3 赤ん坊、栽培小屋を見る(2)
マントが開かれると、初めて僕に気がついたらしい少年二人は目を丸くした。
兄の方は、少し苦い顔になっている。
「実験って、いったいどんなことをしているんですかあ?」
問いを重ねられて、兄は大きく溜息をついている。
「クロアオソウの栽培だ」
「クロアオソウって──この村じゃどこでも作ってますよね」
「たいていは夏に種をまいて秋に収穫している。それを冬に収穫できないかって思ってな」
「冬は、雪に埋もれるから──ああ、だから小屋の中ですか?」
「それともう一つ。何か気がつかないか、この中?」
首を傾げ。すぐにベティーナは、今し方自分がマントを開いた理由に思い当たったようだ。
ぽん、と手を叩いて、
「ここ、暖かいですね、そう言えば。外はもう寒いのに、どうなっているんです?」
「地熱って言うんだそうだ。この村の何箇所か同じような場所があるけど、自然に地面が温かくなっている」
「ああ、だから冬でも栽培ができるんじゃないかって」
「そういうことだ」
「すごいじゃないですか、大発見!」
「──そううまくいかないから、困っているんだ」
「え?」
「もう一つ、気がつくことはないか?」
「え、え?」
慌てた様子で、ベティーナは小屋の中を見回す。
ごく狭い室内で、奥の方は闇に沈みかけている。
それでも何とか判別できる土の上は、順におおよそ三種類に分けられているのが分かる。
入口近くの列は青い植物が顔を出しているが、ほとんどしおれてへニョヘニョという状態。
中央部分はようやく芽が出たばかりという様子。
奥の方はまだ土の上に何も見えない。種をまく前か、まいたばかりというところか。
「こっちのお野菜、すっかりしおれちゃってますねえ」
「だから困っている、失敗と思うしかないんだが。原因は分かるか?」
「えーと……」
「植物の成長に必要なものは?」
「えーと、水、肥料、土?」
「土はなくてもいい場合があるそうだけどな、あとは適切な気温、日光」
「ああ」ぽん、とベティーナは手を叩く。「ここ、暗いですよね。日光不足?」
「そういうこと」
「それってでも、最初から分かっていたことじゃ? 小屋を使うって決めたとき」
聞いて、少年三人は渋い顔を見合わせた。
最初に顔を出していたアヒムが、その渋い顔のまま溜息をついて、
「父さんたちにも協力してもらってこの小屋を建てたとき、ほらそこ、ちゃんと屋根の一部が開くようにしてもらったんさ」
「そこを
リヌスも言葉を継ぐ。
それに、ベティーナは大きく頷いた。
「ああ、だから……」
「失敗ってことだ」兄も苦い顔で頷く。「熱を保とうとすれば日光を入れられない。日光を入れたら冷えきってしまう。ベッセル先生の言い方だと『二律背反』って言うんだとさ」
「何週間も頑張ったけど、無駄だったみたいさ。やっぱり、もうやめ──」
「でもウォルフ様、まだ失敗と決めつけられない。もう少しいろいろ工夫してさ」
「ああまあ、やってみよう。もしかしたらこのまま、日光不足でも辛うじてどうかすれば食べられるくらいのものにはなるかもしれないしな」
協力者たちを振り返って、兄はどことなく弱々しい笑いを見せた。
どうも少年たちも一枚岩ではなく、リヌスは悲観論、アヒムは楽観論の支持者のようだ。
光を通して熱を
ガラスとかビニール(?)のようなものは、この世界にないのだろう。もしガラスなどあったとしても、手が届かないほど高価なのかもしれない。
一通り室内を見回して、僕も溜息をついた。
それを寒いせいと思ったのか、ベティーナはマントをかけ直してくれた。
「もう戻ります。すみませーん、お邪魔しました」
「ああ。俺たちももう、今日は終わりにする」
使っていた農具などを
戸が閉められる前に、僕は内部をもう一度見回してみた。
少年二人と別れて、兄と一緒に裏口に入る。
「それにしてもウォルフ様、午後は毎日こんな作業していたんですねえ」
「ああ。ここで農作業をしたり、森で野ウサギの様子を調べたり、だな。農作業は毎日いじっても仕方ないから、だいたい三日に一度くらいだ。
こっちもあっちもうまくいかない、と兄はぼやいた。
「領地を思っての努力なんですから、きっと何か
「だといいんだけどな」
階段を昇ると、兄はすぐ自室に
僕は外出用の厚着を脱がせてもらって、のびのびとベッドの上で
開けっ放しだった窓を慌てて閉じ、「しばらく天気悪そうですよねえ」とベティーナは独り言を漏らしていた。
◇◇◇
それから数日、ベティーナの言った通り、雨が降り出すかどうかぎりぎりかといった
小屋の野菜栽培にますます絶望を深めたという様子で、兄はどんどん天気に合わせた顔つきになっていた。
前回の農作業から三日後、兄が昼食を済ませた頃合いに、正面玄関から声がしてきた。
「ウォルフ様、大変だ!」
部屋にいても聞こえたその大声に、僕はベティーナを促して階段口まで出ていった。
アヒムとリヌスが玄関口から首を入れて、食堂から出てきた兄に大声を続けている。
「どうした?」
「あの元気なかったクロアオソウ、元気になってる」
「何だって?」
「魔法だ! 何もしてないのに、小屋の中明るかったさ」
「そんなわけないだろう」
「だから、早く、見に来てください」
「分かった、今行く」
一度引っ込んで、兄は支度をしているらしい。
何も言わないままベティーナは部屋に駆け戻って、先日と同じ厚着を僕に被せ出した。
いつになく荒々しい手つきの仕打ちを、黙って僕は
兄より少し遅れて小屋に駆け込むと。
手前の畑の列に見えているのは、先日とまるで見た目の変わった
「本当だ……」と、兄は
「さっき三日ぶりにここへ来たら、こうなってたさ」
「しかし、あれ、おい──」
アヒムの説明を遮って、兄は天井を見上げた。
外の曇りきった空と同様に、小屋の中は暗がりが支配している。
「お前らさっき、小屋の中明るいって言ってなかったか?」
「はあ。さっきは」
「戻ってきたらもう、またこんな暗くなってたさ」
「どういうことだ?」
三人で顔を見合わせ、改めて
それへ向けて、ベティーナが我慢が限界を超えたと言わんばかりの声をかける。
「でもでも、何にしてもこれ、大成功じゃないですかあ。この野菜なら、売り物にもなりますよお」
「そうなんだが」ぼりぼりと兄は頭をかいた。「この一列は成功にしても、このままじゃ実験は失敗だ。この成功の理由が分からなくちゃ、もう一度うまくできるか分からない」
「それにしても、成功の道が開けたってことじゃないですかあ。この小屋で立派な野菜が作れるってことで」
「まあ、そうだけど……」
「そうだよ、ウォルフ様。成功の理由を探せばいい」
「これまでやったこと、みんな見直せばいいさ」
口々に言い
それから作業に戻る少年たちをしばらく見て、僕らは家の中に戻った。
兄が戻ってきたのは、もう早い秋の日没が過ぎてからだった。
階段の上で僕を抱いたベティーナが迎えて、
「何か分かりましたかあ?」
「いや、ダメだ」
そのまま今日も、部屋に籠もってしまう。
「せっかくうまくいったのにい」
部屋に戻りながら、ベティーナはぷうと
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