第7話 邪魔しないで!……って言って分かるバカ(勇者)じゃないのよね。。

「アリーシアよ、少し厄介なことになった。」


国王であるおじさまが言うには、先程勇者が王宮に現れ、ソフィア王女を無理やり攫って行こうとしたらしい。

普通なら反逆罪で捕まえることが出来るのだが、そこは一応、王女の婚約者となっているから「婚約者をデートに誘って何が悪い?」と言われてしまえば、下手に罪に問う事が出来ない。


「まぁ、そこで近くにいたトーラス卿が割って入ってだなぁ……。」


端からみれば、勇者とマックスが王女を取り合っているように見えたという。

結局、条件を満たした上で、武闘会で優勝すれば、マックスと王女をかけて決闘することになったという。

そして、条件を満たせなかったり、武闘会で優勝出来なければ、ソフィアは大衆の面前で勇者に愛を囁き口吻をし、婚姻を願うといった公開処刑みたいなことをささられるらしい。


因みに勇者が出した条件というのが「エリクサーを持ってくること」だそうだ。

勇者に切り伏せられ、瀕死のトーラス卿を救うには必要だろ?と笑っていたという。


「何なのそれはっ!……そんな条件受けたのっ!」

私は呆れ半分、怒り半分で叫ぶ。

「受けざるをえんじゃろ。元々、魔王討伐の暁には王女を娶ることを許可していたのじゃから。」

「………まぁ、そうね。」

第三者から見れば、決まっている婚約に貧乏子爵がイチャモンをつけているようにしか見えず、今回のことも、勇者が寛大な心で譲歩したように見えることだろう。


「それで、マックスはどこ?」

「それが………。」

口籠るソフィーから居場所を聞き出して、私は裏庭へ移動する。


そこには木の根元に座り込んでいるマックスがいた。足元に転がっている剣と、ボロボロになったデコイを見ると、さっきまでガムシャラに剣を振るっていたのだろうけど……。


「バカね、アロンダイトで切りつけられたんでしょ?」

「あ、あぁ。それから全く力が入らなくてさ……。」


勇者の持つ魔剣アロンダイトは、相手に切りつけたときに、その力を奪う。それは継続ダメージとなって、時間が経てば経つほど相手は弱体化していく。

このアロンダイトの力がなければ、あの強大な魔王を封印することは叶わなかったに違いない。


「あれは呪いのようなものだからね。」

私はマックスを抱きしめ、口づけをする。

私達の身体が光に包まれ、しばらくして辺りに静寂が戻ると、私はゆっくりと唇を離す。

「今のは?」

「癒しの息吹、特別ヴァージョンよ。」

私は唇に指をそっと這わせながらそう答え、いくつかのポーションを手渡し、後で呑むように伝える。


「アロンダイトの力を封じるアイテムもエリクサーも、私が用意するわ。だから、あなたはどんと構えて、勇者を撃ちのめすことだけを考えてなさい。」


私はもう一度、マックスの唇に軽く触れると、そのまま王宮を後にする。


マックスには、冗談めかして誤魔化したが、本来であれば癒しの息吹は軽く息を吹きかけるだけで効果を及ぼすほどの、強力な解呪なのだ。

しかし、マックスの体を蝕む呪いを解呪するためには、体内に多量の聖気を送り込む必要があり、その為の口づけだった。

そして、そこまでしても完治出来ないのが、アロンダイトの強力な呪いだった。

まぁ、後は渡したディスペルポーションを飲んで安静にしていれば大丈夫なんだけど、あのクソ勇者は絶対に許さないんだからね。


私は怒りを胸に、龍牙草のあるデスマウンテンへと急ぐのだった。



デスマウンテン。

王国の北の果てにある険しい山脈。

極寒の地であり、強力な魔物が跋扈する前人未到の奥地に、龍牙草が群生する場所がある。


以前、この近くで邪龍と戦い、何とか退けたものの、パーティ全員が瀕死の重傷を負い、全滅の憂き目にあう事があった。

その中で、比較的動けた私が、命を懸けて神降ろしを行い、女神の癒しを覚えたことによって、九死に一生を得ることが出来たのだが、その際に、この場所と龍牙草の事を女神に教えられた。


しかし、龍牙草の群生場所は古の暗黒龍エンシェントドラゴンが眠る場所でもあり、下手に騒がしくするとそれこそ暗黒龍によって人類が滅びかねないので、この場所の事は口外無用とした。


だからこの場所の事は、あの時のパーティーメンバーしか知らない。


カァンッ!


甲高い音を立てて、飛来してきたナイフが弾かれる。


「いい加減に姿を現したら?」


龍牙草を採集しようとしたところで、突然飛来してきた投擲ナイフ。

私の周りには魔力障壁による防護結界が張ってあるため、チャチな投げナイフぐらいでは傷一つ付けることは出来ないのだけど、襲われたという事実が問題だった。


「フン、やっぱり来たか。」

「あなたこそ、何でここにいるの、……アルダス。」


目の前に現れたのは予想通り、アルダスと、その従者たち。

と言っても従者は二人いるんだけど、仮面で顔を隠しているからよく分からないのよね。まぁ、こんなクズに付き従ってるんだからきっとろくでもない奴に違いないんだけど。


「なぜいるかって?そりゃぁ、君がいるからさ。キミのいるところが、この僕のいる場所だからね。」

「キモッ!」

ダメだ、こいつ王都に戻ってきてから、更にアホに磨きがかかってる。


「エリクサーを差し出せと言えば、君ならきっとここに来ると思ったのさ。ここの草がエリクサーに必要なんだろ?」

バカの癖に、こういう事だけはしっかりと覚えてるのね。


「だけど、ざぁんねぇぇん。エリクサーは届かず、王女は全国民の前で恥をさらすことになるのさぁ。この僕が邪魔するからねぇ。」

アロンダイトを構えながらにやにやと笑う勇者。


「想像してごらんよ、あの可憐な王女が大衆の前で、この僕にキスをねだりながら結婚してと懇願するんだよ?考えただけで滾ってくるよなぁ。何なら、ストリップでもさせてみようかぁ?」


「ゲスね。」


ぎゃははと笑う勇者に対して、私は一言吐き捨てるように言う。


「あなたがどれだけ邪魔しようとも、私はエリクサーを持って帰るわよ。」


しかし、私が龍牙草を採集しようとすると、アロンダイトが振るわれ、それを避けるために大きく飛び退くしかなく、採集する隙を与えてくれない。


「ムダムダムダァッ!守る事しかできないキミに、一体何が出来るっていうのさ。僕はこうして君に攻撃を仕掛けるだけでいい。キミを倒さなくても時間切れで僕の勝ち。でも君はどうだい?」


「クッ。」


悔しいけど、アルダスの言うとおりだった。

アルダスの動きを封じて採集し、期間内に王都迄逃げるのは、かなり難度が高い。それに対しアルダスは、邪魔するだけでいいのだ。ハッキリ言ってすでに詰んでいると言っていい。


「だけど、諦めたらそこで終わりっ。諦めなければ活路が開けるはずっ!」

私はアルダスの剣戟を躱しながら、必死に考える。


……何とか『聖域展開サンクチュアリ』を唱える時間を創りだせればいいんだけど。


最上位の結界魔法であるサンクチュアリを展開すれば、勇者の一撃だって十数回は防ぐことが出来る。その間に採集を済ませてしまえば、後は逃げるだけ。

流石に王都近くまで行けば、あのバカも無茶できないはず。


「問題は、サンクチュアリ発動までに時間がかかる事なのよねぇ。」

私はついぼそりと呟く。

サンクチュアリを起動させてから発動までの間の数秒間、私は完全に無防備になる。

あの勇者がいくらバカでも、その隙を見逃すことはないだろうから、現状では使えないのと同義だ。


「なら、その時間、俺が稼ぐ。」


不意に勇者の従者から声が掛けられる。

……この声って。

今まで微動だにしていなかった勇者の従者の家男の方が仮面を殴り捨てて、勇者へと斬りかかる。


「マックスっ!なんでここにっ??」

仮面の下から現れたのは、私の旦那様、マクシミリアン・トーラス子爵その人の顔だった。

「私もいるわよ?」

そう言ってもう一人の従者が仮面を外す。

「ヘレン!?」

急な依頼とかで遠くに行っている筈のアナタがなぜ?

「ハイハイ、種明かしは後にして、ちゃっちゃとやること済ませなさいな。」

「うぅ~、後でちゃんと説明してよねっ。」

聞きたいことは山ほどあるが、今は目の前の問題を片付ける方が先だ。


「ヘレンがいるなら周り任せてもいいよね。」

私はサンクチュアリの起動をせずに採集作業に取り掛かる。

護ってくれる仲間がいるなら、起動に時間がかかり、大量の魔力を消費するサンクチュアリを起動するより、その間に採集した方が早いし、その後の事も考えれば無駄な魔力を消費することもない。

私は手早く必要数を採集し、マジックバックに収納するのだった。







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