第6話 聖女の雫って……。
それからの1か月はそれなりに順調に過ぎていた。
マスターから依頼を受ける。
その依頼をこなすために2~4日程街を離れる。
帰って来て依頼を終了させ、ついでに集めてきた素材で、色々と創り錬金術の腕を上げていく。
2~3日で素材が底をつくので、また、マスターの元を訪れ、依頼を受ける。
この奇妙なサイクルが出来上がって、気付けば錬金術の腕もそこそこに上がり、お金もそこそこ溜まってきた。
なにより、噂を聞きつけた住民や騎士団からの依頼がそこそこ増え、アトリエには、わずかながらも常連というべきお客が出来ていたのだった。
「マスター、これ依頼の精力剤50本ね。」
私は受けていた商品をマスターに渡す。
「おう、嬢ちゃん、ちょっと待ってな。………ウム、確かに。品質も少し良くなってるな。報酬に色を付けるように言っておこう。」
「いつもありがとうね。で、何か依頼ある?」
「そうだな……今あるのはこんな所だな。」
そう言ってマスターは依頼一覧を見せてくれる。
「なんか偏ってない?」
「気づいたか?武闘会が近いせいか、ポーション類が品薄になりかけていてな。それに加えて、勇者殿がポーションを買い占めているらしくてなぁ。」
「勇者が今更ポーション買い占めてどうするのよ?」
「あ~、その、なんだ……。」
途端に口籠るマスターから、なんとか聞き出したところに拠ると、勇者殿は、女性との行為時にポーションを服用して体力を回復させ、何ラウンドも致してるそうだ。あの
「取り敢えず『聖女の雫』は在庫があるから、今渡しておくね。」
そう言って、インベントリから小瓶を3ダースほど取りだしてマスターに渡し、金貨を受け取る。
こんなもので金貨を貰っていいのだろうか?といつも思うけど、錬金術の素材は高価な物が多いため、貧乏子爵の嫁としてはありがたく頂いておく。
聖女の雫は、それ単体でも弱い聖水と同じ効果があり、微弱ながらも各異常に対しての耐性も持っている。
しかし、聖女の雫の一番の効果は、錬金術の素材とした時に発揮される。
あらゆる属性を結びつける万能中和剤として使えるだけでなく、聖女の雫を使用して調合したものは、雫の品質にもよるが、1〜2段階程、品質をあげるのだ。
それは、素材のランクを落としても同じ質のものが作れるということであり、つまりは大幅なコストダウンに繋がるということに繋がる……雫自体が高いと言うのは、この際関係なし。
それ故に、聖女の雫は教会によって、製法が秘匿され、厳重に管理されているから、入手が難しく、価格も割高になるのよ。
当然、私も管理対象になるはずなんだけどね、救国の英雄であること、作成した雫の半分を協会に無償で提供していること、もちろん製法は秘匿している事等からお目溢しされている。
もっとも、教会の管理がなくても製法を他に教える気はない。というか教えたくない。
だってね、聖女の雫の正体は、清らかなる聖女が禊ぎをした際の残り水なんだよ。
簡単に言えば、聖女たる私が、たらいの中に入って、祈りを捧げながら水を浴びるのね。そして私が出たあと、たらいに残った水を小瓶に詰めれば聖女のしずくの出来上がりってわけ。
簡単に言えば聖女の出し汁って事。こんな事、恥ずかしくて誰にもいえないでしょ?
他の聖女も同意見だから、結果として教会が何もしなくても、製法が漏れる心配はないの。
元手が殆どかからないからボロ儲け。マックスの領地の財政難の解決に一役かったことだけは正直言って助かったんだけどね。
……まぁ、領地収入の3%が聖女の雫の売り上げだなんて、誰に言っても信じてもらえないと思うけど。
「助かるぜ。嬢ちゃんの持ってくる雫は最高品質だからな。あっという間に無くなるんだ。」
「ありがとう。素直に喜んでおくわ。それより………この依頼マジなの?」
そこに書かれていたものは、少し……いやかなり難易度の高いレア素材の採集なのだが、問題なのはその報酬だ。
『時の石の欠片』
今度の大武闘会で、マックスが勇者に勝つための仕掛けに必要な、最重要素材、それが時の石のかけらだった。
「それかぁ?マジモンの依頼だけど、少々厳しいかもなぁ。」
「そうねぇ。……でもコレ受けるわ。」
「おいおい、大丈夫か?」
「大丈夫よ。アテはあるから。」
私は、そう言って店を飛び出した。
依頼の品は『龍牙草』。群生地も謎の超レア素材だ。
ただ幸運にも、私は以前の旅で、龍牙草の群生地を見つけた事がある。
「とはいっても、結構距離があるのよね。」
今から準備して、最短で行って採集して帰ってきて、報酬を受け取ってからすぐに調合に掛かって……。
かなりギリギリのスケジュールだ。
だけど、報酬が『時の石の欠片』であれば、やるしかないでしょ?
私は早速アトリエに戻って準備を始めるのだった。
◇
「おや、アリスちゃん、お出かけかい?」
旅装の私を見て近所のおばちゃんが声をかけてくる。
「えぇ、仕入れで少し遠くまで。」
「自ら仕入れに行くなんて、若いのにえらいねぇ。」
「アハッ、一人でやってるから仕方がないですよ。それより、これ、頼まれてた軟膏1ダース。帰りが遅くなるかもしれないから、少し多めに作っておきました。」
「おや、忙しいのに悪いねぇ。……ハイよ、確かに。じゃぁ、これが代金さね。」
オバちゃんは、銀貨1枚と銅貨5枚を手渡してくれる。
「ありがとう。1ヶ月程留守にするから、よろしくね~。」
「お礼を言うのはこっちさね。気をつけていくんだよ。」
私はおばちゃんに手を降って別れると、ひとまずは王宮を目指すことにした。
◇
「はぁ、ヘレンもガンスもいないとはねぇ。」
私は王都の冒険者ギルドを出ると、そっとため息をついた。
龍牙草が採れる場所は、少し距離があるというだけでなく、少し特殊であり、下手に知られるわけにはいかない場所だったりもする。
なので、護衛に知られても問題ない、と言うか、そもそも場所を知っている、勇者パーティ時代の仲間を頼ったのだが、皆、急な依頼とかで王都を離れていた。
2~3日待てば戻るというのだけど、時間的にあまり余裕がないから伝言だけ残して先に行くことにした。
「お待ちください。」
街を出ようとしたら門兵に止められる。
何でも、ソフィーが呼んでいるとの事だった。
「うー、時間がないのにぃ。」
しかし、王女様の呼び出しを無視するわけにもいかず、私は仕方がなく、今来た道を回れ右して王城へと向かうのだった。
◇
「お姉様っ!」
私がいつもの王宮のサロンに行くと、ソフィーが駆け寄ってくる。
奥のテーブルには国王であるおじさまが座ってらっしゃるところから見て、ただ事じゃないことを感じ取る。
「ソフィー、何がったの?」
私は抱き着くソフィア王女を宥めながらテーブルへ移動する。
「アリーシアよ、少しだけ困ったことになってな……。」
苦虫を噛み潰したようなおじ様の顔を見て、嫌な予感を覚えるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます