第5話 夢は叶える為にある……はず。
「ソフィー、いる?」
「あ、お姉さま、いらっしゃいませ。」
王宮の奥まった場所にあるサロンに顔を出すと、私の姿を見つけたソフィア王女が、トテトテと駆け寄ってくる。
王宮に顔を出したのは、国王様に2~3日街を出ることを報告するためだ。
聖女という看板を背負ってしまった以上、その所在を明らかにしておくのは一種の義務になっている……ハッキリ言ってめんどくさいんだけどね。
そのついでにソフィーに癒されようと顔を出したんだけど……。
「あなたもいたのね。」
私はお茶を飲みながら手をあげている男性に声をかける。
「いたらいけないのかい?」
揶揄うように言ってくる男性……マクシミリアン・トーラス子爵。私の旦那様だ。
「新婚なのに、奥さんが構ってくれないもんでね。」
トーラス領の領都、トールの街と王都は通常なら馬車で20日以上かかるぐらい離れている。
しかし、トーラス領を始めとする、王家に古くから使える貴族家には、古の魔道具である転移陣が与えられている。
これを使えば、王都との移動は一瞬であり、これがあるからマックスも気軽に領地を空けて、こうして愛人?の元に入り浸ることが出来るのだ。
勿論、この転移陣の存在は領主しか知らされていないのだが、救国の英雄たる聖女に隠し事など出来ないのだよ。
因みに、この転移陣は王家に忠誠を尽くしてくれている証として貸与するという、一見ご褒美に見えるものだけど、裏を返せば「何かあればすぐに飛んで来い、わかってるよな?」というものであり、また王家の一大事の時はこれを使って他領に逃げるためのものだったりする。
「こういうのも浮気って言うべきなのかしら?」
私も笑いながら空いている席に腰掛けると、近くに控えていたメイドさんが、さっとお茶を入れてくれる。
マックスは、あれから、足蹴くソフィア王女の元に通っていた。
と言うか、傍から見れば、新婚の奥さんに領地を任せて、王宮に入り浸っているダメ領主のようにも見える。
王女と懇意にしているという既成事実を他に知らしめるための話題作りであり、そうするように勧めたのも私なんだけど、ソフィア王女に会えって、ウキウキしている旦那を見ると、なんとなく嫉妬心みたいなものが湧いてくる。しかし、王女を娶ることを推奨している身としては凄く複雑な気分である。
「でもぉ、何でお姉さまが錬金術師なんですか?折角聖女様って肩書があるのに。」
暫く三人で歓談していると、ふいにソフィアがそう聞いてくる。
「うーん、私の夢だったのよ。お母さんと一緒の旅の錬金術師になるのがね。」
そう、夢だった。
本来であれば、もっと前にこの国を出て、旅をしながら錬金術師になる為に腕を磨いているはずだった。
それが出来なくなったのは、あの神託の所為。
神託を受けてしまった私は、神託の巫女として聖女認定されてしまい、自由を奪われてしまった。
だから、魔王を討伐した暁には、その功を盾に自由を取り戻し、この国を出ていくはずだった。
しかしその機会もあのバカの所為で奪われ……。
「お姉さまは、この国を出ていかれるのですか?」
心配そうに見上げてくるソフィア王女。
「ううん、出て行かないわよ。今の私はトーラス子爵夫人だからね。」
そう言って隣のマックスに微笑みかける。
今はまだ彼の唯一の奥さんだけど、ソフィーが奥さんになれば……。
私は頭に浮かんだ考えを振りほどく。今はそんな事を考えている場合じゃない、そう、今は……。
「でも、本当に大丈夫なんでしょうか?」
ソフィアが心配そうに呟く。
「何が?」
「マクシミリアン様の事です……本当に三か月……いいえ、あと2ヶ月半しかありませんが、あの勇者様を超えるような功績を遺せるのでしょうか?」
……まぁ、毎日のように、何もせずご機嫌伺いに来てるんだから心配にもなるよね。
「お姉さまは、本当に賢者の石をおつくり出来るようになるのでしょうか?」
「大丈夫よ。……実は考えがあるの。マックスが毎日ここに来てるのも、その為の布石なのよ。」
私は小声で、そっとソフィアに囁く。
「そうなんですか?……何をしてるかお聞きしても?」
「ナイショよ。どこから情報が洩れるか分からないからね。」
「……残念ですが、仕方がないですね。でも、後で絶対に教えてくださいね。」
「ウン、約束するわ。」
私はソフィアと小指を絡めると、彼女はそれで安心した様に、またマックスとのおしゃべりに夢中になっていく。
私は当初、錬金術のお店を立ち上げ、その結果として多大な功績をあげることを計画していた。
