第8話 えぇっ、ここで暗黒龍!?

「マックスっ!」


作業を終えた私は、勇者と切り結ぶマックスに視線を向ける。


そちらでは、激しい剣戟が繰り広げられていた。


「くそっ、クソッ、何で邪魔するんだよっ!僕はただアリーシアと一緒にいたいだけなのにさぁっ!」


「クウッ!悪いがアリスは俺の奥さんだ。お前のようなストーカーには渡せないねっ!」


「誰がストーカーだよっ。大体お前はアリスなんて呼んで気安いんだよっ。アリーシアのこと何も知らないくせにさぁっ。」


「お前こそ、アリスの何を知ってるってんだよっ。」


「アリーシアはなぁ、僕にとっての女神なんだよぉっ!彼女はぁ、彼女だけは僕を見ていてくれたんだぁっ、誰にも渡さないぞっ!」


「アレが女神だって?お前、目が曇ってるだろ?」


キィン、キィンッ!と金属同士のぶつかり合う甲高い音が周りに響き渡る。

そして、漢たちのアリーシアへの想いも……。


「いかかです?お二人の熱いお気持ちは?」


ヘレンが茶化すように言ってくるので、私は正直に答える。


「アルダス、キモい。マックスとは、後でじっくりと『お話』しないとね。」


私はそう言いながら、マックスに祝福とプロテクションをかける。


「なっ、ズルいぞっ!」


祝福の効果で、マックスのスピードや力が上がり、押され気味だった体勢を押し返し始める。


「ズルいって、お前が言うなっ!」


マックスがそう言いながら、勇者に渾身の一撃を入れ、その剣を弾き飛ばす。


「なっ!」


剣を失い体勢不利となったアルダスは、大きく飛び退り間合いを取る。

その素早い動きに、追撃が出来ずにいるマックス。


「ああいう所は『勇者』なのにねぇ。」

ヘレンが残念なものを見るような目でアルダスを見ながら呟く。

性格に難があっても、アルダスは勇者であり、その戦闘センスと戦闘力は、そこらの戦士風情では足元にも及ばないのだ。

ここ最近、才能を開花させて、めきめきと腕を上げているマックスでも、聖女の祝福の重ね掛けと、プロテクション等の防御魔法の重ね掛けをして、やっと互角と言ったところだ。


「もう、怒ったからなっ!こんな国滅べばいいっ!」


アルダスは、アロンダイトを取り出すと、呪詛を吐いてその力を開放する。


「いけないっ!エリアプロテクションっ!」


サンクチュアリを張る余裕はなかったので、起動の早いエリアプロテクションに魔力を上乗せして、自分とヘレン、そしてマックスを護る。


「精々、足掻くがいいさっ!」


アルダスは捨て台詞を残すと、アロンダイトを振り上げ光とともに消える。


アロンダイトの特殊能力の空間転移だ。

転移魔法程、使い勝手は良くないが、魔力を消費せずに遠くまで跳べるなど、転移魔法より優れた点もある。

アリーシア達も、何度か、あの能力に助けられたこともあるのだ。


「くっ、逃がしたか!」


マックスが悔しそうに顔を歪めるが、それも一瞬のこと、笑顔でアリーシアの元に駆け寄ろうとする。


「マックスふせてっ!……っくっ、エクステンションバリアーっ!」


言われたとおりにその場に倒れ込むマックスの背後に、魔力抵抗を上乗せした防御壁を張る。

その直後に、ごぉぉぉッという大きな音とともに、灼熱のプラズマが走る。


パキーンっ!


防御壁が敢え無く破壊され、マックスと共にその近辺の大地を削って弾き飛ばす。


「ヘレン、マックスをっ!」


私はヘレンにマックスの救助を任せて前に出る。


を相手にするには戦力がなさすぎる。サンクチュアリを張ってもあのブレスの前には数秒持てばいいところだろう。


それでもっ!と私は身を張って皆を護り、目の前のと対峙する。


そう、目の前に現れた、古の暗黒龍・ナーガと……。



『我の眠りを妨げたのはお主らか?』


「違うわ。」


『問答無用』


暗黒龍は、その大きな尾で辺り一面を薙ぎ払う。


「話ぐらい聞きなさいよっ!」


私は礫を躱しながら叫ぶ。


『あぁ、いいとも、存分に語り合おうではないか、……拳でな。』


「このバトルジャンキーがっ!」


私は、暗黒龍が繰り出す攻撃を躱しながら、何か突破口はないかと辺りを見回す。


『何をよそ見している?』


「くっ!」


「アリスっ!」


暗黒龍の腕が振り下ろされる。反応が一瞬遅れた私はその攻撃を受けるのを覚悟する。横からマックスが飛び出して来て私を突き飛ばす。代わりに彼の身体が宙に舞う。

全てが瞬きをする間の一瞬の出来事だった。


「マァックスゥゥゥゥッ!」


大声で彼の元に駆け寄り、その身体を抱き起す。

大丈夫、まだ心臓は動いている。


「彼の者に大いなる女神の癒しを……メガヒール!」


私は癒しを掛けた彼の体を横たえると、暗黒龍に身体を向ける。


以外にも、暗黒龍は、私が嫌死をかけるのを待っていてくれたようだが、そんなの関係ない。


「このクソ駄龍!もう怒ったからね、絶対泣かすっ!」


「アリス、口が悪いわよ。」


ヘレンがそう茶化してくるが無視だ。


『ほほぅ、脆弱な人間風情が大きく出たな。しかし、その意気やよし!』


暗黒龍がひときわ高く吠え、ブレスを吐く体勢に入る。


「ふざけんじゃ、ないわよっ!」


私は、マジックバックの中から一振りの剣を取り出し構え、暗黒龍に向かっていく。


ごぉぉぉっぉぉっ!


暗黒龍のブレスが図れるが、私は剣に力を籠め、ブレスを一薙ぎに打ち払う。


『な、なんだ、その剣はっ!我がブレスを打ち消すなど……ありえんっ!』


「これは、女神イシスより賜りし『慈愛の剣ラヴ・ドリーマー』よ。愛するものを護るための剣。私の想いが強ければ強いほど、その効果は上がっていくわっ。」


暗黒龍に向かって剣を振るう。彼の者の鱗を切裂き、そこから血がにじむ。


そこ始めて、暗黒龍の動揺が生まれる。


『バカな……女神の剣だと?……お前は何者だっ!』


「私はマックスの可愛い奥さんよっ!」


「可愛いって自分で言っちゃう?」


ヘレンが呆れたように突っ込んでくるがスルーだ、スルー。


「わかるでしょ?この剣と私なら、あなたの身体を切裂くことが出来る。私のマックスへの想いがある限り、そして私が諦めない限り、いつかはあなたに致命傷を与える。」


『だから何だというのだ小娘。』


「収めてもらえないかしら?元よりこちらに戦う意思はなかった。色々な状況が重なった結果と言え、あなたの眠りを妨げたことはお詫びします。」


『我がそんな要求を呑むとでも?』


「交渉が決裂するなら仕方がありません。私は、私が護るべき人の為に死力を尽くして戦います。神降ろしもしてご覧に見せましょう。」


『クッ……女神イリスの聖女か、厄介な……。』


暗黒龍は、しばしの間動きを止め、黙考する。


私はその間も、気を抜かず、女神の剣を構えたまま暗黒龍を睨み続ける。


『よかろう。手打ちにするか。』


暫くの後、暗黒龍ナーガは、重々しくそう告げるのだった。



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