第5話


「それでは、まずはこちらの三つの水晶玉から一つ選んでください」


 そう言って占い師メディは、それぞれ赤白青の水晶玉を取り出した。


「これで」


 シェシアが選んだ水晶玉は白。

メディは頷くと、他二つの水晶玉をしまい、20センチほどの長さのステッキを白い水晶玉に向ける。


「──フォーキャスト・パフォーム」


 そう唱えるとステッキの先に光が灯り、その光が水晶玉に移る。


 すると、水晶玉がカラフルに輝き始めた。


「ふむふむなるほどなるほど~……」


 その光で何か分かるのか、はたまた何かが見えているのか、メディは水晶玉を見ながら呟く。


「占いの結果が分かりました。」

「どんな感じですか?」


 そうシェシアが聞くと、メディは勿体ぶるように「オホン」と咳払いをしたのち、どこからともなく手のひらサイズの小袋を三つ取り出した。


「これからあなた方にはいくつもの苦難が振りかかってくるでしょう。それらの苦難はどれも険しく、自力では乗り越えられないものさえある。とてもとても険しい道になりましょう」


 まじか……心のどこかではそんな悪い予測したこともあったけど、魔法込みで占われたらいよいよだな。

異世界転生モノならあるあるだし、読んだり見たりする分には良いけど自分が身を以て体験するのはわけが違う。


「……具体的にはどういった苦難が?」

「それは分かりません。ただ一つ、確実に言えることがあります。こちらの三つの小袋はあなた方に振りかかる苦難を乗り越えるためにとても役に立つはずです。そうとっっても役に立ちます。それはもうほんとにですから1つ10デンリで御売りいたしましょう!!!」

「え、えぇ……?」

「どうです? ね、どうですか? 今決めたら半額の5デンリでいいですよぉ? 得です得」


 だんだん口が早くなり、しまいにはシェシアに詰め寄ってせかしてくる。


 完全にあれだ、詐欺師の手口だ。

最初の投資は少なくても、後からどんどん膨れ上がっていくやつ……。

それに初めに高い金額を示して、「今ならお安くしますよ~」って言って結局買わせるやつも、ネットショッピングでよくある商法だ。


 ──これはいよいよアウトだな。

絶対詐欺師とかそういう系の類だ。

流石にシェシアも断るだろ──


「ぐっ……さ、3デンリ……1つ3デンリでなら──」

「ちょっ、ちょぉ待たんかい!!!」


 思わず変な口調が出てしまったが致し方ない。

自分が戦車異形の物体であることも無視して仲裁に入る。


「何考えてんのシェシア!? こんなの絶対詐欺だって!? 百歩譲って占いは本当だとしても最後のは絶対詐欺ってる!!」


 だって具体的にどんな苦難が待ち受けているのか分からないのに、苦難を乗り越えるために役に立つものを売ろ売ろうとしているんだぞ。


 さっきから出ている「デンリ」という単位の価値が分からないが、二人の反応を見るにそう安くはない。

日本円で言うと万かそれ以上じゃなかろうか。


「これは……なかなか珍しい精霊ですねぇ。」

「……驚かない、んだな」


 てっきり腰を抜かすは無いにしろ、困惑くらいすると思ったが、すんなりと受け入れられているらしい。


 ていうか僕、ほんとに精霊という認識にされるらしい。

精霊にしては物騒すぎるし、精霊特有の半透明感なんてものもないんだけど……。


「まあ、確かにこれ以上お金をせびるのはよしましょうか。いらぬ疑いを掛けられてるみたいですし。」

「この世界の価値観は分からないけど、あんな風にされたら誰でも疑うでしょ普通……」

「……言われてみれば確かに胡散臭いですけど……、メディさんと言いましたか。その小袋は本当に役に立つんでしょうか?」

「それは勿論ですとも。なんなら契約を結んでも良いですよ?」

「…………」


 契約か……どのくらい重いのかとかは分からないけど、シェシアが押し黙るくらいだから、相当効力があるらしい。


「……チハ。契約を結ぶということはとても重大な意味を持ちます。契約の内容によっては破った者が死よりも厳しい制裁を受けるほどに」


 シェシアがこちらに振り返り、真剣なまなざしでこちらを見る。


「怪しいのは分かりますし、占いを鵜呑みにするつもりもありませんが、疑心暗鬼になってチャンスを逃すのも嫌じゃないですか。だからここはメディさんを信じて買いましょうよ」


 確かに僕は疑心暗鬼になりすぎかもしれないな。

それに考え方によっては、ピンチを乗り越える方法をお金で買えるわけだし、その後の結果も考えれば一石数鳥になる可能性もあるな。


「……たしかにそうだな。どんな苦難が来るのかは知らないけど、その時後悔するよりいい、か。」

「それでは、ご購入いただけるということで。毎度ありです♪」


 そう言ってメディは3つの小袋をシェシアに手渡した。


「こちら、赤青白の小袋がありますが、どうしようもない窮地に立たされた時に赤、青、白という順番に開けてくださいね。必ず順番にお願いします。3つとも同時に開けるんじゃなくて、」


