第10話 私の幸せな結婚生活はこれからよ……あれ?何か違う??
その日、王都は震撼した。
民は驚き震え、そして怯えて家の中に籠る。
知らせを受けた近衛兵、衛兵たちが緊急招集されるが、兵たちの顔は青ざめている。
『龍の襲撃』
その知らせを受けた時、国王をはじめ、国の主だった者達はすぐさま対策に動き出す。
しかし、その龍は、近隣の村の家畜を奪うだけですぐに姿を消した。
被害を受けた村人たちには気の毒ではあったが、家屋にも人にも被害が一切なかったため、不思議に思いながらも、ほっと一安心していたのだった。
だけど、安心するのは早かったらしい。
再び現れた龍は王都を目指しているという。
龍に対して人間は成す術もない。その覆われた鱗に、人間の持つ武器は一切傷つけることが叶わず、龍の身に纏う魔力障壁は、人間の大魔導士と呼ばれるものが放つ最上級魔法でも、軽くはじき返す。
竜種や下位の龍であれば、ドラゴンバスターなど、特殊な武具の力を借りて倒すことも出来るかもしれないが、一定レベルを超える上位の龍種に対しては、それこそ、勇者とか聖女が死力を尽くしてようやく傷をつけることが出来るかどうかという存在なのだ。
そんな上位の龍種が現れたらどうするか?
そんなのは決まっている。刺激せずに縮こまって、何処かへ去ってくれるのをひたすら祈り待つだけだ。人類にはそれ以外に出来ることは無いのだ。
だから、上位も上位、神話級の古の暗黒龍が王宮の上空まで来た時には、皆絶望した。
あぁ、この国は今日で終わるのだ、と。
そして、暗黒龍が王宮の庭に降り立つのを見た国王は、国王の最後の務めを果たすべく、暗黒龍と対峙する。
何の意味もなさないだろうが、最初に犠牲になるのは国王の役目、もし、それで暗黒龍が満足して立ち去ってくれれば儲けものだと、わずかな期待を胸にして……。
「あー、おじ様、お出迎えですかぁ?」
そんな悲壮な覚悟をしていたのに、空から降ってくる、暢気な声。
「……アリーシア。説明してくれるのじゃろうな?」
「あ、アハハ……。いつものサロンでね?」
アリーシアたちが龍の背中から降りると、忽然と龍の姿が掻き消える。
騒めく兵士たちを、宥めるのを他の大臣たちに任せ、国王はアリーシアを連行するように、王宮の奥にあるプライベートサロンへと連れて行く。
そもそも、国王自ら案内することは無いし、その必要もないのだが、その事に誰も触れないのは、目の前で起きていることがあまりにも現実味がないせいだっただろう。
史上最大の災厄たる暗黒龍が王宮に降り立つ。
そこから現れる、救国の聖女と大魔導士。
訳が分からな過ぎて、皆呆然とするしかなかった。
因みに、一緒にトーラス子爵もいた事に気付く者はいなかった。
◇
「して、一体何がどうなっておるのじゃ?」
お茶を飲んで一息つき、落ち着いたところで国王が訊ねてくる。
「そちらの綺麗な方が本当に暗黒龍さんなのですか?」
ソフィア王女が、おずおずと訊ねてくる。
私が削フィーに同席するように言ったのだ、これから話すことはソフィーにも関係なくないからね。
「ウム、我が暗黒龍ナーガじゃ。なんならこの場で戻ってもよいのじゃぞ?」
「王宮が壊れるからやめてくださいね。」
私がそう言うと「分かっておる」とナーガは言う。
その顔が楽しそうに笑っている所から、初めから冗談だったのだろう。
そのままでは話が進まないので、私が進行役として話をすすめることにした。
「えっと、まず、勇者とソフィア王女の婚約については白紙に戻してください。」
私がそう言うと、ソフィア王女は嬉しそうな笑みを浮かべ、国王は心配そうに「いいのか?」と聞いてくる。
「構いません、なんでしたら勇者の称号を剥奪しても構わないことを、私『
私の言葉に国王は困惑しながらも問いかけてくる。
「聖女の言葉であれば、是非もないが……何か説得できるような物証はあるのか?」
腐っても魔王の脅威を払った救国の英雄である。いくら聖女の言葉とはいえ、民の心情などを慮ると、一方的な処分は出来ないというのが国王の言だ。
「証拠ならこれを。」
ヘレンが、一つの魔水晶を国王に渡す。
その場で起きた事を記録して再生することが出来る魔道具だ。
かなり効果で、希少な魔道具なのだが、結構便利なので、私の錬金術でコストダウンと大量生産できないか研究中だったりする。
国王とソフィア王女、および近くにいた側近たちが再生された映像を見る。
やがて、国王が重々しく宣言する。
「勇者アルダスと、王女ソフィアの婚約は無効と明日全国民に知らせよう。同時にアルダスの勇者としての身分を剥奪する。しかしながら、世界を救ったという功績も又事実。よって、他の罪には問わないことにする。」
国王の宣言を受けて、側近たちはあわただしく去っていく。
明日の準備で寝る間もなく働かなければならなくなったことには少しだけ同情する。
「アリーシア。よくやってくれた。」
「お姉さま、ありがとうございます。」
人がいなくなると、国王とソフィア王女が、いつものような気さくな笑顔を向けてくれる。
その笑顔……特にソフィーの笑顔を見て、私はやり切ったという充足感に包まれるのだった。
◇
それからの1週間はすごく大変だった。
いきなりの勇者の醜聞に、国民の反応は様々。よく言う人も悪く言う人もいたが、共通しているのは「困惑」だった。
勇者に対して、みんなの心証が落ち着くまでにはいましばらくかかるだろう。
それよりも大変だったのは、勇者の身分剥奪の理由として臣民に流した魔水晶の映像。国王も臣民も例の一連の事件を一部始終目にした。
そう、一部始終だ。
勇者が奇襲してきたところから始まり、一方的で独善的な台詞、私を助けるために戦うトーラス子爵との戦い、そして、破れかぶれになって、寝ていた暗黒龍を叩き起こす悪行……。
ここまではいい。というかここまでで充分でしょ?
