第6話
「申し訳ありません。アイラ様の確保に失敗しました……」
近衛兵の一人からの報告を受け、それを聞いたメトシェラ王国の第二王子であるエメロン・ディア・メトシエラは「ふむ……」と呟いたのち、手元にある本をペラペラとめくる。
「……まあ、いいでしょう。アイラは遠征中の騎士団に任せるとして、あなた方は要人の確保を進めなさい。」
「はッ!」
報告を終えた近衛兵が出ていくのを確認した後、エメロンは視線をこの広間の最奥、玉座に腰かける人物に目を向ける。
「おいおいおい! オメェあんなガキ一人捕まえられねぇのかぁ? こんなんじゃあ国なんか統治出来ねぇだろうよぉ!」
足を組み横暴な態度を取る男は、メトシェラ王国の第一王子であるクルメン・ディア・メトシエラ。
弟であるエメロンを蔑むように口角を上げて見下す。
「……いえ、これも計算の内ですよ。それより、兄上はもっと自分の置かれている立場を理解した方が良いかと。」
玉座の間を囲う様に、近衛兵がずらりと取り囲んでおり、後方には王宮魔法使いも控えている。
その中央にいるクルメンに向けて武器を向けており、クルメンも重厚な鎧と最高品質の大剣を持っているが、絶体絶命には違いない。
しかし、そのような状況でありながらもクルメンは落ち着いていた。
否、危機感すら抱いていなかった。
それどころか、不敵な笑みを浮かべ「ハハハハハッ!!」高笑いをする。
「知ってるぜ? オメェは俺に手出しはしねぇ。いや、手出できねぇんだろ?」
「…………」
「確かに、俺一人じゃあこの人数相手に勝ち目はねぇ。けどよ、こっちには
「……そうか。兄上がそうまで言うんでしたら、どっちが強いか確かめてみますか?」
その言葉に、クルメンはニヤリと笑う。
「ハッ! まったく冗談きついぜ! こっちは殺しのプロだ。殺し合いじゃぁねえ、
その言葉に、取り囲んでいた近衛に少し動揺が広がる。
無理もない。
現にクルメンに敵対した者の多くが殺されている。
「……クルメン王子──いや、兄上をお部屋へお連れしろ。不自由はさせないよう、迎賓待遇で、だ。」
そう指示すると、近衛兵が警戒しつつクルメンに歩み寄り、取り囲む。
「はーん? 俺を生かすのか? 一国の王がこんな事で怖気付いたんじゃぁねぇだろうなァおい!」
「連れて行け」
まだ何か言おうとするクルメンを、強引に部屋に連行する。
他の近衛兵や王宮魔法使い達にも指示をおこなった後、無人になった王座の間に一人、エメロンは残った。
見上げるのは王座。
今まで、その地位に立つとは思わないほど遠かったその王座が目の前にある。
そこに今日まで立っていた
エメロンは空席になった王座に手をかける。
「────」
一瞬の瞑目の後、その瞳には強い光が宿る。
それはエメロンの欲望、渇望していた希望でもある。
「──これで、良い。」
そう、全ては計画の内。
帝国との戦争中にクーデターを起こし国王を殺したのも、その上でクルメンを生存させてアイラも逃亡させたのも。
アイラが突然現れた
──────────
メトシェラ王国の王都から北方に向かう事約二時間。
夜も深くなってきた所で、微かに松明の光が見えた。
「……あれが王国騎士団の野営地か?」
その疑問に答えてくれただろうシェシアは既に寝ているが、道中に聞いた通りだと、帝国軍の本体を攻撃するべく遠征に出ていた王国騎士団の主力だろう。
王都がクーデターによって落ち、王宮の近衛や駐在する騎士団が敵になった今、味方にできるのは遠征中の王国騎士団しかない。
シェシアの話によれば、この騎士団を率いる団長は王国への忠誠心が高いみたいだし、いよいよ縋らない手は無いだろう。
「ま、とりあえず接触してみるしかないか……」
いくら辺りが真っ暗でも、周囲が静かすぎるため戦車のエンジン音はハッキリと聞こえる。
ここは堂々と行くべきだな。
そう思って、僕は周囲を警戒している騎士に話しかけ、どうにかこうにか交渉した末、騎士団長と話す事となった。
幕舎の中に招待されかけたが、生憎、
四方を陣幕によって覆われ、松明の光が騎士鎧と僕の車体を照らす。
その陣幕の中央奥に、一人だけ軽装で眠そうに目を擦る中年の男が座っている。
騎士団長ガルガメッシュ・ローダン。
短く刈り込んだ髪は青髪で、露出している肌にはどこも古傷が残っている。
口調は丁寧さのかけらもなく、騎士道精神なんてものは感じ取れないが、彼の碧眼から放たれる眼光は思わず後ずさりしてしまいそうになるほど力強い。
まさに歴戦の猛者といった感じだ。
「……んで、話はちょっと聞いたがよ、細けぇ話は明日にしようぜ。夜じゃ頭が回んねぇしよ。」
その問いに「わかりました」と頷く。
