だった。
鬼人族らしく額から角が生えているが、一本は根元からヘシ折られている。
いや、頭がへこんでいるから砕かれたというべきか。
「……ガキ、女を匿っているだろ。悪い事は言わねぇ、差し出せ。」
ガキじゃねぇよ。
確かにドワーフ族が小柄だけどさ、妹は何でか馬鹿でかいけどさ。
これでも今年で19―――とっくに成人済みだ。
だけど、喧嘩腰では駄目だ。
ぐっと飲みこんで心からの笑顔で応対しなければならない。
「いや、いませんよ? まあ、妹はいますけど。」
その瞬間に無言で棍棒が突き出された。
鋼鉄製の鉄球に棘を有しており、怪力を誇る鬼人族らしい武器だ。
純粋ではない強い鉄の匂いもする。きっとたくさんの魔物を屠った
「―――悪い事は言わねぇ。竜人族の女だ。早く出しな。」
「いや、流石に暴力沙汰は不味いでしょうよ……。」
言葉の駆け引きを嫌い、暴力で出て来たな。
格下だと見くびっているようだが……粗野で間抜けな冒険者らしくて助かる。
「……いや、何度も言いますけどドワーフしかいませんよ。」
「そうか。じゃあ、死ね。」
男が無造作に武器を振るった。
動きを追うので精一杯で、避ける事なんてできやしないだろう。
まあ、そもそも逃げる必要はないんだけど。
「……言わんこっちゃない。」
額が割れて、真っ赤な血を零しながら男がぐらりと地面に倒れた。
額が陥没して、残っていたもう一本の角が圧し折れているが死んではいない。
その証拠に憎らし気な視線を俺に向けている。
「てめぇ……『スキル』持ちか……!」
「いや、スキルじゃなくて『魔術』ですよ。これでも立派な『魔術師』でね。」
ますます忌々しそうに俺を睨みつける冒険者の男。
立ち上がろうにも頭部に喰らったせいで立ち上がろうにも腕に力が入っていない。
こうなれば当分立ち上がれないだろう。
「野郎……この裏切りもんがぁ!」
「ぶち殺してやる、八つ裂きだ!」
「馬鹿がよ……っ!」
魔杖がなくとも手で印を組み、触媒替わりにする。
万全よりも劣るがそこらの冒険者をシバき上げるには十分な威力は出せる。
「【燃え盛れ、愚者の焔】―――【ファイアボール】!」
火球の魔術が発動し、拳四つ分の大きさはあるであろう炎の塊を相手にぶつける。
猪の様に突っ込んできていたから回避行動を取れずにモロに食らったな。
炎上はしないが、大火傷はおっただろう。
「舐めるな、ガキがぁ!」
「マジかよ!?」
しかし、喰らった内の一人が火傷で悶絶することなく、向かって来た。
いくら頑丈なドワーフ族とはいえ、魔術師でしかない俺が生身で剣を防げるわけもない。
まさかみみっちい事をするチンピラ紛いにこんな根性があるやつがいるなんて思わなかった。
……そんな事を深々と腹に突き刺さった剣を見て、思う俺であった。
過去から今へ、そして未来へ MK-2 ラピス @ab07
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