第9話 ドラゴンと宴会!?なんで???

「ほら、酒はまだまだあるのじゃ。もっと飲むがよい。」


「いや、もう……、」


この世とも思えない程の絶世の美女にお酌をされているのは、私の旦那様であるマクシミリアン・トーラス子爵サマ。

もう飲めないと音を上げているのが情けない。


「アリスぅ、怖い顔になってるわよぉ?ヤキモチぃ?」


ヘレンが絡んでくる。そういえば、こいつも酒癖はあまり良くなかったっけ。


「ヤキモチじゃないわよっ!」


「おぉ、そう言えば、聖女殿はこやつの妻じゃったのだな。安心するがよい、聖女の旦那に手を出すつもりは毛頭ないからのぅ。あんなことはもうこりごりじゃ。」


「あらぁ、ナーガちゃん、その口ぶりだと、面白い事があったみたいねぇ。」


ヘレンが、美女に絡み始める。


彼女の名前はナーガ。あの暗黒龍だ。


何故こんなことになったかというと……。



「宴会……ですか?」


『ウム、手打ちにするのであれば、互いに杯を交わすのがよいであろう?』


……確かに、遠い国ではそういう風習があるって聞いたことはあるけど。


「えーと、お話は分かりますが、いきなり宴会と言われましても、準備がですねぇ。」


『ウム……そうじゃな。しばし待っておれ。』


暗黒龍ナーガは、そう言って大空高く飛び上がり、何処かへと飛んで行ってしまった。

この隙に逃げ出すことも考えたのだけど、「待っていろ」と言われて逃げたのでは後が怖い。

それにマックスの状況がかなり悪い。生きてはいるが、このままでは致命的な障害を抱えることになりかねない。


「ヘレン、少しの間マックスをお願いね。」

私は、マックスの看病をヘレンに任せて調合を始める。

その合間に、何故ヘレンとマックスがここに居るかの事情を聴いた。


なんでも、ヘレンは、アルダスが何か企んでいることを、偶然にも知って、様子を伺っていたそうだ。

まぁ、勇者がとんでもないことしでかしたら、同じパーティにいたという事でどんな迷惑が回ってくるか分からないからね。


それで、アルダスが私を罠にはめて呼び出そうとしていることを知って、何とか阻止しようとしてたらしいのね。

で、色々手を回して、取り巻きに成りすまして様子を見ていたら、王宮での例の事件が起き、アルダスの思惑通りに私が旅立つのを見て、後を追いかけることになったのだという。

その際に、別ルートで勇者の動きを追っていたマックスに話をつけ、二人して、勇者の従者として、やってきたのだという。


当初は、さりげなく勇者の動きを邪魔して、私に関わらないように誘導するつもりだったらしいけど、アルダスの暴走具合が想定以上で、どうしようもなかったという。


「あの子はねぇ、孤児だった自分を見出してくれた聖女様の事を本当に愛してるのよ。」


セレンがポツリとそう言うが、だからと言って私が愛さなきゃいけないという事はない。さらにはストーカーになった相手に同情しなきゃならないなんておかしいでしょうが。


そんな話をしている間に、私の調合が終わる。

出来上がったポーション……エリクサーをマックスの口に含ませる。

気を失っているので、口移しだ。

それを見ていたセレンが、ヒューヒューとはやし立てるが、旦那様にキスをして何が悪い?


エリクサーを飲み干したマックスの顔に血色が戻ってくる。

これで一安心。このまま寝かせておけば、目が覚めた時にはすっかり元気になっているはず。


ホッと一息ついたところで、空を見上げると、丁度暗黒龍が戻ってくるところだった。

その脚には丸々と太った羊とヤギが数頭抱え込まれている。


『酒の肴はこれで足りるであろう?後は酒じゃな。』


暗黒龍はそう言うと天に向かって咆哮を上げる。


その咆哮で、大地が震え、地形に影響を与え始める。

くぼんだ場所に泉が湧きだし、その周りに植物が覆い茂る。


「あれは、まさか、『龍泉』?」

「ヘレン、知ってるの?」

「えぇ、伝承の通りなら、あの泉は丸々お酒の筈よ。」

ヘレンはそう言いながら泉に近寄り、手に救って一口飲む。

「やっぱりっ!これは幻の『龍泉酒』よ。」

ヘレンが今にも踊りだしそうなぐらい大喜びをしている。

そう言えば、あの子、お酒には目がなかったっけ。


ヘレンの話によれば、酒飲みの間で言い伝えられている、伝説の『龍泉酒』というお酒があるそうだ。

伝説というだけあって、言い伝えられている話は、


「この世のものとは思えない程、深く濃厚で、芳醇な香りと味わい」

「龍の血が原材料だ」

「一口飲めば寿命が5年延びる」

「若返りの効果がある」

「どんな難病も、龍泉酒を飲めば完治する」

「100年に一度しか手に入れる機会がない」


等々、他の伝承も交じってるのではないかというほど眉唾なモノばかりではあったが、それでも龍が関わっているだろうという事だけは共通した認識だったとのこと。


まぁ、名前からして泉酒だからね。


そう言われてみれば、錬金術の本にも、龍関連の素材として『龍の泉』という記述があったっけ。


完全万能薬である『ソーマ』の素材の一つで、龍が生成した泉の水というのが必要と書いてあった気がする。

もしかして、これがそうなのかな?


