暗殺者だけど人が殺せないエスティアの幸せ結婚ハッピーライフ!!
サイトウ純蒼
1.ふたりの出会い。
(もう、ダメ……、ここまでかな……)
まだ霧が立ち込める早朝の森。静かな森の中でその少女は倒れた。
(よく頑張ったよ、私。だからもういいよね……)
美しい金色の髪は泥で汚れ、着ている黒の衣装もところどころ破れ血が滲んでいる。大きな怪我はないが非常に憔悴しており、もはや動くことすらままならない。
「後悔はないよ、私が決めたんだから……」
そう小さく言いながらも目からこぼれる涙。少女の意識が少しずつ遠くなる。
「大丈夫かい?」
(え?)
男性の声。頭上から掛けられた声。少女は顔を上げてその声の主を見つめる。
(誰……?)
少女の顔が一瞬強張る。真っ白な馬に乗った銀髪の男。追手だと思った彼女はその優しい顔を見て安堵し、全身の力が抜ける。男が言う。
「怪我をしているじゃないか!? すぐに手当てをしなきゃ!! さ、乗って」
馬上から少女に手を差し出す男。これまでなら、これまでの彼女ならそんな見知らぬ男の手を取ることなど絶対にあり得なかった。
「はい……」
少女は上半身を起こし、無意識に彼に向かって手を伸ばした。馬上から身を屈めて伸ばす男の手が少女の冷え切った手を優しく包む。
(温かい手……)
氷のような少女の心が少しだけ溶ける。
「さあ、乗って……、うわっ、わわっ!?」
少女の手を握り引っ張り出した男の手が、逆方向に流れる。
「え? ええっ!? ちょ、ちょっとぉ!!!」
馬上にいた男はバランスを崩し、少女の手を握ったまま馬から落ちる。
ドン!!
「痛ってぇ……」
少女の上に覆いかぶさるように落ちた男。憔悴していた少女は突然落ちてきた男の下敷きになり再び意識が遠くなる。男が自分の下でぐったりしている少女に気付き慌てて声を掛ける。
「あ、ああ!? 大丈夫か!! おい!! 大丈夫か!!??」
これがエスティアとエリックの出会い。
そしてここに元暗殺者エスティアの幸せな結婚生活が幕を開ける。
『やめて、やめて、もう来ないで!!!』
エスティアは必死に逃げていた。追いかけてくるのは手練れの
『いたぞ!! 討ち取れ!!』
『消せ、裏切り者は消せっ!!!』
(嫌だ、嫌だ、私は誰も殺せない……、助けて、誰か、助けて……)
(助けて……)
そこで目が覚めた。
夢だと分かっても未だ心臓はドクドクと大きく鼓動し、全身に汗が噴き出している。
「あ、目が覚めたみたい!! 良かった!! ちょっと待っててね」
「あ……」
エスティアの目覚めに気付いた女の子が嬉しそうにそう言って部屋を出て行く。メイド服を着たピンクのツインテールの美少女。メイドだろうか。
エスティアは周りを見回す。暖かくフカフカなベッド。調度品が置かれた部屋は品がありとても落ち着いた雰囲気。服も真っ白で清潔なものを着せられており、体の傷も手当されている。
(ここはどこだろう……)
未だ回らぬ頭でエスティアが思い出そうとするが、森の中で男性に会ってからの記憶がない。エスティアの頭にその男性の姿が浮かぶ。
「あ、そう言えばあの方……」
「大丈夫か!!!」
エスティアが記憶の糸をゆっくり引き寄せていると、その思い出そうとしていた男性が勢いよく入って来た。
(あ、この人だ……)
エスティアはその男性を見つめる。
背が高く、サラサラの銀色の髪が爽やかな男性。端正な顔つきは美しいと言えるほどのもので、それでいて人懐っこい表情も備えた癒し系のイケメンである。
イケメンがベッドの傍まで来て腰を下ろして言う。
「怪我はもう大丈夫なのか?」
「あ、はい……」
予想よりも距離が近い。攻撃されたら避けきれず大怪我をする距離。習慣で一瞬身構えるエスティアだったが、すぐにその優しい笑顔に体の力が抜けて行く。
イケメンがエスティアの手を握り頭を下げて言う。
「申し訳なかった。こんな目に遭わせてしまって、心から謝罪する……」
何のことだろう、目の前で謝るイケメンを見ながらエスティアがぼうっと考える。エスティアが尋ねる。
「あの、何のことでしょうか……」
イケメンが顔を上げ、少し恥ずかしそうな顔をして答える。
「いや、その、君を助けるつもりが僕がその……、馬から落ちて……」
(あ!)
エスティアがはっきりとその場面を思い出す。
意識朦朧としていた自分。突然現れた目の前の彼が馬上から手を差し出し、そのまま落馬。そこから記憶がない。エスティアが尋ねる。
「あの、ここはあなたの家なんですか?」
「え、はい……」
イケメンが頷いて答える。エスティアはベッドの上に両手を置き深く頭を下げて言う。
「助けて頂いたようで大変感謝致します。どうか馬のことなどお気にならなないでください」
「いや、しかし……」
戸惑うイケメンにエスティアが笑顔で返す。
「本当に大丈夫ですから」
(!!)
実際本当にそれは大したことではなかった。彼女が幼い頃から受けて来た暗殺者の厳しい訓練。それに比べれば話にならないほどの些細なこと。
イケメンが少し落ち着いたような顔になってベッドの隣にある椅子に座り直し、エスティアに尋ねる。
「そうか、そう言って貰えると本当に助かる。いや、本当に恥ずかしい。ところで、そろそろ君の名前を聞いてもいいかな」
そう言ってはにかむイケメンを見る度に心臓がドクンと鼓動するエスティア。少しだけ頬を赤くしながら答える。
「エスティアと申します」
「エスティア、よい名前だ。僕はエリック。エリック・ラズレーズンだ」
「エリック様……」
エスティアがその名前を小さく口にする。そして尋ねる。
「エリック様、ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか」
「何だい?」
「ここは一体どこでしょうか……?」
意外な質問にエリックが少し驚く。しかしすぐに笑顔になって答える。
「ここはラファルト王国のラズレーズン領だよ」
「ラファルト王国……」
それはエスティアが暮らしていた隣国の名前。追手から逃れるために走り続け、知らぬ間に隣国まで来ていたらしい。真剣な顔で黙り込むエスティアにエリックが尋ね返す。
「僕も聞いてもいいかな?」
「あ、はい。どうぞ……」
優しい笑顔。一緒に居るだけで癒される。エリックが言う。
「君はどうしてあんな場所に倒れていたのかな? 傷だらけで」
エスティアの顔色が一瞬変わる。
ただ冷静に考えれば聞かれて当然の質問。森で傷だらけで倒れている女の子がいれば聞きたくもなるだろう。エスティアがエリックの顔を見つめる。
(嘘はつきたくない。でもすべて話したら彼を危険に巻き込んでしまう……)
自分を助けてくれた優しい人。騙すようなことはしたくないが自分のせいで危険に巻き込みたくはない。エスティアが答える。
「家が厳しい家庭で、大変なことが色々あって、辛くなって逃げ出して……」
そう話しながらエスティアの体がブルっと震える。思い出したくない家の話。それを見たエリックが優しくエスティアの手を握り言う。
「分かった。ごめんね、辛いことを聞いちゃったようで……」
「あ、いえ、大丈夫です……、ん??」
手を握られ戸惑うエスティアの目に、エリックが着ているシャツのボタンが一段ずれているのが映る。
(え? ボタンがずれて……)
気になったエスティアがそれを告げようとした時、部屋に元気な声が響いた。
「エリック様!! お待たせしました!!」
同時に漂う香ばしい香り。見ると先ほど部屋にいたピンクのツインテールのメイドが台車に食事の用意をしてやって来ている。エリックが尋ねる。
「エスティア、お腹は空いていないか?」
エスティアが首を振って答える。
「い、いえ、そんなこと……」
ぐう~
(あっ)
美味しそうな香りにつられ正直に反応するお腹。エリックは苦笑しながら食事をメイドから受け取ると、スープの皿を持ちスプーンですくってエスティアの口へ近付ける。
「はい、あーんして」
「え!? い、いえ、ちょっとそんなこと!? じ、自分で食べられます!!」
エリックが笑顔で答える。
「女性が怪我をしている時は男が食べさせるのが礼儀。遠慮しないで、さあ」
冗談ではなく本気で言っている。大した怪我ではないのだがエスティアは不思議と彼の言葉に従う。
「あーん……」
ぱくっ、ごくん……
「美味しい……」
心からそう思った。
きちんとした食事など一体どれだけの年月食べていないだろう。野菜の風味と程よい塩加減の効いた優しい味。エスティアの目に涙が溢れる。
「そんなに美味しいのかな? お気に召してくれて嬉しいよ」
「美味しいです、はい……」
エスティアはエリックに食べさせて貰いながら止まらぬ涙を手で拭う。
「ありがとうございます。本当にありがとうございます……」
涙声で言うエスティア。エリックはスープの皿を持ち小さく頷きながら優しく言う。
「いいんだ、そんなこと。それよりひとつお願いがあるんだけど良いかな?」
涙を拭いながらエスティアが答える。
「はい、私でできることなら」
エリックが笑顔で言う。
「君にしかできないことだ。エスティア……」
「はい……?」
真面目な顔のエリックをエスティアが見つめる。
「僕と結婚して欲しい」
(え?)
エスティアの幸せ結婚ハッピーライフが始まる。
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