第8話 瞬きの休息

side 冒険者シオン


最初の冒険から一ヶ月が経過した。

『魔境』という新しい選択肢とベルナデッド達という新しい仲間。


今までにない要素たち。

騒がしいエルフに凸凹ドワーフ兄妹。

魔物に猛獣が跋扈する『魔境』での探索や闘争。


今まで伸び悩んでいたものが此処に着て伸びているのが実感できる。

あれほど頑強なオークでも易々と言わずも貫く位は出来るようになった。

ゴブリンやコボルトに囲まれても五匹までなら涼しい顔で切り抜けるようになった。

出番は少ないが『魔術』や『秘蹟』の連射もできるようになった。


そしてそんな成長は周囲が見ても明らかだったらしい。

何度かの冒険の後、僕の冒険者ランクはD-ランクに上がった。


 △▼△


「では今日は私達のランクアップを祝して―――乾杯だ!!」


「「「乾杯!!」」」


ギルドに併設された酒場にてベルが乾杯の音頭を取る。


今日は大漁であり、何時も以上の儲けになった。

更にオーク討伐や採集依頼を多数こなしたお蔭で一党パーティー全体が評価され、ランクが上がったのだ。


これでベルがD、メナフォスがD-、アルフォスがEになった。

そして全員がランクアップした事で一党パーティー自体もランクアップし、現在はDランクになった。


「ふははは! 正に、絶好調! だな! 私達は晴れてようやく一人前という事だ!」


祝い事という事もあり普段以上にテンションの高いベル。

だが騒がしいのが常の酒場では問題はない。

寧ろ騒がしい方が楽しくなるのでもっとうるさくして欲しいくらいだ。


「わははははー! ずっとベルは五月蠅いなー。でもまさか一ヶ月でランクアップするとは思わなかったぞー!」


「確かにな。でもこれでパーティーランクはD。今まで以上に儲かるようになるぞ。」


「いいなー。俺はまだEだぜ? 確かに皆より冒険者になったのが遅かったけさ……。」


「アルフォスは鍛冶師として忙しいから個人のランクは関係ないだろ? 最近、一緒に冒険できてないじゃないか。」


冒険者ランク、あるいは危険度ランクと呼ばれるF-からS+までの格付けは人類国家の中で広く使われている。

西方と東方という文化が大きく異なる地であっても全く同じ基準で使われている。


魔物や猛獣、『魔境』や『迷宮ダンジョン』といったものの危険度を分かりやすく可視化したものが『危険度ランク』だ。

そしてその危険度ランクに対して対応可能とされている冒険者の格付けが『冒険者ランク』になる。

要するにCランクの脅威をどうにかできるのがCランクの冒険者ということだ。


僕等『大樹の剣』だとDランク……つまりDランク以下の脅威に対応できるという事だ。

ギルドからの依頼もDランクのものまで受ける事が出来る。

全世界で最も多い依頼のランクがDからCランクであり、一人前と呼べるほどだ。

とはいえ評価を受ける事が出来るのは適正ランクの依頼や成果のみだから次のランクアップはかなり難しいだろうけど。


そしてアルフォスだが元々冒険者の資格を得ていた僕やベル、メナフォスと違って冒険者じゃない。

そのせいか戦闘力や魔導知識は深いが、探索や採集に解体といった技能は低い。

高ランクになればなるほど戦闘以外の技能を求められる冒険者。

そういった技能が少ないアルフォスのランクが僕等に追いつくのはまだまだ先だ。


「ぐう……仕方ないだろ。周辺国家の情勢が不安定だから武器の需要が高いんだよ。それに加えて最近は人の往来が多い。でも情勢不安だから商隊キャラバンは護衛を山ほど連れてきてる。そういった護衛も武器防具を買いに来るってんで忙しいんだよ。」