私は念のために、とマジックバックから小樽を取り出して、幾つかに詰めてしまっておくことにする。


『こらこら、御主たちばかり楽しんでおらんで、宴会の準備をせよ。それともお主等は丸焼きでよかったのか?』


龍泉に驚く私達を見て、苦笑しながらそういう暗黒龍。


「あ、すみません。でも、ナーガさんは、足りるのですか?」


ヒツジやヤギの数は確かに多いが、暗黒龍の身体の大きさからすれば二口もあれば、あっという間にお腹の中に納まってしまう程度の量だ。


『あぁ、心配には及ばぬ。』


ナーガはそう言うと、あっという間に、私達と同じぐらいの大きさの人型へと変化する。


「どうじゃ、これならば問題なかろ?」


「えっと、まぁ……問題はないのですが……。」


「なんじゃ?」


「いえ、女の人だったんだなぁって。」


人型になったナーガは、お世辞抜きに絶世の美女だった。このまま人里に降りれば、傾国の美女として、幾つかの国を亡ぼすことも可能であろうと思わせるほどの美女だった。

その蠱惑的な瞳に見つめられ、甘い声で囁かれたら、例え同性でも堕ちるに違いない。


「フム、我が女性だと何か困るのかえ?そんな事より、酒じゃ酒。」


……ウン、こういう残念ぽいところのおかげで魅了されずに済むよ。


私は少し安心しながら宴会の準備を始めるのだった。



「それでなぁ、当時の勇者、スグールゥと言ったかのぅ。そ奴にちょっとコナを掛けたのじゃよ。」


「それで、それでっ!」


ヘレンがナーガの昔のコイバナ?武勇伝?に食いつくように耳を傾けている。

その反応に気をよくしたナーガは、ますます上機嫌になり、話を続ける。


因みに、マックスは酔いつぶれて、私の膝枕ですやすやと眠っていたりする。


「そうしたらのぅ、同じパーティにいた聖女殿が激怒してしまってのう。」


「おー、略奪ですかっ!」


「いやいや、聖女殿は同じパーティの魔法剣士と付き合っていたはずじゃった。勇者殿もそう言っておったしのぅ。」


「じゃぁ、問題ないんじゃ?」


「それがのぅ、何でも聖女様は勇者殿に懸想していたらしく、我が勇者殿を誘惑するのが、許せなかったらしくてのぅ。」


「わぁお、三角関係?」


「そうなるかの。魔法剣士殿と聖女殿と勇者殿の三角関係成立じゃ。」


「えっ、あれ?ナーガちゃんは?」


「嫉妬に狂った聖女殿に叩きだされたからのぅ。後の事は知らんよ。」


「そうなんだぁ、でそれからどうなったの?」


「我も詳しくは知らぬ。聖女殿に傷つけられた身体を癒すために眠りについたのでな。ただ、眠りにつく前に流れてきた噂話では、魔法剣士殿は魔王として覚醒し、勇者殿と聖女を賭けた戦いを世界規模で起こしたという事じゃったな。」


「えーとそれって……。」


急に酔いが醒めたように、ヘレンの顔が青ざめる。


ウン、気持ちは分かる。

ナーガさんが語っていたことは、千年前の勇魔大戦の知らざれざる裏話、という奴だね。


いヶ月余りで、総人口の3割を減少させて、人類を存亡の危機に追い込んだ大戦のきっかけが、単なる痴話喧嘩だったなんて、誰にも知られちゃいけない黒歴史だよね。


ヘレンは、今の話を忘れるかのように、龍泉酒を浴びるように飲み、結局、暗黒龍との宴会は明け方まで夜通し行われたのだった。



「本当にいいんですか?」


『構わぬよ。久々に楽しい時じゃったしのぅ。』


「でも、お土産もたくさんもらったし……。」


『いや。どうせ使わぬものじゃ。今代の聖女殿に使ってもらった方がよい。それより、来たところを見せてくれぬかのぅ。』


「分かりました、じゃぁ遠慮なく。」


私は手渡された衣を身にまとう。


慈愛の聖神衣ドリーム・ガーディアン


神の手によりもたらされたアーティファクトと呼ばれる装備だ。

私の持っている『慈愛の剣ラヴ・ドリーマー』と同質のもので、纏った聖女の周りにいるものに加護を与え、防護壁を張るというとんでもない代物。しかも、有効範囲にいても、聖女が慈愛を与えるべき対象と思わなければ全く効果がない。また、聖女の想いの強さによってその効果は変わるという。


『おぉ、やはり聖女じゃな。神々しさが違うのぅ。どうじゃ嫁に来ぬか?』


「ゴメンナサイ、私には旦那様がいますので。……それじゃぁ、王都に帰りましょう!」


ナーガの冗談とも本気とも取れないプロポーズを一蹴し、そう宣言するのだった。






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