賢者の石、エリクサー、時の魔道具、万能金属等々、錬金術を極めたものが作成できるというモノは数多くある。
しかし、その実物は存在するものの、それを作成できる人物やレシピなどは一切世に出ていない。これらの謎の一端でも解き明かせば、それだけで、国に対しての大きな貢献度となる。魔王が居なくなった今だからこそ、この手の功績はバカに出来ない物があるのだ。
これらの功績を持ってソフィーを迎えることを考えていたのだけど、錬金術の入門書を見て、それが到底不可能だという事を知った。
いくつかあるうちの一つは創れるようになるという確信が私の中にはある。だけど、3か月以内に、となると、それは不可能であるといわざるを得ない。
だから慌てて代案を考えた。
3か月後、この国では建国祭が行われる。近隣諸国の代表も招待する大規模なものだ。
だからこそ、国王様も、ソフィア王女の婚約発表をここでやると決めたのだ。
そしてその建国祭に先駆けて行われるプレイベント、大武闘大会。これを利用することにした。
この大会には、特別ゲストとして勇者アルダスが招かれる。優勝者にはこのアルダスから声をかけてもらえるという、大変栄誉なことを賜れるのだ。
……ハッキリ言って、どこが栄誉なんだとツッコミ満載なんだけどね。
で、私が立てた計画では、この武闘大会でマックスが優勝し、勇者に立ち合いを申し込む。
そして勇者を倒して姫を攫う……自分より弱い勇者に王女を娶る資格はないってやつだね。……という筋書きを作ったのだ。
だから、マックスは現在、武闘会で優勝するために、毎日王宮に通って、騎士団長に手ほどきを受けている。
毎日姫の所に顔を出すのは、それをカモフラージュするためもあったのだ。
「でも、本当に僕なんかが勇者に敵うと思うのかい?」
ソフィアが席を外した隙をついて、マックスが声をかけてくる。
「それはあなた次第よ。アルダスの強さの大半は、彼の装備にあるわ。その装備に対抗する策は現在準備中だけど、全ての装備を無効化出来たとしても、彼自身までは弱体化できない。でも、装備の力がなければ彼の実力は十分発揮できないからね。騎士団長並の強さがあれば付け入るスキはかなり多いはずよ。」
「その騎士団長に、毎回ボコボコにされてるんだけど?」
「それでも、ソフィーをお嫁さんにしたいなら頑張るしかないでしょ?幼い頃からの初恋なんでしょ?ここで頑張らなくてどうするのよっ!」
私は気合を入れるように彼の背中を、パンッと大きく叩く。
「初恋か……。そうだな、頑張るよ。」
「頑張れ、私の愛しの旦那様♪」
私は彼の頬にチュッと軽く口づけをする。
「他の女性を手に入れることを奥さんに応援されるのって、なんか複雑。」
「アハッ。らしくていいんじゃない。」
私はそう言って、その場を後にする。明日出かけるから、その準備をしなければいけないのだ。
◇
「まいったなぁ。」
その場に残されたマクシミリアンは、ほっと溜息をつく。
「……お姉さまは鈍感ですからねぇ。」
不意に背後から声が掛けられる。
「ソフィア様。」
「どうですか?本当の初恋の人と結婚できたのに勘違いされてる気分は?」
「ソフィア様は意地悪ですね。」
「それ位いいじゃないですか。私を前にして、私を見ていない殿方に対しては甘い対応だと思いますわよ?」
「そんな。私は本当にあなたを愛しています。」
「でも、一番じゃありませんよね?」
「………。」
本心を言い当てられて、マクシミリアンは黙り込む。
「いいんですよ、それでも。あの勇者に嫁ぐよりは1000倍もマシですし、たとえ二番目以下であっても、一応私を好きと言ってくださいますし、なにより、お姉さまが選んだお方ですもの。」
「ソフィアは、本当にそれでいいのかい?」
「いいんです。元々王女である私に婚姻の自由はありませんから。その相手がお姉さまが選んだ、というだけで、私にとっては十分に恵まれた縁談なのです。」
ソフィア王女は、そう言うと立ち上がってマクシミリアンの目の前に立つ。
「それに……。……あなたは知らないと思いますが、私の初恋相手なのですよ。」
ソフィア王女はそう言って、唇に軽く触れるだけのキスをして、走り去っていく。
一瞬、何が起きたか分からず呆けていたマクシミリアンだが、事態を理解するにしたがって、段々顔が赤くなる。
「マジか……。」
これは、必ず勝たなければならない、と心に深く誓うマクシミリアンだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます