第3話
「──シールド・ディメンション……!」
殺気と死の予感で思考が停止していた僕の脳味噌をを、シェシアの声が正気に戻した。
──そうか、回避しないと。
反射的に右に進路を傾けようとした瞬間、目の前に半透明な障壁が出現する。
「こ、これは……?」
「魔力を編んだ障壁です。」
「つまりこれは……魔法?」
よく見てみると、障壁からはサラサラと粒が落ちている。
これが魔法だとしたら魔力だろうか。
それが僕の目の前いっぱいに展開されている。
この世界で魔力がどういった立ち位置なのかだとか、魔法の種類なんかは分からないが、僕の体──九七式中戦車の車体に覆いかぶさるほどの障壁を展開するというのは、魔力的にも技術的に難しいのではないか。
それに、この障壁……いや、シールドは見たところかなり薄いようだ。
継続的に魔力が漏れているようだけれど、はたして帝国軍の攻撃を防ぎきれるのだろうか……?
──これ、ほんとに防げるの?
そう聞こうとした時だ。
ガギィィィャァン!!! と、金属を激しくぶつけた時のようなけたたましい音が襲った。
「ふ、ふせ……いだのか……!?」
音の発生源はそう、シールドに直撃した帝国軍の槍のような大きさの矢だった。
同時に着弾しているのだろう。
複数個所に着弾していた矢ははじめ発光していたが、次第に光は弱まっていき、完全に輝きが消えた瞬間、同時にバラバラと下に落下する。
「防ぎ、きったのか……? ……魔法ってすっげぇ……!!」
──後で教えてもらおう。出来るかは知らんが。
「まだです! ──コンバート・ファランクス=エグゼキューション!」
シェシアがそう唱えると、シールドが自分を中心にして三角錐に変形する。
そして変形した瞬間、再び全身を襲うような音が僕たちを襲った。
しかし今度は金属質な音ではなく、ガガンッガンッ──と断続的に、まるで巨大な
「カタパルトの石、か……!」
なるほど、直線軌道の矢と違ってカタパルトは曲線軌道だから同時に放っても時間差が発生するのか。
その上、飛来してくる角度も違う……もし自分一人だったら第一波を受け流せても、第二波で確実に死ねるな。
ほんとにシェシアがいて良かった……!
「ありがとうシェシア。お陰で生き延びれた……。……にしてもほんとに魔法すごいな。帝国軍の攻撃を全部防ぎ切るなんて……」
「安心はできません。今のうちに反撃しない……と?」
不意に、シェシアの言葉が途切れる。
表情は確認はできない。
だが、その原因は直ぐに分かった。
「帝国軍の……兵器が消えていく……?」
城壁の前に整然と並べられていた兵器群が、そのちょうど中央辺りから順に消滅していったのだ。
「あれは……!」
同時に、こちらから見て右手の方向、城壁の一角に大きくそびえ立つ門が開き、そこから大勢の兵が帝国軍と激突し、戦闘を繰り広げ始めたのだ。
つまり、この機を好機と見たらしい王国軍が総攻撃を開始したのだ!
どうやら王国の指揮官はちゃんと有能らしい。
これなら、勝てる!
「よっし! このまま──」
──掃討戦だ! そう言おうとしたとき、ある数字とそれを縁取る
数字は67。
縁取る色は黄色で、一定のピッチで点滅している。
これは……何だ……?
さっきまで無かった……とは言い切れないけど、少なくとも点滅はしていなかったはずだ。
それにこの数字は何だ?
黄色く点滅している理由は?
これは何を表しているんだ?
この67という数字、いったい何を示している?
黄色く点滅していることに、何か関係があるのではないか?
少なくとも、今の今まで気が付かなかったから、どのタイミングで出現したのかも分からないし、一向に増加や減少をする様子もないため、確定では無いが秒数とか時間ではなさそうではある。
残る考えられる方向性として何かの残量や容量、またHP系統の現象とも考えられる。
確定していることとしては、数字で表せる何かということ。
そして、黄色く点滅を繰り返しているということは、何らかの警告を示しているのではないか、とも推察が可能だ。
少なくとも、この世界に召喚されたときは点滅されて無かったと思うし、召喚されてから今までに行ったことに関係しているのではないだろうか?
そのうえで「数字」、つまり「回数」で表記できることと言えば──
「砲弾の……残り弾数か……!?」
「ほう……だん……?」
「あいや、なんでもない」
なるほど、つまりこの67という数字は残りの残弾数を示してるってことだ。
そんで黄色く点滅してるのは、いきなり大量に使ったからその警告だろう。
にしても……すんごい親切設計だな。
そもそも、自分一人の意思で自由自在に
普通なら4人の搭乗員で互いに連携しなきゃなのに、それをたった一人の意思でこなせるのだら、扱いやすい事この上ない。
……人間としての日常生活が送れないのが難点、といったところだな。
「なにボケっとしてるんですか! 今こそ攻撃のチャンスなんですよ!?」
コンコンとシェシアが杖で砲塔を叩く。
「ごめんごめん。……けど追撃、って言っても王国軍の方々がやってくれるんじゃないか? それくらいの兵力は残ってるでしょ?」
「たしかに兵力はまだあります。率いている将軍も優秀な人だし。……けど、それは帝国軍も同じです。」
そう言うと、「見てください」と帝国軍最後尾の辺りを指さす。
遠くて良く見えないが、青色の集団が銀鎧の王国軍と戦闘しているのが見える。
「あれは帝国軍でも指折りの実力を持つ精鋭部隊です。数はそこまでいないようなので、王国軍が撃破される事は無いでしょうが、かの部隊を前に攻勢を仕掛けるのは愚策です。」
「ほお……。」
チラッと視線を数字に向ける。
67という数字は、今現在もチカッチカッと黄色く点滅し続けている。
──この世界で一から砲弾は作れなさそうだし、これから何が起こるか分からない現状、不必要な使用は避けるべきだな。使うなら、ここぞという場面で。
よし、追撃は止めよう。というかやりたくない。
せめて8割近く残ってれば多少使えたのになぁ……あんなに撃った過去の自分を恨みたい気分だ。
しっかし、この事情をどうシェシアに説明したものか……。
「──……確かに、ここで加勢すれば帝国軍に損害を与えられる。だけど……もう、魔力が切れそうなんだヨネ」
そう、魔力!! 異世界といえば魔力、そして魔法!!
いささか適当で安直すぎるだろうが、まあ魔法は万能だから問題ない! ……はずだ。
「あぁ、そうなんですか。魔力切れ……は仕方ないですね。見たところ、チハは半精霊のようだし、体内魔力が無くなると活動できなくなりますから。」
「え、そなの!?」
なんてこった……。
これから、せっかくだし魔法を教えてもらおうと思ったのに、とんでもないデバフ要素きちゃったよ。
しかしまあ、どうやら納得してくれたらしい。
一難去ってまた一難、という感じだが、知らないよりは知っておいた方がよい情報だな。
「それで、これからどうする? 勝手に戦闘に参加しちゃったわけだから、王城に行くべきなのかな?」
「ですね。チハの魔力を回復させるためにも、王都でゆっくりしましょう。」
「了解」
「正門はあっちです」と、シェシアが指さす方向に向けて針路をとる。
だだっ広い草原に大きくそびえ立つ城壁と、その麓付近で今も戦闘が行われている。
かなり離れた位置からでも、たまに色々な光が発生したり、色々な魔法が使われているのが見て取れる。
そんな光景を遠くから眺めるのは九七式中戦車。
魔法ありのファンタジー異世界に、ポツリと科学の結晶である戦車が一両存在している。
そして、その戦車には自我があり、その召喚主たる人は魔法使い……と。
──こんだけ字面並べたら、いよいよカオスだな。
とりあえず、戦車に転生したおかげで、簡単に死ぬことはないだろうけど、この世界の魔法の威力は馬鹿にならない火力を有している。
僕一人だけならさっきの戦いで死んでいただろう。
だが、こちらにも魔法使いがいる。
それも、凄腕の魔法使いだ。
だからシェシアが相棒でいてくれるならとても心強い。
そう信じて、僕は王城に向かっていったのだった。
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