6.お義父様、怖いですぅ。

「とてもお似合いですよ、エスティア様」



(これが、私……)


 エスティアは鏡の前に立った自分を見て思った。

 黄色のフレアロングスカートのドレス。上半身には花の刺しゅうを施した肌が透けるレース。腰の部分にはやや大きめのリボンがあしらわれており、ドレスと共に金色の髪のエスティアにとてもよく似合っている。



「可愛い……、こんなの着ちゃっていいの……?」


 鏡の中の自分に戸惑うエスティアに着付けを手伝ったアンが言う。



「いいんですよ。とーってもよく似合ってます! これはエスティア様が来られてすぐにエリック様が密かに注文されたドレスです。エスティア様に着て貰える日が来てドレスも喜んでますよ」


「うん、ありがとう。アン」


 エスティアは鏡の前でくるっと回り色々なポーズを取る。

 暗殺養成訓練の中で色っぽい服を着る練習はあったが、このような『可愛い』を前面に押し出した服は着たことが無い。



(こんなに幸せでいいのかな……)


 そしてを思う。



「早くエリック様に見て貰いたいんでしょ~?」



(ええっ!?)


 思っていたことをズバリ言い当てられたエスティアが顔を真っ赤にして答える。



「そ、そんなんじゃないって!!」


「エリック様がずっとお待ちですよ」


 エスティアが鏡に映る自分を見て尋ねる。



「笑われないかな……」


 エスティアの隣に立ち一緒に鏡を覗き込むアンが言う。


「笑ったりしたら私がひっぱたいてあげますから!!」


「ぷぷっ、そうね。そうしてくれるかな」


 ふたりは笑いながら出掛ける用意をし部屋を出る。




「エスティア、綺麗だ。本当に綺麗だ……」


 屋敷の外の馬車の前で待っていたエリックが、アンと共に現れたエスティアを見て言う。


「恥ずかしいです……」


 感激したエリックが涙を流しながら言う。



「こんなに可愛い君を人目につく所へ連れて行くのは心配だ……」



 アンがエスティアに小声で言う。


「まさか涙を流すとは思いませんでしたね!」

「そうね、くすくす……」


 涙を拭いながらエリックが言う。



「さあ、では行こうか」


「はい」


 エスティアは差し出されたエリックの腕に手を絡め馬車へと歩き出す。襟付きのシャツにラフなスーツ。端正な顔立ちのエリックは何を着ても似合うが、今日ばかりはエスティアと言う可憐な花の引き立て役になっている。

 馬車に隣同士に座ったふたり。エリックがエスティアの手を握りながら言う。



「ありがとう、エスティア。君に出会えて僕は嬉しいよ」


「お礼を言うのはこちらです。私を拾ってくれて本当に感謝しています」


「拾うだなんて……、お前は……」


 エリックは腕をエスティアの肩へまわし頭を撫でる。エスティアもエリックの肩に頭を乗せ尋ねる。



「お前は……、何ですか?」


 エリックも肩にもたれたエスティアの頭に自分の頭を乗せ答える。



「本当の本当に可愛いやつだ」


 エスティアとエリックは繋いだ手を少しだけ強く握った。






「え、エリック様のお父様って王城で働いていらっしゃるのですか?」


 屋敷を出て数時間、ラファルト王国城下町に入りそのまま王城へ向かった馬車。窓から覗く景色に驚いたエスティアにエリックが言う。



「そうだよ。言ってなかったかな。父上は王城の政務官をしていてずっと城で暮らしているんだ」


 政務官として有能なエリックの父は、地方領主でありながらずっと王城で仕事をしている。故に領主の仕事の多くをエリックが担っている。



(王城、王城……)


 暗殺者にとって王城侵入は最難関の任務のひとつ。

 貴族や有力者が住まう王城の暗殺は困難を極めるが、やり遂げれば暗殺者としての株が大きく上がる。それだけ特別な場所。そこへとは言え暗殺者だったエスティアが正面から入る。



(緊張する……)


 隣国、まだ経験のない王城だがエスティアの心は落ち着かない。追われている身なのであまり目立つことは避けたいが、エリックの父親との面会となれば断る訳にはいかない。

 王城の門に差し掛かった馬車が守衛に呼び止められてチェックにやって来る。



「エリック・ラズレーズンだ。父に面会に来た」


 馬車の窓からエリックが答える。守衛が頭を下げて言う。



「これはエリック様、ご無沙汰しております。あれ、そちらのお方は……」


 守衛の視線が隣座るエスティアに向けられる。



「私の婚約者だ」


 紹介されたエスティアが軽く会釈をする。守衛が答える。



「そ、そうでしたか! なんとお美しい! さ、どうぞお通りください」


 エリックが軽く手を上げて馬車が走り出す。

 緊張したままのエスティアを乗せた馬車は王城中庭に止まり、下車したふたりはそのまま彼の父親がいる政務官室へと向かった。




 コンコン……


「父上、エリックです」


 王城の三階、【政務官室】と書かれたプレートがある重厚なドアをノックする。



「入れ」


 中から響く低い声。緊張した面持ちでエスティアが開かれたドアに入る。



「!!」


 部屋に入ってエリックの父親を見たエスティアは一瞬構えた。

 いや、構えようとして必死にその衝動を抑えた。日に焼けた肌に真っ白な髪。鋭い眼光。それは優しいエリックとは親子とは思えないほど強い圧を放つ人物であった。



「父さん、彼女がエスティア。結婚を考えている」


 名前を呼ばれてはっとしたエスティアが深く頭を下げる。



「は、初めまして。エスティアと申します」


 頭を下げながらも感じる父親の強い圧迫感。政務官と言うがただ者ではない。父親が答える。



「エリックの父、フォガレフだ。とりあえず座って」


「はい……」


 エスティアはエリックと共に部屋にあったソファーへと腰掛ける。フォガレフが言う。



「綺麗な娘さんだ」


「い、いえ、そんなことは……」


 謙遜するエスティアにフォガレフが尋ねる。



「で、どこの家の出身なのかね?」



(!!)


 エリックが事前に書いた手紙にもエスティアの出身については記載していなかった。エリックが言う。



「父さん、彼女は……」


 エスティアが言う。


「出身は隣国ですが、家とは絶縁されました。家で酷い目に遭って逃げ出し、エリック様に拾って貰いました」


 あえて嘘はつかなかった。

 これから父親と呼ぶかもしれない相手。嘘はつきたくない。腕を組んでそれを聞いていたフォガレフが尋ねる。



「エリックはラズレーズン領の当主となる男だ。この王城でも顔が利く。これから大きくなる家を背負っていくべき人物の嫁に、家柄も分からぬ娘と結婚させろと言うのか?」


「と、父さん!!」


 座っていたエリックが身を乗り出す。エスティアが答える。



「はい、身の程知らずとは思いますがそれを望んでおります」


「なぜエリックなのだ?」


「私はエリック様しか存じ上げておりません」


「エリックしか知らない? じゃあ、もっと色々知ったらどうだ?」


「いえ、必要ありません。エリック様をお慕い申しております」


 剛腕政務官と呼ばれるフォガレフに一歩も引かないエスティア。引いたらやられると本能的に理解していた。エリックが言う。



「父さん、もういいだろ? 誰が何と言おうと僕は彼女と一緒になる!」



 少し黙っていたフォガレフが言う。



「メシだ。夕食を一緒にとろう。場所と時間はここに書いてある。エリック、後で来い」



「父さん……」


 それはもうこれ以上話は要らないという意味。夕食で一体何を話すのか。立ち上がり部屋を出たエリックの頭はそれで一杯であった。エリックがエスティアに言う。



「エスティア、僕はこれから父さんと色々と挨拶に行かなきゃならない。君は来客室で休んでいてくれ。夕食の時間と場所はこれ。また後で会おう」


「はい、エリック様」


 エスティアは来客室の場所が書かれた紙を貰いひとり歩き出す。




(私、ダメかな……)


 ひとり歩くエスティアは先程の父フォガレフとの面会を思い出して泣きそうになる。常識で考えればエリックのような身分の高い男と、家柄も分からぬ女が一緒になるなんて無理な話。

 もしかしたらエリックの熱烈な求婚に大きな勘違いをしていたのではないか。エスティアの気持ちは歩きながらどんどん落ち込んでいった。




「ああ、なんてことだ!!」


 来客室へ向かうため王城にあるホールを歩いていたエスティア。

 そんな彼女の少し前を高貴な衣装に身を包み、数名のお供を連れた男性が頭を抱えて声をあげている。



(何を騒いでいるのかしら……?)


 あまり興味がないエスティアがちらっと彼を見てから立ち去ろうとすると、そのがエスティアの前まで来て言った。



「なんてことだ、僕は君に謝らなければならない」



「え?」


 驚くエスティア。同時に聞こえてくる周りからの声。



「ウィリアム王子がお声を掛けているわ!」

「やだ、王子とっても素敵……」

「王子と話していらっしゃるお方ってどなたなの……??」



(王子……!? まさか、ここの……!!??)


 エスティアは改めて目の前の男を見つめる。

 赤い髪が印象的な背の高い超イケメン。容姿だけならエリックや兄のセルバートを凌駕するレベル。高貴な衣装、その胸には王族を表す幾つかの紋章が付いている。ウィリアムが片膝をつきエスティアに言う。



「どうか僕を許して欲しい。君のような美しい女性がいるにもかかわらず、これまでずっと気付かなかった。僕の非礼を詫びたい」


「あ、あの、私……」



 何を言っているのかさっぱり分からない。

 いや、そんな事よりもこんなに目立ってはいけない。自分は追われる立場。人の多い王城ホールで王子なんかと話すことは極力避けなければならない。

 そんなエスティアの心とは別に、ウィリアムは彼女の細い手を握って言う。



「お詫びをさせて頂きたい。これからティータイムの時間だ。お茶を飲みながら君のことを聞かせてくれないか」


「え? いや、そんな、私……」


 ウィリアムは掴んだ手を放そうとしない。皆の注目を浴びる中、ここで王子のお誘いを断ってしまったらさらに目立つことになる。



「さ、参りましょうか」


 従者のひとり、年上の女性がエスティアの肩に手を乗せ歩き始める。





「これが女と言うものだ。分かったか? 


 吹き抜けになった王城のホール。その三階部分を歩いていたフォガレフとエリックは、超イケメンのウィリアム第三王子と会話するエスティアの姿を目にした。フォガレフが言う。



「地位や財力、そして容姿のいい男に誘われればどんな女でもああなる。さ、行くぞ」


 フォガレフは立ち去って行ったエスティア達を上から眺めながら歩き出す。



(エスティア……)


 エリックはそんな父が歩き出すのも気付かずに、しばらくそこに立ち尽くした。

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