11.誓いの結婚式

「大変良くお似合いでございます」


 衣装の着付けを終えた淑女の店員が笑顔で言う。

 真っ白なAラインのウェディングドレス。スカートがウエストの辺りから徐々に広がる王道のドレスで、シンプルながら上品なイメージを与える。大きく出た肩は色気を、手にはめられた白の手套は清楚さを醸し出し、まさに式の主役に相応しい装いである。



「本当にお綺麗です! エスティア様!!」


 一緒に試着に来ていたメイドのアンも嬉しそうに言う。



「は、恥ずかしいけど、綺麗……」


 エスティア自身も鏡に映った自分に思わず見惚れる。ドレスはもちろん、生まれて初めてアップにした金色の髪もとてもよく似合っている。



(こんなに幸せでいいのかな……)


 これまでの自分の人生を振り返れば、こんなに幸せになってしまっていいのかと不安にすらなる。影の世界、日の当たらぬ場所で生まれ、もしかしたら誰も知らぬまま消えていたかもしれない。



「どうしたのですか、エスティア様?」


 黙り込んでしまったエスティアにアンが尋ねる。


「何でもないわ。エリック様に感謝しているの」


「ふふっ、そのエリック様が外で首を長くしてお待ちですよ!」


 アンはそう言って部屋の外で待つエリックの方を指差して笑う。



「エリック様……」


 思わず歩き出そうとするエスティアをアンが止める。



「ダメですよ、エスティア様。挙式前に新婦のウェディングドレス姿を見たら、幸せになれないんです!」


 意外な事実。初めて知る話にエスティアが驚く。


「そうなの? 知らなかったわ」


「そうなのです。だから私がエリック様にきちんと報告してあげますね!」


 そう言ってアンが部屋のドアまで行き、顔だけ出して言う。



「エリック様、と~ってもお綺麗ですよ。エスティア様」


 部屋の外で難しい顔で腕組みをしていたエリックが顔を出したアンに言う。



「そ、そうなのか! み、見たいが、それは叶わぬのだな……」


「ダメで~す!!」


 そんなアンが気付くとすぐ隣にエスティアが立っていて言う。



「代わって、アン」


「え、はい……」


 アンに代わりエスティアがドアの隙間から顔だけ出して言う。



「エリック様、本当にありがとうございます」


 金色の美しい髪がアップにされたエスティア。初めて見る彼女の姿にエリックが感激して答える。



「なんと綺麗なのだ、エスティア!! 僕は、僕は幸せだ。ありがとう!!」


 今直ぐ駆け付けて抱きしめたい衝動をぐっと抑えるエリック。それをひしひしと感じるエスティア。小さく手を振ってドアを閉める。



(ありがとうございます、エリック様……)


 目を閉じたエスティアから流れる涙。

 アンと淑女の店員はそれを黙って笑顔で見守った。






 そして挙式当日。

 真っ青な空の下、ラズレーズン家の中庭に次期当主となる青年の晴れ舞台を見るために多くの人が集まった。そのほぼすべてがエリック側の招待客。エスティア側の来客は皆無であったが、そんな野暮なことを詮索する人物はいない。


 会場のテーブルに並べられた豪華な食事。飾られた可憐な花々にワイン。多くの来賓達が笑談する中、先に新郎のエリックが会場に姿を現す。



「エリック、おめでとう」


 銀髪の髪が風に吹かれ、太陽の光を受けて銀色に輝く。元々イケメンの彼は、真っ白なタキシードも彼の為に作られた服じゃないかと思うほどよく似合う。

 父親や兄弟に祝福の言葉を貰った後、会場に集まった人達に丁寧に挨拶をして行く。そして壇の方から大きな歓声が沸いた。



「おお、新婦のお目見えだ!!」

「綺麗~!!」

「エスティア様ーーーっ!!!」


 壇上でアンに手を取られながら現れたエスティア。

 初めて披露するその美しいウェディングドレス姿にエリックはもちろん、会場にいたすべての人の目が釘付けとなる。



「エスティア……」


 エリックがようやく絞り出せたひと言。

 あまりの美しさに言葉が出なくなるとは彼自身想像もしていなかった。そんなエリックに兄弟達が声を掛ける。



「エリック、ここからは『敵』だからな」


 で作られた剣を持ち兄弟達がエスティアの方へと歩いて行く。エリックも同じように紙製の剣を持って歩き出す。



「エスティア様は渡さないわ!!」


 メイドのアンも手にした紙製の剣を持ってエスティアの前に立つ。

 エリックの兄弟、父親、セバスタンにアン。そして近くにいた人も同じようにして紙の剣を持ちエスティアの前に立つ。



「エスティア、君は僕が頂く!!」


 エリックが紙の剣を持ちエスティアの方へとゆっくり歩き出す。

 これはこの地方の習慣で、結婚式ではに攫われた新婦を新郎が命を懸けて救助すると言ういわば演技。剣を持った兄弟達が敵、それをエリックがひとり助けに向かう。



「それ!!」


「ああああっ!!!!」


 エリックが剣を振るごとに敵役の兄弟や父親がわざとらしい声を上げて倒れて行く。



(エリック様……)


 自分を救助に向かう彼の姿を見て思わずエスティアの涙腺が緩む。



「きゃあああ!!!」


 最後にアンを倒したエリックが、囚われていたエスティアの元へ行き片膝をついて言う。



「エスティア、僕と結婚して欲しい」



 そう言って差し出す手をエスティアが涙を堪えて掴んで言う。



「はい、喜んで」



 エリックは嬉しそうに小さく頷くと掴んだ手をぐっと引寄せ、エスティアをお姫様抱っこをして大声で叫ぶ。



「僕が君を幸せにする!!!!!」



「おおおおおお!!!!」

「きゃああああ!!!!」


 パチパチパチパチ!!!!!


 その声と同時に会場から上がる歓声、拍手。イケメン新郎と抱かれた美しい新婦に皆が惜しみない拍手と祝福を送る。



「誓いのお酒です」


 そんなふたりにアンが金色の小さな杯に入ったお酒を差し出す。エスティアを下したエリックがそれを受け取り、エスティアも同じように杯を受け取る。

 エリックがその金色に光る杯を天高く掲げ、皆に言う。



「今日は僕らの為にお集まり頂き感謝します。乾杯っ!!!!」



「乾杯ーーーーーーっ!!!」


 エリックの音頭に合わせて会場の皆が祝杯をあげる。



 ゴクリ……


 エリックが一気に盃の酒を飲み干す。

 幸せだった。エスティアは幸せの絶頂だった。流れる涙を拭きつつ人生で最高の幸せな時間を過ごしていた。



 しかしそんな時間が一変する。



「うっ、ううっ……」


 酒を飲み干したエリックが急に首の辺りに手をやり苦しそうな顔をする。



「エリック様?」


 その異変に最初に気付いたエスティアが倒れそうになるエリックの体を支える。



「エリック様? エリック様、どうしたんですか……、これは!?」


 真っ青な顔、僅かに口から出る泡。瞳孔が開いた目。手の震え。そう、それはエスティアが養成所で何度も教えられたの特徴と同じもの。



(毒っ……!!!)



 暗殺で多用される毒殺。

 もっとも簡単で効果の出る暗殺方法。



(エリック様!!!!)


 エスティアは奥歯に仕込んであるを噛み切り、すぐに意識がなくなりかけているエリックに口づけする。エリックの様子が変だと思っていた来客達は黙ってそれを凝視する。



(間に合って、間に合って、こんなの嫌だよ……)


 口づけをしながらエスティアが祈る。最も幸せな時に最愛の人を無くす恐怖。エスティアは体を震わせながらエリックの回復を祈る。




「ん、エスティア……??」


 しばらくしてエリックが意識を回復。エスティアが涙を流して言う。



「エリック様、良かった……」


 そして思いきりエリックに抱き着き、エリックもそれを抱き返す。




「おめでとおおおお!!!!」

「ふたりともお幸せに!!」

 

 事情が分からない来客達はエリックが倒れてエスティアがキスをするのもだと思い拍手を送る。

 一瞬苦しさと目眩を覚えたエリックだが、祝福の声や拍手が会場を埋め尽くすのを見てエスティアと共に立ち上がり皆に向かって一礼する。



 パチパチパチパチ!!!!


 沸き起こる拍手を前に、エリックがエスティアを見て誓う。




「君を生涯、僕が守る。愛してる」



「はい、エリック様……」


 エスティアもそれに頷き涙を流して答える。そしてエスティアも誓う。



(私も生涯あなたを守ります。大好きなエリック様……)


 抱きしめ合うふたりに惜しみない拍手が送られる。

 ふたりの幸せの邪魔などさせない。愛する人の暗殺などさせない。エスティアはエリックの腕の中で改めて誓いを立てた。

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暗殺者だけど人が殺せないエスティアの幸せ結婚ハッピーライフ!! サイトウ純蒼 @junso32

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