第3話 勇者から王女を寝取り……いいえ救うのです。

「して、どうするつもりじゃ、聖女よ。」


国王が、居住まいを正して聞いてくる。

今更威厳を取り繕っても遅いと思うんだけど?

でお一応合わせてあげましょう、と私も居住まいを正す。


「そうですね、国王様にはお願いがあります。勇者と王女の婚約の話はないものとしていただき、こちらのトーラス子爵とソフィア王女との婚姻を許可していただきたいのです。」


私の言葉に、マックスは顔を赤くして俯き、ソフィアは、驚いた顔で私とマックスの顔を交互に見る。


「……お主、自分が何を言っているのか分かっておるのか?」


「えぇ、十二分に。……昔から国の為に力を捧げてきたトーラス家の嫡男が、王女と聖女を娶る……別におかしくはないでしょう?」


「おかしくはない、……が大義名分がない。」


「妻の功績は、そのまま夫の、しいては御家の功績。救国の英雄たる聖女の活躍に対する報奨だけでは足りませんか?」


「足りぬな。それだけでは勇者殿と何ら変わらない。それどころか、本人である勇者殿の方に分があるだろう。」


「……勇者殿の悪行三昧が知れ渡っても?」


「……救国の英雄となった今では、些細な事だ。」


「………う~ん、じゃぁもう一つ功績があればいい?」


「それなりに納得がいく様な物であればな。」


「……だって。マックス、ドラゴンでも倒してみる?」


「出来る訳無いだろっ!」


「うむ、ドラゴンスレイヤーであれば王女を娶る資格としては十分かもしれぬな。」


「国王様迄っ!無理言わないでくださいっ!」


「出来……ませんか?」


国王に対してツッコむマックスの前にソフィアが進み出て、そのつぶらな瞳で見上げる。


「私を……悪の勇者から救い出す、騎士ナイトになってくださいませんか?」


「ぜひにも!私の身命をかけて、必ずや!」


一転して今までの主張を翻すマックス。この調子のいいところは子供のころから変わっていない。


「でも実際にどうするのさ?流石にドラゴン退治は現実的じゃないだろ?」


そう言って私に助けを求めてくるマックス。

これも子供の事と何ら変わり映えの無い風景だ。


「とりあえず、何か考えます。それで、何らかの功績があれば、先のお願い聞いていただけますか?」


私はマックスに頷き、国王様に再度確認する。


「良かろう。ただし期限は3か月じゃ。勇者殿の追及をかわすのも、それが限界じゃからのう。3か月後、ソフィアと、勇者アルダスの婚約を正式に発表する。……それまでに何もなければ、な。」


「分かりました。3か月ですね。」


私は国王様に不敵に笑い、心配そうに見守るソフィアを招き寄せる。


「ソフィア、私と一緒に、マックスのお嫁さんになるの……嫌?」


「ううん、お姉さまと一緒は嬉しい。それにあのバカ勇者のお嫁さんになんかなりたくない。」


「うーん、ソフィアは相変わらずいい子ねぇ。癒されるわぁ~。」


私はソフィアをギュッと抱きしめた。



「あのぉ、国王様。私の意見が全く採用されていないこの状況ってどうなんでしょうか?」


「トーラス子爵よ。お主はまだ若いからの。よく覚えておくがよい『人生はこんなもの』だ。奥方同士の仲がいい事は結構ではないか、そして、男の意見はすべて無視されるというのは、古来より綿々と受け継がれておる決まり事じゃよ。」


「はぁ、そんなものですか。」


「そんなものじゃ。平和を望むのなら、黙って受け入れるがよい。」



離れたところで、国王とマックスが何やら話している。


会話の内容までは聞こえないけど、仲がいいのは良い事だよね。



三日後、私とマックスの婚儀がひっそりと執り行われる。


本来であれば貴族当主の婚姻であり、大々的に宣伝し、十分な時間をかけて準備をし、大掛かりな披露を行うのが常識であるのだが、今の私たちには、そんな事をしている時間も余裕も、そしてお金もない。


この事で、バカにしてくる貴族たちには、笑ってその場をやり過ごし、本気で心配してくれる人たちには、「近々もう一人娶る予定があるので、その時に。」と簡単な情報を流す。


