10.エスティアの感謝
(エリック様は生きることを諦めた私に手を差し出してくれた)
エスティアの頬に涙が流れる。
(身も心もボロボロになった私に温かい食事と布団を与え、そして大きな愛で包んでくれた。いつも一番に私のことを考えてくれて、一緒に居られるだけで幸せだった。)
「そう幸せだったの……」
全開になったエスティアの殺気に体が固まって動かない暗殺者達。エスティアがゆっくり近づきながら言う。
「それをあなた達は私から奪うと言うのね。そう、そうなの……」
(こ、殺される……)
それは同業者だから分かる『一切の感情を持たない顔』。ただただ任務遂行のために人の心を捨て暗殺マシーンになる顔。しかも放たれる圧はこれまでに感じたことのないほど強力なもの。傍にいるだけで体が動かなくなるなど聞いたことが無い。
「て、撤退する……」
辛うじてリーダー格の男が絞り出した言葉。
任務失敗。今目の前の女の相手をしたら間違いなく全滅する。エスティアが小さくつぶやく。
「……撤退? 何を言ってるの?」
シュン!!
消えた。
一瞬で姿を消すと、次の瞬間には近くにいた暗殺者の顔面を思い切り殴りつけていた。
「ぎゃ!!!!」
そのまま血しぶきを上げながら吹き飛ばされる男。皆がその姿を見ると同時に、別の場所にいた男が悲鳴を上げる。
「うぎゃあ!!!!」
見ると今度は蹴りを受けて腕がおかしな方向へ曲がってしまっている。
「ひ、ひぇ……、た、助けてくれ……」
完全に白旗を上げて散開し始める暗殺者達。エスティアはそのひとりひとりを容赦なく叩きのめす。
「ま、待て!! 動くな!!!!」
「!!」
そんなエスティアの耳に男の声が響く。振り向くとその男は木に縛られているエリックの元へ行きナイフを突きつけている。
「そ、それ以上やるならこの男を殺すぞ!!」
彼にしてみれば最後の賭けだった。
圧倒的強さで無双する少女に対し抗うどころか逃げることもできない状況。藁をも掴む思いで人質という最も古い作戦に出た。しかしこれが彼らにとって吉と出る。
「エ、エリック様!?」
愛するエリックの顔を見て『激怒モード』から我に返ったエスティア。そして怪我をした彼の姿を見て今すべきことを思い出す。エスティアが泣きそうな顔になって叫びながら駆け寄る。
「エリック様あああ、今すぐ怪我の手当てを!!」
一気に殺気の消えたエスティア。
暗殺者達の相手より『愛するエリック様』の治療の方が遥かに大事である。
「い、今のうちだ。逃げるぞ!!!」
暗殺者達は皆一斉に崖の下の激流に飛び込み逃げて行った。
「エリック様、エリック様!!!!」
エスティアはすぐに縄を解き怪我をしたエリックを横に寝かせる。常備している止血薬を塗り込み、着ていた自分の服を脱いで切り包帯のように巻き付ける。そのまますぐに川へ走り水を汲んでエリックに飲ませ、打撲に効く薬草を採取し傷に擦り込む。
「ううっ、うっ、エリック様ぁ……」
手当をしながらもどんどん溢れてくる涙。
自分の為にこんな酷い傷を負ってしまい、自責の念がエスティアを潰す。
「エリック様、エリック様ぁ……」
彼の頭の傍に座りひとり泣き続けるエスティア。やれることはすべてやった。後は彼が目を覚ますのを待つだけ。
「うっ、ううっ……」
しばらくしてようやくエリックに反応が現れた。
「エリック様? エリック様っ!!!」
名前を呼ばれたエリックがゆっくりと目を開け、じっとエスティアを見つめる。
「……エスティア。良かった無事だったか」
「エリック様ああああ!!!」
エリックに泣きながら抱き着くエスティア。エリックはエスティアを抱きしめながら彼女が下着姿になっていることに気付き言う。
「こんな姿にさせられて……、酷い目に遭ったんだな、すまない、僕がいながら……」
「違うんです、違うんです、エリック様。これは……」
それを否定するエスティアにエリックが尋ねる。
「そう言えばあいつらは……」
エスティアアが顔を上げて答える。
「エリック様がみんな追い払ってくれましたよ」
「そうか……」
サーベルを持って暴れていたのは覚えている。詳細は分からないがきっとうまくやれたのだろう。エリックはぼうっとする頭でそう思った。
「うえ~ん、エリック様ぁ……」
ずっと泣き続けるエスティアを見て、エリックが体を起こし優しく抱きしめる。
「もう泣かないで、エスティア。僕は大丈夫だから」
「エリック様ぁ」
エスティアもそれに抱き着き返す。エリックがエスティアの頭を撫でながら言う。
「やっぱりここにいたんだね。良かった」
「はい……」
エリックはべっとりと血の付いたエスティアの体を見て言う。
「血まみれじゃないか……、酷いことをされたんだね……」
(え? これはエリック様の血が付いて……、きゃ!!)
