第1話

 ガラガラガラ……。


 起動輪によって動かされる履帯が、その特徴的な音を奏でながら地上を走破する。

地面は幕舎を破壊したため様々な物が転がっているが、履帯のおかげで難なく前進を続ける。


 向かう先は数千の兵士がひしめく軍の先、城壁を攻撃する攻城兵器だ。


「……や、やっぱりさ、いくら何でも陣中突破は危険すぎない? こ、攻撃するならせめて夜襲とか隙をついてやったほうが……」


 いくら何でも多勢に無勢すぎない……?


 そう僕が不安を言ってみると、上方から勇ましい返事が返ってくる。


「大丈夫、私の回復魔法は瀕死の重傷でも治しますから!! ………………死なない限り」

「瀕死の重傷も負いたくないんだけども!? ……まあ、もし直撃しても大丈夫か。」


 視線を下に向けると、濃い緑色の角ばった装甲が見える。

左右には履帯が起動輪によって回転し、俺の車体を前進させる。

視界の中央には十時線の入ったサークルが大小に拡大縮小していて、過去にやっていた某戦車ゲームの照準器のようだ。


 何故かは分からないが、僕は戦車として転生したらしい。


「それで、攻城兵器を破壊したらどう動けばいいだい? えぇっと…………しょ、召喚者さん」

「はあ……何回言えば覚えられるんですか!? 名前忘れるの三回目ですよ!?」

「う~申し訳ない……昔っから人の名前覚えるの苦手で……」


 シュン……と砲身を下げて謝罪の意を示す。


「はあ…………シェシア。シェシア・クラティアンです。」


 ため息をつき、本日三回目の名乗りを挙げたシェシア。

彼女は桃色のショートヘアーと左右に少し髪を纏めたヘアスタイルで、身長は低め、年齢は14歳くらいだろう。

彼女は砲塔上のハッチから体を出している。


 僕は前世で死に、この世界に転生した。

その時、最初に目の前に居たのがシェシアである。


 そして、どうやら彼女が僕をこの世界に召喚した……らしい。

らしいと言うのも、僕は異世界召喚する前に前世で死んでしまっていたので、単に転生した可能性もある。


 だがまあ、死んだ魂がそのまま異世界に召喚される事もあるのだろう。

定義なんてのはこの際どうでもいい。

問題はこの戦車だ。


 こんな戦車の姿では街にも入れないだろうし、入れたとしても身動き不可能だろう。

そもそも無機物であって、某作品のようなスライムや蜘蛛みたいな人外の生き物ですらない。


 確かに戦車の姿で異世界に転生したら、それこそスキル無しでも素の性能で無双できるだろう。

しかしそれはあくまで兵器であり、戦う事を前提とした場合である。


 いかに九七式中戦車が戦車の中でも小さい部類とはいえ、普段の生活では全長5.55メートル、全幅2.33メートル、全高2.23メートル、重量約15tのスペックは不要以外何物でもない。


 その分、シェシアが召喚者として事情を分かってくれているのは大分マシだ。

…………もし、俺が戦車じゃなく普通の人型で召喚されていたら、それこそ最高だったんだがなー。

シェシアってかわ……おっと、これ以上考えるのは止めておこう。


「シェシアね、りょーかい覚えた。」


 そう答えると、シェシアは「次は言いませんからね」と小さく呟く。


「それで、攻城兵器壊したらどう動けば……」


 ハッチから身を乗り出しているシェシアに向けて、質問の続きを聴こうとした時だ。


 ギヤァァァン!!!!


 耳をつんざくような音が、僕達を襲った。


「な、なんだ!? って痛ってぇ……!?」


 同時に、体の側面に痛みを覚えた。


 かなり痛い……。

例えると小学生の時、勢いよくこけて腕を思いっきりレンガの地面に擦った時のような痛みだ……。


 つまりだ。


「そ、側面装甲が抉られてるぅ!?」


 予想外だった。

たまたま側面をかすっただけだったから対して大きな損傷で無かったが、もし正面から直撃されると確実に貫徹されるだろう。

そうなった場合、僕はどうなるのか?


 それはつまり、死だ。


「バリスタの攻撃……それも魔法で威力がブーストされてますから、直撃したら死にますね。」


 シェシアは冷静に今俺を襲った凶弾を分析する。


「ま、魔法で大型弩弓バリスタの威力をブーストォ!?!?」

「いまあの都市を攻撃している国はエステレイヤ帝国。世界でも有数の魔法技術を有する大国ですし、なんら不思議じゃないですよ。あ、ちなみに補足情報ですが、現在帝国は各地で戦争を起こして周辺の国を傀儡化し、急速に国土拡大中の強国です。」

「えっ…………??」


 世界有数の魔法技術がある? 急速に国土拡大中で、ノリに乗ってる帝国だって??


「き、きっ聞いてないんですがぁぁっ!?!?!?」


 思わず声を荒げる。


 そんな話聞いてない。

俺はただ、「国家存亡の危機に瀕している王国を帝国の侵略から助けて欲しい」と言われただけだ。


 た、確かに深く理由も聞かないまま承諾した僕にも非はある。

だけどせめて、凄い魔法技術があるぐらい教えてほしかった!!

知ってれば回り込むとか、夜中に奇襲するとか色々やりようはあったのに。

少なくとも、知ってたら戦闘中の敵陣に真昼間から障害物も大してない平原のど真ん中に突っ込むことなんてしなかった!!


 わなわなとする俺に、シェシアは冷静に柔らかい声音で答える。


「そうですね。言ってないから聞いてないのも当然です。」

「なっ……」

「まあ安心してください。これでも私、回復者ヒーラーとしてかなり腕がありますから。例え腕の二本や三本、内臓の三っつや四つ壊れても、直ぐに治せますよ。………………即死しなければ」

「ほうほう、つまりその即死しない限り人外でも瞬時に再生できる圧倒的回復速度があれば、帝国相手にも僕達で勝てると…………。うん、あれは直撃したら即死できるんですが????」

「あ、そういえばチハさん知ってます? 召喚された者は自身を召喚した人には一切逆らえないんですよ。」

「初耳です!!!!」

「ですね、初めて言いましたから。」


 シェシアは軽く微笑みかける。


 なるほど、つまり召喚者であるシェシアの命令を無視して引き返したり、帝国に白旗振るのも不可能ってコト……。


 ドゴォン……ドゴドゴォン!!


 今も帝国軍が僕達に向けて魔法で強化された攻城兵器群の凶弾を浴びせてきており、着弾するたびに地面が抉られ大きなクレーターを作っている。


 加えて、バリスタよりも巨大な攻城兵器である投石器カタパルトも、その巨体を徐々にこちらへ向けているではないか。


「…………………………スーっ」


 僕は覚悟を決めた。

決めたというより、決めざるを負えないというか、そうするしかない。


 既に退路は無い。

降伏するのも逃げるのも、召喚者であるシェシアの命令が僕を縛っていてできない。


 つまり、進み続けるしかない。

いかに敵が強大な帝国でも、生き残るためには九七式中戦車チハの性能を信じて目の前の障害を破壊しなければならない。


 僕はシェシアに向けて……いや、僕自身にも向けて言う。


「……行くぞ。九七式中戦車チハの力、とくと見せてやるさ……!」

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