そんな周りへの対応に1週間を要し、その裏では着々と準備を進め、ようやく、色々整った頃には、醜聞も鳴りを潜めていた。



「さて、思っていたより、状況は深刻よね。」


私は書類の山から視線を外して、大きく伸びをする。


目の前の書類は、ここ最近のトーラス領についての現状報告だ。


ある程度想像はしていたけど、予想以上に状況が悪い。


「予定外の結婚だったとはいえ、結婚したからには、良き妻となりますよ?そして、旦那様の留守を守るのがよき妻というものですよね。」


私はいくつかの指示書を作ると、執事のソバスを呼び、何人かの側近に集まるように声をかける。



しばらくして、集まった側近たち一人一人に私は声をかけていく。


「スダーク卿、あなたに今から農地改革についての全権を与えます。この条件を達成するためなら好きにやってよろしい。」

私は畏まったスダーク卿に事細かな条件を記した羊皮紙を渡す。


スダーク卿はその羊皮紙を受け取りながらも、困惑した表情を隠せずにいる。

周りの者たちの顔にも動揺の色が広がっている。


それも仕方がないとは思う。だって、スダーク卿は、ついさっきまではしがない使いっ走りでしかなかったんだもんね。


「次、ノーム卿。あなたには領地内の福祉関係全般を任せるわ。今季中にこの目標を達成してください。」

ノーム卿の名前が呼ばれると、動揺がさらに広がる。

まぁ、彼もいわゆる下っ端だったからね。


私はそんな空気を無視して、次々と名前を呼びあげ、指示書を渡していく。

呼ばれたものは、皆一様に、今まで碌な地位も仕事も与えられていない者ばかりだった。


この大抜擢に、下級に甘んじている部下たちは、実力があれば認めてもらえる、という認識を強固にし、その瞳にやる気が満ち溢れる。

逆に、今までその地位に甘んじていて何もしてこなかった者達の顔には、不満と怒り、そしてわずかながらも恐怖の色が浮かんでいた。


そしてすべての指示書を渡し終えると、すぐさま作業に取り掛かるように言いつけ、この部屋から追い出す。


後には、一切名前を呼ばれなかった数名の者達が残る。


「コホン、どういうことですかな?」

「奥方とはいえ、勝手な事をしていいというものではございませぬぞ?」

「このことはトーラス卿はご存じですかな?」


ここぞとばかりに詰め寄ってくるオッサンたち。

彼らは昨日までこの領地の各部署を取り仕切ってきた、重鎮と呼ばれる者達なんだけど、私から言わせれば、現在の窮状を招いた戦犯でしかない。……、こういうのを老害というのよね。


彼らがやってきたことは、横領、物品の横流しを始めとして、私腹を肥やすためのあらゆることをしている。

こんなのを野放しにしてるから、領地の経済がひっ迫するのよ。

さらに言えば、若い女の子に対する乱暴の数々も報告にあがっていて、昨夜のうちに手は打ってあるけど……助けることが出来たのはほんのわずかな人数だった。


「あなた方には、色々と伺わなければならないことがあります。……連れて行きなさい。」


いつの間にか衛兵に囲まれていた老害たちは、成す術もなく捕らえられて連れていかれる。

彼らの行き先は王都だよ。そこで、私の付けた書類をもとに国王から沙汰が申し渡される。

ま、よくて貴族籍剥奪の上財産没収、悪くて処刑と言ったところだろう。一族連座まではいかないだろうけど、残された家族には一応配慮するようにはしてあるから、なんとか暮らしていけるはず……今までの様な贅沢は出来ないけどね。


と言うか、領主であるマックスが、朝晩の食事が堅い黒パンと、具材が最小限の野菜スープのみ。週一の贅沢がトロトロ鳥の焼き鳥って言う食生活をしてるのに、あいつらは王都の貴族連中より美味しいものを食べて贅沢してるっておかしいでしょ?


マックスもよく許してたよね……まぁ、気が弱いのは昔からなんだけど。

だけど、これからは違うわ。私がこの領地を立て直す!

先程指名したのは、身分こそ低いものの、才気あふれる人材なのに、あの老害のせいでその才能をつぶされそうだった人たち。彼らに任せておけば、3年でこの領地の経済が立て直せることは間違いない……のだけど、それまでウチの財政が持たないという当面の問題があるのよねぇ。


何とかしないと……。



「本当にやるのかい?」


私ののために、領地に戻ってきてくれたマックスが心配そうに尋ねてくる。


「勿論。任せておいて、領地の財政立て直しついでに、必ずあなたの元へ王女様を嫁がせて見せるからね。」


そう言って私は背後の小さな家を見上げる。


ここが私の夢のスタート地点。


勇者のせいで、聖女業をやっていたから遠回りしたけど、ここから私の人生は始まるのよ。

ついでに領地の財政もたてなおして見せるわ。


目の前に看板に視線を送る。

そこにはこう書かれていた。


アリーシアの錬金術店アトリエ・アリス


と……。



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