なのに、その後の私と暗黒龍の戦いからやり取りまで全部流すからぁっ!
うぅ…恥ずかしくてお嫁にいけない……って言うか既にお嫁に行ってますが何か?
マックスは道行く先々で「愛されてるねぇ」とからかわれているようだが、それ以上に、皆が私を見る、あの生暖かい視線に耐えられない。
だから、私はやるべきことを手早く済ませて、逃げるように一足先にトーラス領に戻ってきた。
因みにナーガは、「迷惑をかけた」と、ヤギや羊の代金として山ほどの金貨を国王に渡すと、早々にデスマウンテンへ帰って行った。
「はぁ、落ち着くぅ……。」
お客さんのいないアトリエのカウンターに、上体を突っ伏しながらそう呟く。
お客さんがいないことが、当面の問題だったはずなのに、誰も居ないことがこんなに落ち着くなんて。
領地に戻ってきて感じたことが一つ。
側近や部下たちの目の輝きが違うのだ。
このトーラス領で働けて幸せですっ、と、面と向かって言ってくるものまでいた。
どうやら、愛すべき領主の奥方に収まった私が、聖女だったって事は知られてなかったらしい。
今回の件でそのことが大々的に知れ渡り、私の評判はうなぎのぼりなんだそうだ。
「認めてもらえたのはいいけど、アトリエに影響、出るよねぇ。」
今まで気さくに接してくれたおばちゃんやオジサンたち。
今回の事で、さすがにバレたよねぇ。
私が領主の妻で、しかも聖女だって知ったら、今までのように接してはくれないだろうなぁ。
それがとても悲しく思う。
「はぁ、これでソフィーとマックスが結婚出来ればよかったんだけどねぇ。」
そうすれば、私がいつの間にか姿を消したとしても、誰も何とも思わなかったに違いない。
だけど現実は、ソフィーとマックスの結婚は認められていない。
理由は至極簡単。マックスに何の功績もないからだ。
当初予定していた計画も、勇者が勝手に退場してくれたので、必要なくなった。
さらに言えば、エリクサーも持ち帰っていない……マックスに使っちゃったからね。
また作れば……と言っても竜牙草と聖女の雫以外の素材がない。それなりに希少素材なので、全部集めるには時間がかかるだろう。
結局、今はソフィーの婚約者候補どまりで、マックスは功績を上げるために日々訓練に精を出している、という訳だ。
カランカラーン……。
私がどうでもいい事に気を馳せてると、来客を示すベルが鳴る。
「おやおや、いい若いもんが何グテーってしてるんだね。」
「あ、おばちゃん……。」
来客は、常連のおばちゃんだった。
「そろそろ軟膏が切れそうでねぇ、早く帰って来てくれて助かったよ。」
「あ、あの、おばちゃん……いいの?」
「何だい?今更、聖女様に依頼しちゃダメって言うんじゃないだろうね?」
「あ、アハッ、アハハ……。」
「みんなねぇ、アンタの帰りを待っていたんだよ。」
扉の向こうには、いつの間にかれるが出来ている。
このアトリエを利用してくれているいつもの常連さんたちだ。
「あ、アハッ。すぐ開店しますねぇっ!」
私の声が周りに響き渡る。
ウン、私はここで生きていく。私の錬金術で、皆の笑顔を護るんだ。……お母さん、見ていてね。
私は決意を新たに扉を開けて叫ぶ。
「『
聖女は勇者を振って錬金術師を目指します。 @Alphared
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