「成程な。じゃああれだけあった東方武器は全部捌けたのか?」


「ああもう売れちまったよ。でもこんなに忙しいのは嫌だな。金が貯まっても休む時間がない。」


「でもそのお陰で貯金も貯まってきたぞー。独り立ちもそろそろじゃないかー?」


そうか、もうそんなに貯まっていたのか。

独り立ちできるだけのお金は相当必要だろうけどどれくらい貯めたのか。


「だとしたら寂しくなるな。もう冒険者やる理由ないんじゃないか?」


「うむ……。アルフォスにメナフォス。二人が抜けるならばその穴を埋めなければならぬ。お主たちが抜けた穴を埋める逸材はそうそうおらぬ……故に余り考えたくはないな。」


僕とベルが良くない未来を想起して唸り声を上げる。

考えたくない事だったが、本来は分かっていたことだ。

どうやら僕は思っている以上にこのパーティープレイが気に入っていたんだな。


……それにアルフォスの奴には仕返しがまだだしな。


「いや、まだ冒険者は止めないさ。開業するにはやっぱり借金必要でさ。少しでもそれ減らしたいからもう少しだけ一緒にやるぜ。」


「……それでも、もう少しか。」


そう言って腕を組み、瞳を閉じて悩むベル。

偶然で始まった関係。

だが終わるとなれば感慨深い物があるものだ。


「……でも、考えていてもしょうがないだろ。だったら考えて意味のある事をしようぜ。」


「おー、それは賛成するぞー。『濃森』のもっと深い所へ行くかー?」


普段僕等が探索をしているのは中心部ではなく、外縁部だ。

『魔境』の中でも特に魔素濃度が高い場所を中心とし、その中でも最も魔素濃度が薄い場所が外縁部になる。

魔素濃度が高ければ高い程危険性は増し、それに比例して見返りは大きくなる。


「そうだな……晴れて全員がランクアップしたのだ。此処は大きく挑戦するとしよう!」


いつの間にかリーダーの立ち位置を獲得していたベルの一声に誰も反対しない。

寧ろ新たな挑戦に心躍らせているくらいの様子だ。


そしてそれは僕も例外ではない。

この一ヶ月の冒険は楽しかった。

だからそのせいか、少し浮かれていたのは間違いなかった。


だからそのせいか、周囲から来る悪意に対して酷く鈍感だった。


「―――けっ、貴族野郎ボンボンがよぉ。俺の優しさを無視とはいい度胸じゃねえか。」


頭から冷たい感覚が走る。

それに次いで液体と固体がぶつかるのも感じた。

酒杯ジョッキに注がれた冷酒をぶっかけられたと理解する事にさほど時間はかからなかった。


「な、君たち! 何をするんだ!」


「うるせぇよ! 黙ってろ、エルフ! 俺達が用があるのはこいつだけなんだよ!」


何時もの様に五月蠅い奴等がやって来たか。

最近は遭遇する事も無かったからすっかり油断していた。


……にしても随分気が立っているな。

荒々しい奴等だとは思ってはいたが此処までは初めてだな。

何か嫌な事でもあったのか?


「……おい、俺言ったよなぁ……!? 身の振り方考えろってさぁ!」


さて、どうしたものかな。

なるべく穏便に済ませたいのだけど……。


僕がどうしたものかと思案を始めると、見るも明らかに不機嫌なアルフォスが立ち上がった。

丁寧に椅子を下げて立ち上がったのではなく、かなり乱雑に立ち上がったのか椅子が倒れる音が大きく酒場に響いた。

余りに大きな音だったから流石のあいつらもびっくりしたのか視線が僕からアルフォスに移っている。


だけど、アルフォスの奴をドワーフだと気づいていないのか、あからさまに嘲る表情を浮かべて近づいていく。

どうやら小柄なあいつを完全に子供だと思い込んでいるようだ。

まあ、最近冒険者になった鍛冶師だから知らないことを責める事は出来ない。

でも片手に酒杯握っている姿で分からないものかな?


「おいおい、チビ助。俺達はこいつに用があるんだ。子供はそこのデカいねーちゃんと遊んでな。」


「―――は?」


僕とメナフォスが確実にアルフォスの地雷をぶち抜いた事を悟った。


アルフォスは自分の身長を結構気にしている。

種族上小柄なのは仕方がないが、双子の妹がかなりの長身なのがいけないのか気にしている、らしい。

あくまで聞いた話だから詳しく知らないが、勤めている店で身長を揶揄われた時に本気でキレてかなりヤバい事になったそうだ。


そして僕は今、その話が真実だと身をもって理解するのだった。


「おい……だぁれがチビ助だゴラァっ!!」


風の塊が絡んできた奴の一人を吹き飛ばした。

その体躯から吹き荒れる『魔力』から『魔術』を扱ったことは明白だった。

魔導学をある程度修めた『魔術師』であるとは聞いていたけど無詠唱が使える事が予想外だ。


「な、ガキ……てめえ!」


「何しやがんだ!」


仲間が倒されたことに憤慨した二人がアルフォスに取っ組みかかろうとするが……流石に悪手だな。

武器も無しに接近戦でドワーフに挑むなんて命知らずも良い所だ。


「舐めんなァ!」


「ふぐぅ!」


「ほげぇ!」


まさにやられ役としか言いようのない断末魔を上げて倒れる二人。

骨でも折られたのか攻撃を受けた部位を押さえて、もがいている。

腕が立つ方ではあるはずなのに相手が悪いという他ないな、これは。


「ちょっお、あんちゃん! 流石にやり過ぎだぞー!?」


「うるせえ、馬鹿妹! こいつ等全員、治療院送りにしてやる!」


幸いにもメナフォスが羽交い絞めにしてアルフォスの奴を戒めたお蔭で追撃は無かった。

うがーと暴れているが流石に一発ずつかましたお蔭で少しは溜飲が下がったのかメナフォスの羽交い絞めに対する抵抗はそこまだでみたいだ。


「……全身骨折、僕じゃ無理だな。ベル、いけるか?」


「いや、応急処置が手一杯だ。流石に全身の骨折を治せる程の腕前は私にはない。」


因みにだが僕とベルは最初にブッ飛ばされた奴の手当てをしていた。

盛大に吹っ飛ばされただけあって結構な重傷だ。

気に入らん奴等だけどほっとくわけにもいかないしな。


「……仕方ない。治療院に連れていくか。」


ベルナデッドの『治癒魔術』でどうにもならないなら此処に居るのではどうしようもない。

流石にギルドと提携している治療院なら夜も空いているし其処に放り込んでおこう。


「はあ……折角の酒宴が台無しだな。しかし、そうするしかないな。」


「……色々と悪いな。まさかこんな事になるとは予想していなかった。」


流石にバツが悪く、申し訳ない気持ちで一杯だ。

しかしベルナデッドは何処か愉快そうな表情だった。


「だが、しかし。君についてまた一つ知る事は出来た気がする。私はそれだけで十分なのさ。」


「こいつ等に嫌われている事は知られたくなかったよ……。」

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