第4話 アリスのアトリエ?錬金術ならアトリエです。

「暇だ……。」


「もう一杯飲むかい?」


「ウン、いただくわ。」


私がそう言うと、空になったグラスが下げられ、新しいグラスが目の前に置かれる。


私はそのグラスに口をつける。


……ウン、美味しいわぁ。


「……じゃなくて、暇なのっ!なにか依頼ないのっ!?」


「依頼ならさっき紹介しただろ?」


「ハイハイ、劣化ポーション5本ね、毎度ありぃ。って、あんなの手持ちのモノ渡して終わりよっ。それに依頼料もここのミルク代で消えちゃったわよ。」


朝一でこのマスターから受けた依頼は、すでに納品し終わっている。その報酬は銅貨30枚。劣化ポーションとはいえ、私の創るポーションは効果が高い為、色を付けてくれたというのだけど、ここのミルクが一杯銅貨10枚。ちょっとお高いけど、かなり美味しいし、情報料も込みだから仕方がない。

そのミルクも、今ので3杯目。これで依頼料と相殺されたことになる。


ここのマスターは、錬金術ギルドの関係者らしく、錬金術関連の依頼の取りまとめをしている、という事を、私は冒険者ギルドの受付嬢、ネネさんから聞いた。


ここの依頼を受けるにあたって必要な事は2つ。


必ず依頼を達成させることと、マスターの事を探らない事。


この二つさえ守れば、初心者で駆け出しの錬金術見習いにも仕事をくれるという。


だから、毎日のようにこの店に入り浸ってるんだけど……。


「そんなこと言われてもなぁ。一般の依頼なんてそんなものだろ?平民がそうそう金を持ってるわけじゃないしなぁ。何なら冒険者ギルドに行ってみたらどうだ?」


「あそこはダメよ。」


錬金術のお店を始めてすでに10日が経つ。


私も当初、宣伝も兼ねて冒険者ギルドに顔を出したのだ。勇者パーティ時代のつてもあるからね。


だけど、私が聖女だという事が災いした。


まず、聖女たる私が作ったポーションは、聖女固有の効果もあって、通常のポーションより、3~4割ほど高い効果を発する。高価なハイポーションに至っては、部位欠損以外は即座に完治するといわれているメガポーションに匹敵するだけの回復量を持っている。


つまり、今までノーマルポーションを買っていた冒険者たちは、やや効果が低いものの、私が制作した圧倒的に安い劣化ポーションを、ハイポーションを買っていた冒険者はノーマルポーションを買い求めることになる。


通常劣化ポーションで銅貨10枚程度、ノーマルポーションが銅貨50枚、ハイポーションで銀貨2枚、メガポーションが金貨1枚というのが大体の相場なのだから、上のランクのポーションに比べれば効果が低いものの、通常よりは効果が高い下のランクのポーションを買い求めるのは当たり前の事だ。


効果が高く、安く手に入るのならばいいじゃないか?と思うのだけど、世の中そう簡単な話ではなく、従来の錬金術ギルドとの軋轢が生まれるから勘弁してほしいと、泣いて頼まれたので、冒険者ギルドに卸すことを諦めたのだ。


「そもそも、領地の財政難を、たかがぽっと出のアトリエで賄おうってのが無理があるんじゃないか?」

私の正体を知っているマスターがそう呟く。

私は庶民が気軽に利用できるお店にしたいという事で、聖女であることも、領主の妻であることも隠してアトリエを開いているのだ。


「仕方がないじゃないのよ。領主の妻が経営してるなんて言ったらお客さん一人も来なくなるわよ……なんだったら金をたくさん作って他領の相場を崩してもいいのよっ!」

私がそう言い返すと、マスターは「やめとけ」と苦笑する。


やろうと思えばできるのだけど、実際やっちゃったら、おじ様やソフィーが困るのが目に見えてるからね。

そもそも、錬金術で金を作る場合、素材にかかるコストが、出来上がった金の価値以上かかるという、何をやっているか分からない代物だから、本当にやっちゃうと、相場を崩す前に、財政難でウチの領地が潰れちゃうんだけどね。


現在、私のアトリエは3つのルートからの依頼を受け付けているの。

一つが領主からのルート。

まぁ、簡単に言えば領地経営に必要な物を作成したり、国や他領からの揉め事を解決したりってやつ。

あんまり錬金術とは関係ない問題ばかり振ってくるのが難点なんだけどね。

それでも、全体的なコストダウンには寄与してるから、少しずつ財政が立ち直って言ってるのは分かるのよ。


次に、街の人からの依頼。

簡単に言えば、「困っていることがあればこのアリスちゃんにお任せ。錬金術で、ぱぱーッと解決しちゃうゾ♪」……ってことなんだけど、あまり依頼来ないのよねぇ。

最近あった依頼は、近所の迷子子猫探し……錬金術関係ないよね?