事情を詳しく知ってそうなシェシアやアイラ……様? の二人は幕舎で休ませてもらっているし、詳しい話は彼女らを交えての方がやりやすい。
ちなみに、アイラ様の負っていた傷は、シェシアの魔法で完治はしている。
しかし、傷のショックか気を失っており、今日中には目覚めそうにない。
少し……いやかなり緊張していたけど、明日に繰り越されるようで良かった。
「……だが──」
「ッ……!?」
すると、内心ホッとしていたところで、騎士団長ガルガメッシュの眼光が格段に強くなるのを感じた。
「一つ確認しとく事がある。あんたらは王国の味方か? それとも敵か? どっちだ」
「…………」
その問いに、一瞬困惑する。
僕たちはアイラ様を助け、ここまでやってきたわけだが、今はそもそも「王国」が何を示すのかがあやふやになっている。
一つはクーデターにより成立した新しい政府。
シェシアの話によると王家の第二皇子が首謀者ということだが、彼のクーデターが事実上成功した今、王国を統治するのは第二皇子ということになる。
もう一つは、クーデターによって立場を追われた他三人の王族。
今まで君臨していた王と第一皇子、そして第三皇女であるアイラ様。
クーデターを悪と見なし、正義を是とするならば、王位はこの三人。
その中でも生き残っていて、最も王位継承権が高い人がメトシェラ王国の正当な王であると言える。
しかし、現状アイラ様以外の王族の消息が分からない今、誰が正当な王なのかは分からない。
僕が答えに迷っている様子を見てガルガメッシュは立ち上がり、僕の目の前までやってくる。
「どうなんだ?」
「ッ────」
二メートルは無いだろうが、それに近い身長と、無精ひげをはやした中年でありながら筋肉隆々としたガタイを前に、無いはずの心臓が激しく脈動するような錯覚すら覚える。
こちらが目下げる形であるはずなのに、その威圧感から萎縮してしまう。
人の体であれば、今頃冷や汗でびしゃびしゃだろう。
だが落ち着け、動揺するんじゃない。
落ち着いて考えないと分かるもんも分からない。
──ハー……。
詰まっていた空気を吐き出し、改めて考える。
今、僕たちはどんな立場にいる?
第二王子のクーデターによって殺されかけたアイラ様を救出し、体勢を立て直す兼、助力と正当性を得る為に、王都から王国騎士団の元に来た。
少なくとも王国を滅ぼそうとかそんな事をするつもりは一切無いし、王族であるアイラ様を助けたんだ。
「……僕らは王国の、メトシェラ王国の敵じゃない。そしてできれば、あなた方に味方になって欲しい。」
「ほう? 聞いたところによるとあんたはついさっき召喚されたらしいが、そんな奴が王国にどんな義理があんだ? お嬢……アイラ様の味方をする理由はなんだ?」
「子供を助ける事に理由はいらない。少なくとも、僕は助けを必要としている人間を助けないような性格じゃないですから。」
紛れもない本心を言う。
綺麗ごとのように聞こえるかもしれないが、かといって誤魔化したり嘘をつくのは苦手だし、何より当たり前の事だから。
僕の答えを聞いたガルガメッシュは、「そうか」と言うと、満足そうにニヤッと笑う。
「それを聞いて安心したぜ。ま、細けぇ話はまた明日な。」
「は、はあ……」
「今晩はここで休むと言い。ほんとは幕舎ん中とか屋根があった方が良いだろうが、生憎、簡易的な野営地なもんでな。ゆるしてくれや」
「は、はい! 受け入れてくださるだけで願ったり叶ったりですし……」
それまで張り詰めていた空気が、嘘のように緩くなる。
まるで孫を見るような眼差しになり、トントン、と僕の肩──砲塔の根元辺り──を叩くと、そのまま背を向けて行ってしまう。
「もうお前らも休め。」
「はッ。し、しかし、この者の見張りは……」
「構わんだろう。こいつぁ大丈夫だ。」
「し、しかし……!」
「いらんと言ったらいらん。明日から忙しくなるんだ。休める時に休まねぇといざという時に役に立てねぇぞ。」
「……わか、りました。」
そんな会話の後、ガルガメッシュは本当に見張りを一人も置かず、騎士達と陣幕から出ていった。
「……いい指揮官、いや団長だな」
最初はあまりの覇気に恐怖を抱いてしまったが、団員想いの人柄やよそ者でも受け入れてくれる器の大きさなど、今では尊敬すら感じる。
「少なくとも、絶対に敵にはしたくないな……」
そう心に決め、僕はしばらく眠気が訪れるのを待ったのだが──戦車に睡眠という概念があるのか?──結局、眠気が訪れることはなく、この日は前世より幾分か少ない星空を眺めて過ごしたのだった─────
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