7.僕の可愛いお嫁さん。

「こんな僕に付き合ってくれてありがとう。それで君の名前をまだ聞いていなかったね。僕はウィリアム、君は……」



 ラファルト王国の第三王子ウィリアム。

 真っ赤な髪に長身の超イケメン。女の扱いが上手くこれまで噂になった女性は貴族の間でも数知れない。そんな彼でも悪い噂が立たないのは、彼自身の生粋の女の扱いの上手さによるものである。

 女性の扱いにかけては百戦錬磨のウィリアムが、振り返り思わず立ち止まる。



「ねえ……、はどこへ行ったのかな?」



「え?」


 それまでエスティアと手を繋いでいた女従者が、自分の手に彼女の手套のみ残されていることに気付く。



「え!? あ、うそ!! いつの間に……!!」


 慌てて周りを見回すも、黄色の可憐な衣装を着た彼女の姿は既に見当たらなかった。ウィリアムが両手を軽く上げて言う。



「逃げられちゃったのかな? いやいや、これは参った~」


「も、申し訳ございません!!」


 女性従者が頭を下げて謝罪する。ウィリアムが答える。



「いいよいいよ。ホールで彼女を『口説く』という目的はまあ達成できたからね。フォガレフ爺さんのも一応達成できたから少しは借りも返せたし」


「申し訳ございません」



 王城きってのモテ男。

 彼が女性とのトラブルがほとんどないもうひとつの理由が、剛腕政務官であるフォガレフによる後始末。困った時はいつもフォガレフに泣きつき処理して貰っている。ウィリアムが上を見ながら思う。



(参ったな~、女性に逃げられたなんて初めてだよ。エスティアちゃん、なんか興味沸いて来ちゃったかも)


 ウィリアムは笑みを浮かべて従者と共に城の中へと消えていった。





(あー、まったくに絡まれちゃったわ!!)


 エスティアは姿を消すために残して来た手套を思い出しため息をつく。



「はあ、せっかくエリック様に頂いた大切な手袋を……、取り返すのはちょっと難しいかな……」


 エスティアはフォガレフの件に続いて、手套を無くしたことに心を痛める。



(エリック様に会いたいな……)


 別れて間もないエスティア。だけどすぐに会いたくなる気持ちを抑え込みながら来客室へ向かった。






 夕食の時間になり、エスティアはフォガレフに指定された場所へひとりで向かった。結局エリックはあれ以降姿を見せていない。



「失礼します」


 ドアを開けエスティアが部屋の中に入る。

 来客用の大きな部屋。中央に置かれた丸いテーブルで食事もできるようになっている。台に置かれた調度品やシャンデリアなど重要な客をもてなすための場所である。



「よく来たね。さ、座って」


「はい」


 部屋の中にはエリックの父フォガレフひとり。

 エスティは少し失望しながら会釈して指定された席に座る。テーブルの上に置かれた豪華な食事を前にフォガレフが言う。



「楽しかったかな?」


 相変わらずの強い圧。尋ねている意味も分からない。エスティアが首を少し傾げて答える。



「楽しい? ずっと部屋で休憩しておりましたので」


「そうか。そうか……」


 フォガレフは目の前にあるグラスに入った酒を口にする。

 ウィリアムの使いの者から『声かけには成功したがティーの同席はできなかった』と報告を受けている。同時にエリックが酷く落ち込んでいた姿を思い出しながらフォガレフが言う。



「さあ、食べようか。せっかくの料理が冷めてしまう」


 エスティアがフォガレフを見て答える。



「エリック様がまだお越しになっていません。私は待っていますので、お義父様、お先にお召し上がりください」


 フォガレフが少し笑って言う。



「エリック? ああ、あいつは恐らく来な……」



 バン!!!


 そこまで言いかけた時、部屋のドアが勢いよく開かれた。



「エスティア!!!」



「エリック様!」


 そこには額に汗を流したエリックが肩で息をしながら立っていた。




(現れたか……)


 それを表情ひとつ変えずにフォガレフが見つめる。エリックはエスティアの元まで行き膝をついてを下げる。



「え、え!? どうしたんですか、エリック様!?」


 突然の行動に戸惑うエスティア。エリックが頭を下げたまま涙声で言う。



「すまない、エスティア。僕は、僕は一瞬だけ、一瞬だけ君を疑ってしまった。婚約者としてあってはならないこと。本当に申し訳ないっ!!」


 そして深く頭を下げる。全く意味が分からないエスティアが、慌てて椅子から降りエリックの肩に手を乗せ言う。



「一体何のことを仰っているのか分かりませんが、私は何も怒ったり謝られることをされてはいませんのでお顔を上げてください」



「エスティア……」


 涙を流しながら顔を見つめるエリック。



「本当に僕を許してくれるのか?」


「許すも何も私は何もされていませんから……、きゃ!!」


 そう答えたエスティアをエリックが抱きしめる。



「ありがとう、エスティア。こんな愚かな僕と一緒に居てくれて」


「エリック様……」


 よく分からないが事態が丸く収まったようなので、改めてふたりが椅子に座り直す。フォガレフがエリックに尋ねる。



「エリック、良かったのか?」


 エリックが真剣な眼差しで答える。



「はい。僕が未熟なだけです」


「そうか」


 フォガレフはそう答えるとすっと立ち上がり、エスティアの方へと歩き出す。



「名前は確か、エスティアと言ったな……」


「はい」


 フォガレフはエスティアの真横まで来てじっと見つめる。

 近い距離。攻撃すれば確実に仕留められる距離。父親の行動の意味が分からないエリックに緊張が走る。



「はああっ!!!!」


 突然フォガレフがエスティアの顔に向かって正拳突きを繰り出す。



「エ、エスティア!!!」


 しかしその拳はエスティアの顔の数センチ手前で止められる。微動たりしないエスティア。右手を前に突き出したまま動きが止まるフォガレフ。

 エスティアは彼の呼吸や心拍音、発するオーラや圧で、『絶対に殴らない』と最初から分かっていた。



「わ、わああ!!?」


 ドン!!!



 対照的にいきなりの蛮行に驚き急いで立ち上がろうとしたエリックは足を絡ませ転倒。フォガレフの脅しには全く動じなかったエスティアだが、エリックの転倒には激しく動揺する。



「エ、エリック様!!??」


 慌てて転んだエリックに手を貸すエスティア。



「いててててっ……、と、父さん!! いきなり何をするんだよ!!!」


 真剣に怒るエリック。それにフォガレフは頭を掻きながら自分の椅子へと戻る。



 バン!!!


 立ち上がったエリックがテーブルを叩いて言う。



「父さん、これはどういうことなんだ!! ちゃんと説明して貰わなきゃ……」




「認める」



「え?」


 フォガレフはグラスに残った酒を飲み干し腕を組んで言う。



「認めると言ったんだ。お前らの結婚を」



「え? ええっ!?」


 驚くエリックとエスティア。フォガレフが笑いながら言う。



「大した娘さんだ。ちゃんと自分を持っており、この様な恫喝にも全く怯まない。お前が初めて女を連れて来て驚いていたのだが、想像を超える相手だな。がははははっ!!」


「父さん……」



 呆然とするエスティア。そんな彼女にフォガレフが言う。



「エスティア、これまでの無礼を謝罪する」


「あ、いえ、そんな……」


「私からのお願いはひとつ」


 フォガレフがエスティアとエリックを見ながら言う。



「エリックの跡を継げる逞しいを頼んだぞ。早く孫の顔が見たい。できれば君のように強い子がいいかな? がはははっ!!!」


 唖然とするふたり。

 そのまま上機嫌のフォガレフと共に食事を終えたエスティアとエリック。くたくたになりながら、馬車に乗り闇夜の中屋敷へと戻った。





「これで正式な妻になったも同然だ。父さんが認めてくれて良かった」


「はい……」


 暗い馬車の中、ふたりが交わした会話はそれだけ。

 でもしっかりと握られた手、そして体を寄せ合うふたりの心はしっかりと結ばれていた。






(すーはー、すーはー、ええっと……、殺気はなしと……)


 緊張と興奮に包まれたエスティア。

 馬車から降り屋敷に入る間、深呼吸しながら刺客の有無を調べる。既に深夜。執事のセバスタンやメイドのアンも帰宅している。

 エスティアの腰に手を回し屋敷に戻ってきたエリックが尋ねる。



「エスティア、もし、もし君さえよければ、今夜から僕の部屋に来ないか?」



(え? ええええええええっ!!!???)


 それは正に寝食を共にするという意味。籍は入れていないが夫婦になったも同然の関係からすれば至って当たり前のこと。しかし心の整理がまだつかないエスティアが口籠る。



「あ、あの、わ、私は……」


 困った顔に見えたエリックが苦笑して言う。



「無理じゃなくてもいいよ。いつかでいいから。じゃあ、おやすみ」


「え? あ、……おやすみなさい」


 軽く頬にキスをして消えて行くエリック。

 エスティアもひとり自室に戻り就寝の準備をする。





(暗い、暗いよ……)


 真っ暗な寝室。音のない静寂が包む空間。

 エスティアは真っ暗な場所にひとりでいると、どうしても幽閉されていた時や逃亡中の恐怖や孤独を思い出してしまう。



(怖い……)


 自然と震え出す体。

 さらに今は婚約者のエリックも狙われているという悪い事ばかり頭を巡る。




「エリック様……」


 エスティアは自然と立ち上がり、寝巻姿のままエリックの部屋へと向かう。




 コンコン……


「私です、エリック様……」


 ドアをノックし、名を告げるエスティア。それと同時に開かれるドア。



「ごめんなさい、私、ひとりじゃ怖くて、不安で……、きゃ!!」


 そんな彼女をエリックはして言う。



「いらっしゃい。僕の可愛いお嫁さん」


 そう言って抱き上げたエスティアにエリックがキスをした。

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