我に返ったエルティアは、今自分が下着姿でいることに気付く。着ていた服は切って包帯としてエリックに巻いてしまっている。下を向いて赤い顔でエスティアが言う。
「あ、あの、あまり見ないでください。恥ずかしいです……」
そう話すエスティアをエリックはじっと見つめたまま言う。
「こんな時に不謹慎なのかもしれないが、とっても綺麗だ。エスティア」
かあああ……
一体どんな感覚をしているのだろう。彼じゃなければ暗殺するレベルの発言だが、そこは愛するエリック様。そう言われて喜びすら感じてしまう。恥ずかしがるエスティアにエリックが言う。
「ごめんね。あそこに僕の上着がある。あれを着たらいい」
「あ、はい」
エスティアが頷く。そしてエリックが体に力を入れて立ち上がろうとする。
「ぐっ……」
「エ、エリック様!? まだダメです!! お怪我が……」
エリックは痛みを我慢して立ち上がり、エスティアの腰に手を当て彼女を支える。
「愛する人が怪我をしている。僕が支えるのは当然のことだよ」
血で汚れた顔。それでも自分を見て微笑む彼は本当に格好いい。
「エリック様、私……」
色々な感情が交差するエスティアにエリックが言う。
「僕が君を守ると誓ったんだ。大丈夫だよ」
「はい、エリック様……」
甘えようと思った。
色々考えるのはやめて素直に甘えようと思った。肩を支え合いながら歩き出したふたり。エリックが尋ねる。
「彼らは一体何者だったのだろう?」
「や、野盗じゃないですか??」
間違いなく暗殺者。エリックを狙った暗殺者であるが、今それを伝えるのは良そうと思う。エリックが言う。
「しかし、どうしてエスティアを狙ったのだろう……」
(え?)
「エスティアが可愛すぎるから僕に嫉妬して狙ったのだろうか。それなら襲われた理由も納得いくのだが……、あ、すまない。不安になるようなことを言ってしまって」
(まさか、自分が狙われたことに気付いていない!?)
エスティアはひとり悩む『勘違い亭主様』を見て、別の意味で不安になって来た。真剣に悩む彼の姿を見つつエスティアが思う。
(本格的にエリック様に手を出して来た。絶対に許せない! 私の幸せは誰にも壊させないから!!)
エリックとエスティアは時間をかけて近くの街まで歩き続けた。
街では大騒ぎとなった。
なにせ領主代行が襲われ怪我をして帰って来たのだから。すぐに街の治療院に入院。エスティアと共に手当てを受ける。
同時に大規模な野盗の討伐隊が結成され、近隣に潜んでいたそれらしきグループを拘束。領主代行襲撃の罪で罰せられた。
(多分彼らじゃないんだけどね……)
最後まで否定していた野盗達であったが、いずれにせよ悪事を働いていた事には変わらず牢獄行きとなった。
「おかえりなさいませ。エリック様、エスティア様」
数日の治療を経て屋敷に戻ったふたりを執事のセバスタン達が迎えた。アンがエスティアに抱き着いて言う。
「エスティア様、心配しました~!!」
ピンクのツインテールが心配そうに左右に揺れる。
「難儀だったな、エリック」
長男のセルバートがエリックに声を掛ける。
「ええ、セルバート兄さん」
二男のアリエルがエスティアに言う。
「エスティアちゃんも大丈夫だった~??」
「あ、はい。私は特に怪我などはしてなくて……」
四男のマルクも不安そうにふたりを見つめる。エスティアは集まって来たラズレーズン家の面々を見て思う。
(この中にエリック様を襲わせた首謀者がいる。絶対に見つけ出すから!!!)
誰ひとりとしてエリックに対して悪意を表さない家族達。だが確実に『敵』がいることは分かっている。エスティアは改めて愛するエリックを守り抜こうと決意する。
「おーい、エスティア!」
「あ、はい! エリック様」
呼ばれたエスティアが駆け足でエリックの元へ行く。
「近いうちに挙式をあげたいと思うんだ。そのあときちんと籍も入れたい」
「え? きょ、挙式!!??」
「ああ、実質夫婦だとは思っているがしっかりとけじめはつけたい。それに君のウェディングドレス姿も早く見たい」
「は、はい……」
照れて真っ赤になるエスティアにアンが言う。
「楽しみですね、エスティア様!」
「う、うん、恥ずかしいけど……」
ウェディングドレス。
暗殺者のままだったら生涯縁のないもの。話の中で読んだことがあるだけで見たことはない憧れの衣装。エスティアはそんな素敵な服を着せてくれるエリックを見て涙がこぼれそうになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます