スイート キス イン パニック
kou
Sweet Kiss in Panic
金曜の夜は、デートナイトと呼ばれる。
週末の夜の街は、人でごった返している。
駅前にたむろする学生グループや、飲み会帰りのサラリーマンたち。居酒屋からは、賑やかな声が聞こえてくる。
そんな雑踏を離れ、一人の青年は駅前で買ったケーキを手に持ちながら、恋人の待つ道を急いでいた。
青年の名前は、
恋人である
最初はただ、趣味が合うということで話が盛り上がっただけだったのだが、次第にお互いに惹かれ合い、今ではこうして付き合うことになったのだ。
とは言え、お互い読書が趣味であるためか、気持ちこそ確認し合っただけで、特にこれといった進展はない。
だが、それでも構わないと拓海は思う。こうして二人でいられるだけでも幸せなのだから。
だからデートナイトと呼ばれる夜も結衣とどこかへ出掛けるのではなく、彼女の部屋でのんびりと過ごすのが、二人の常だった。
結衣の部屋に着くと、いつものようにチャイムを鳴らす。すると、中からパタパタと足音が聞こえてきて、ドアが開けられた。
そこには、ラフな格好をした結衣が立っていた。風呂上がりなのか、少し顔が赤くなっている。
「いらっしゃい。拓海さん」
そう言って結衣はニッコリと笑って、拓海を迎え入れてくれた。その笑顔を見る度に、胸がドキドキしてくる。
拓海は玄関に入ると、手に持っていた箱を彼女に差し出した。箱には、ショートケーキが入っている。今日は、彼女が大好きなスイーツを買ってきたのだ。
甘いものが好きな結衣は、目をキラキラと輝かせると、嬉しそうに微笑んだ。
そんな彼女を見ていると、拓海まで幸せな気分になって来る。
(やっぱり、結衣さんは可愛い)
結衣は、いつものように手料理を作って待ってくれており、部屋の中から美味しそうな匂いが漂ってきた。
テーブルの上に並べられた料理を見て、拓海は思わず感嘆の声を漏らす。
どれもこれも美味しそうだ。
二人は向かい合うようにして座ると、一緒に食事とスイーツを楽しんだ。最近読み始めた小説の話や、面白かった漫画の話など、話題は尽きない。
楽しい時間はあっという間に過ぎていき、気が付けば時刻は午後10時を過ぎていた。
そろそろ帰らなければと思い、拓海は立ち上がると、帰り支度を始める。
10代の子供ではないが、結衣はまだ若い女の子なのだ。あまり長居するのも良くないだろう。大人の恋人同士ではあるが、自分たちにはまだ早いと思っていた。
しかし、そんな拓海の考えとは裏腹に、結衣は寂しそうな表情を浮かべた。
「もう帰っちゃうの……」
帰ろうとする彼を引き止めるように服の裾を掴むと、上目遣いで見つめてくる。
その瞳を見た瞬間、ドキッとした。まるで小動物のような愛らしさを感じさせる眼差しだったからだ。
拓海は思わず抱きしめたくなる衝動に駆られたが、何とか理性を保つことに成功する。
「……じゃあ。また」
拓海は、そう言って部屋を出た。
後ろ髪を引かれるような思いだったが、いつまでもここにいる訳にはいかない。関係を進展させたい気持ちはあるが、初めての交際であるだけに、自分でもさじ加減が分からない。踏み込むことで、嫌われることが怖かったのだ。
名残惜しい気持ちを振り切るように、拓海は階段を降りていると、結衣が悲鳴を上げながら部屋から飛び出し、階段を駆け下りてきた。
何事かと思って振り返ると、彼女は涙を流しながら必死に訴えかけてくる。
「た、拓海さん。助けてください!」
突然のことに驚きながらも、拓海は彼女を落ち着かせようと試みるが、取り乱しているせいかなかなか上手くいかない。
その間にも、結衣は泣き叫びながら助けを求めてくる。どうやら、本気で怯えているようだ。
「どうしたんですか?」
「ご、ゴキブリが出たんです! 私、どうしても苦手で……」
拓海は、そういうことだったのかと理解する。確かに苦手な人にとっては恐怖の対象でしかない。
拓海は結衣を安心させるよう片腕に抱きながら、部屋に戻る。手には新聞紙を丸めて棍棒していた。それで叩き潰せばいいだろうと考えたのだ。
結衣は拓海の腕にしがみついて離れない。
「拓海さん。私、怖い……」
「大丈夫。僕がついてるから」
拓海は結衣を励ますように声をかけて、彼女の顔が息がかかる程に近くにあることを意識した途端、鼓動が激しくなるのを感じた。
間近で見ると、改めて美人だと思う。
こんな綺麗な人が自分の恋人だなんて信じられないくらいだ。
それは結衣も同様だったらしく、頬を赤らめるが顔を逸らそうとしない。
むしろ積極的に見つめてきているような気がするのは気のせいだろうか。拓海は新聞紙を落とすと、そのままゆっくりと顔を近づけていく。
二人は魔法にかかったように、初めて唇を重ね合わせる……。
スイート キス イン パニック kou @ms06fz0080
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