【書籍試し読み増量版】赤ん坊の異世界ハイハイ奮闘録1/そえだ信

MFブックス

プロローグ

 赤ん坊は、立ち上がった!

 なんとしても、この地を救わねばならぬ!


「わう、わ、わ──」

 しかし現状、如何いかんともしがたく。

 現実にはまだ『はいはい』しかできない身。持ち上がりかけたお尻はむなしく、またすぐにぽとりと落ちるしかなかった。

 しかも思いがけず下の柔らかみは即座に生き生きと弾み、細く力弱い手で両わきささげ上げられ。

「わあ!」と耳元近く、澄んだ声にいつになく力が込められた。

「見た見た? 今ちょっとだけ、立とうとしたの」

「すごい、すごいです」

「ご立派です」

──タイミングが、悪かった。

 行動するなら、一人のときを選ぶべきだった。

 忘れていたけど、日に一度の習慣、母の抱っこの最中だったのだ。

 あまりに心地よく、ずっとこの感触に身を委ねていたいのだけど。

 昼間領民の現状を聞き、母の病状をうかがって、思わず力を込めてしまった。

──情けね。

 現実には、立とうにも立ちようがない。

 実際の起立を別にしても、何ができるとも思えない、ただただ非力の身。

 誰かに抱かれなければ、移動さえままならない。

 何しろまだ、僕がこの意識にめてからでも二十日程度、生後およそ六ヶ月というところらしいのだ。

 自力でできることは、情けないほどに限られている。

 しかしそれなのに、残されたゆうは悲しいまでに少ない。


──思い切るしか、ないか。

 女性たちの喜声を近く遠く聞きながら、

 まだ僕はしゅんじゅんを続けていた。

 心ともなく、思考はその二十日程度前の始まりに向いていく。

 その始まりは、思い返しても突然だった。

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