 むっちゃ釘さすじゃん。

こういうのって注意された方が開けたくなるんだよなぁ。


 ………………にしても今度は三國志の天才軍師、諸葛亮みたいな事言ってるな。


「分かりました。それで、代金は3つで9デンリで良いですか?」

「はい、それで構いませんよ」


 シェシアは追加の9デンリを含めた10デンリを支払う。


「では。またどこかでお会いしましょう。」


 メディは銀貨の様なコインを受け取ると、そう言って闇の中に消えていった。

最後の最後まで怪しい演出だな……。


 それにまた会いましょう、か……。


「いよいよアレが黒幕なんじゃね……?」

「……っと、バカな事言ってないで宿舎に行きますよ」


 3つの小袋をポケットにしまい、僕の砲塔上部に座り込むシェシアの声はいかにも眠そうだ。


 メディと名乗った占い師の占いの内容も気になるが、とりあえず明日考えよう。

眠いと正常に脳も働かないだろう(体験談)


「オーケイ。次はどっちに曲がればいい?」

「えぇっと……次は──」


 そのまま、シェシアの誘導で街の中を走る。


 右に左に……右右左左左……と……ん? なんかおかしくないか?

暗くて良く分からないが、さっき来た道をまた走ってたり、それにいくら何でも宿までの道がややこしすぎる。

まさか……遭難!?(街中です)


 その時である。


「ッ!? チハ止まって!!」

「は、ハイッ?!」


 それまで「みぎぃ……ひだぃぃ……」と弱々しい声だったシェシアが、突然ハッキリと声を出す。


 ほとんど速度を出して無いおかげですんなりと停車すると、シェシアは僕の砲塔から飛び降りで、前方に駆けていく。


 なにがあるんだ……?

と、前をよく見てみる。


「これは……石垣……いや、城か……?」


 前には10メートルはあるであろう積み重ねられた石垣の上に、白亜のヨーロッパ様式の城があった。


 一度はヨーロッパに直接赴いて見てみたいと思っていたのだが、まさか異世界でお目にかかれるとは……!!


「チハ! 今すぐ逃げてください!!」

「えッ?」


 城に見とれているとシェシアが戻ってきた。


「なにがどう──」

「詳しい事情は後です! とにかく今はこの街の外に──」

「──わかった。逃げればいいんだな。」


 ──まかせろ相棒シェシア

事情は詳しく分からないけど、なんとなくわかった。


 シェシアが向かった場所を一瞥しつつ、エンジンをふかす。


!」

「分かりました。……で、でも道が……」

「大丈夫、道は覚えてるから」


 方向音痴じゃないんでね。

脳内で今まで通ってきた道を立体的に思い出し、最初に入って来た門に一番近い道筋を思い浮かべる。


 そう言うとシェシア達が車内に入った事を確認し、今度は全速力でエンジンを回す。


 ふと視線を下に向けると、自分の車体に黒い何かが付着しているのが見える。

いや、完全な漆黒ではない。

黒と赤色が混ざったような色。

鋼の塊である戦車の鉄臭ささえ凌ほどに、鉄臭さが香る。


 大量の血液が付着しているのだ。


 この血は今車内に匿っている少女の血。

いや、少女と表現するのは少し違うか。


 王国の紋章が刻まれた、薄く青白い光に包まれた鎧を身に着けた、金髪の少女。

いかにも特別げな鎧を着こむだけあって、この少女は特別な身分では無かろうか。


 それに、この金髪の少女はまだ小学生程ではないか。

そんな歳でここまで豪華で王国の紋章が刻まれた鎧を着ているということは、彼女はえらく身分が高い。

もしかしたら王族や王位継承の身分にあるのではなかろうか。


 そんな少女が、大けがをして気を失っている。

そして、後ろからは同じく王国の紋章が描かれた装備を身に着ける、近衛兵らしき集団が武器を向けてやってきている。


 そして何より、この少女が倒れていた場所には複数の人間が血を流して倒れている。

そこに倒れる誰もが、武器や鎧、衣服に王国の紋章を身に着けていた。

そして、その武器を同じ仲間であるはずの人間に刺している。


 これは恐らく、政変クーデター


「チハ、このまま入って来た門を出て北に向かってください!」

「分かった。ちなみに、その人って何者か分かるか?」

「この人……この方はこの国の第三皇女、アイラ・ディア・メトシエラ様です」

「りょーかい……」


 「ふぅー……」と思わずため息が出る。


 いよいよ面倒な事に巻き込まれたな……。

これがメディの言っていた苦難の一つなんだろうか。


 ……どちらにしろ、乗り越えるしか道はなさそうだ。


 それに、今の僕は九七式中戦車じゃないか。

異世界なら技術もさほど発展してないし、王国には帝国みたいな兵器を持ってないだろうから、九七式中戦車でも無双できるはずだ。


 前方に、入って来た城門が見えてきた。

扉の本体は木材だが、所々金属で補強されている。


「──ッらぁ!!」


 気合と共に砲撃し、扉の中央に炸裂。

そのまま、壊れかけた扉を突き破って城外に脱出した。


 そして進路を北に取り、全速力で向かって行く。

〈66〉と、以前より一減った数、不吉な数字を意識しながら─────

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