「はぁ、仕方ねえなぁ。なぁ、ポーション以外の依頼があることはあるんだがなぁ?」


最後がここ、謎のマスターからの謎の依頼。

謎だらけなんだけど、一番錬金術してる依頼だったりするのよ。


「うぅ……ポーション以外は自信が……。」


そう、駆け出し錬金術師である私は、薬剤以外に関してはあまり成功率は高くない。

……だから他から依頼が来ないのだ、という声は聞こえないよ。

私だってね、努力はしてるのよ。依頼で得た報酬を、新しいアイテムを製作する素材代につぎ込み、それを失敗して無駄に消費しているという悪循環に陥っているのが現状なのだ。

勿論、持ち出し金は、私が聖女時代に稼いだお金よ?正直、今のトーラス領の年間予算分ぐらいの貯蓄はあるけど、それを領地の予算に組み込むって言うのはなんか違うと思うの。

だから地道に稼いで領地経営に貢献しようとしてるのにぃ。


という事で、一応依頼の内容を見てみる。


『キュアポーションの作成:10本納品で銅貨70枚』

「精力剤:前金銅貨10枚、効果確認後残金支払い。銅貨30枚~』

『薬草の採集:銅貨5枚』

『毒草他、状態異常を引き起こす薬草類の採集:銅貨10枚、1種に付き2枚増量』

『グラスメイア鉱石の採掘’10グラムあたり銅貨3枚』

『火炎草と火車草の採集:銀貨1枚』

『ドラゴン素材:金貨100枚から、応相談』


……えっとなにこれ?


「……マスター、ここの依頼って本物?」


「あぁ、本物だ。依頼主の事は明かせないが、ちゃんとしたところからの依頼だからトラブルの心配はないぞ。」


「えっと、それは心配してないんだけど……コレって殆ど冒険者ギルドの案件じゃないの?」


見せてもらった依頼一覧には、錬金術関連の依頼は1割程度しか記されてなく、他は殆どが採集依頼で、本来であれば冒険者ギルドが取り扱う案件だった。


「冒険者ギルドではなぁ、採集依頼の人気が少ないんだよ。」


マスターがため息をつきながらそういう。


私も一応冒険者をやっていたので、その事情はよくわかる。


採集依頼は割に合わないのだ。


例えば一番簡単な薬草採集。

これは、相場で言えば一籠で銅貨5枚程度の依頼だ。

しかし、薬草を一籠採集しようとすればそれなりに時間がかかる上、似たような雑草も多い為、目利きも必要になってくる。


丸一日かけて苦労して採集した結果が銅貨5枚。慣れてくれば半日もかからず一籠採集できるが、それでも銅貨5枚なのだ。


そして、草原によく出没するラビットホーン。


採集作業中に、こいつに襲われることは多々あるので、最低限コイツを倒すだけの戦闘力は必要、もしくは、誰か護衛を雇う必要があるのも不人気に輪をかけている。


問題なのは、このラビットホーンの肉は美味なので、常時依頼として買い取り依頼が出ているという事。

その買取額が1頭当たり銅貨5枚。


つまり、苦労して集めた薬草と、襲ってきて返り討ちにしたウサギが同額なのである。


だったら採集などせずにウサギだけを狩ればいいんじゃね?


初心冒険者がそのことに気付くのは、そう遅い事ではなく、結果として、薬草採集する者は減り、ウサギ狩りをするものが増えていくのだ。


「だからと言って、素材がないのも困るしな。そう言うのが俺の所に回ってくるんだよ。これらを使って錬金するんだから、錬金関連の依頼と言っても過言じゃないだろ?」


「はぁ、じゃぁ、これとこれとこれとこれと、あと、ついでにこれも受注するわ。」


「オイオイ、そんなに同時に大丈夫か?失敗されたら困るんだがなぁ。」


「大丈夫よ。伊達に冒険者歴が長いわけじゃないからね。」


ここのマスターは知っているかどうかわからないが、私が受けた依頼は、一番高くてDランク相当の物。私の冒険者ランクはSランクなので失敗する要素が見当たらない。

しかも、一見すると雑多に数だけがある様に見え、普通に考えれば期限に間に合わないようにも思えるが、その採集場所や特徴を知っている者ならば、効率よく採集作業が出来るようになっていた。依頼したのは、多分同一人物だろうと思われる。


私は依頼を受注した後、その脚で王宮に向かった。


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