第8話
「~~~~~~!」
アイラ様の口は塞がれ、声にならない悲鳴
をあげた。
それが合図だと言わんばかりに、この場にいた騎士が抜剣。
どうやらグルだったらしい……。
見ると、既にシェシアも捕えられていた。
流石に勇者の妹を殺すことはできないか──そう思った矢先、歩みよってきた騎士は小型のナイフを取り出した。
そして──
「────ッ!?!?」
「なっ……!?」
シェシアの舌を切り裂いたのだ。
「魔法使いは術式を言えなければ魔法が使えませんからねぇ〜。それに、国王陛下が代わられた今、前国王が指名した勇者パーティーの称号など無意味なのですよ!!」
そう、シェシアは魔法使いであり、術式を唱えないと魔法を使うことができない。
舌を切られたいま、シェシアは途轍もない激痛に苛まれる以上に、魔法が使えなくなってしまった絶望感に晒されているのではないか?
10代そこそこの年齢でありながら、素人目で見ても突出した才能があり、これから成長していけば、世界に名が轟くような大魔法使いにもなり得ただろう。
そんな少女の未来を、あの騎士は奪ったのだ。
「て、てめぇ……クラノード……! 何のつもりだ!?」
ガルガメッシュが血を吐きながら声を上げるが、それにクラノードは激昂する。
「何のつもりだ、だと?貴様こそ! 平民の分際で貴族である私を呼び捨てにするとは何のつもりかッ!!」
クラノードと呼ばれた騎士は、うつ伏せで倒れているガルガメッシュに歩み寄ると、その頭を蹴り上げる。
何度も何度も。
途中からは、腕にいるアイラ様が邪魔だと言わんばかりにその辺に投げ飛ばして蹴り続ける。
「てっ……てめぇ……」
「残念ですがアイラ様……いえアイラは既に王女ではありません。今朝、新国王からどんな手段を用いてでも捕らえるよう命令が来たのですよ! ですからねぇ、それを否定したあなたは命令違反。我ら貴族に……国家に対する反逆であらば騎士団長であろうとも許されざる行為!! メトシェラ
「がッ――!」
先ほど剣で貫かれた胸元を鉄製のブーツで踏み込まれ、ガルガメッシュは激痛に目を見開く。
……あぁ、そうか。
こいつは救いようのない悪なんだ。
貴族という立場に生まれたという環境的要因もあるんだろうが、結局こいつはその場所にとどまり続け、人間性を磨くことなく生きてきたんだ……。
――『殺すか。』
「っ────」
ふと、そんな思考が頭をよぎる。
いやいや流石に殺すのは――と思う反面、こんな奴を活かしておいても良いのか? ここで殺しておかないと、もっと多くの人が苦しむような事態になるんじゃないか?そもそも、一人の少女の未来を奪ったやつが生きていても良いのか? こいつは――死ぬべき人間じゃないか?
「――――」
どこからともなく、黒く重い感情が湧きあがある。
無いはずの血液が頭に供給され、自然と全身に力が入るのを感じる。
――あぁ、殺すべきだ。こいつにはとびっきりの地獄を――
とその時、不意に視線を感じる。
見ると、シェシアが僕の方を見ていた。
既に手足を縛られ、出血した血を抑える事も出来ず、今もなおダラダラと赤い血が口からこぼれ落ちる。
――早く、出血死する前に奴を――――
『――チハ』
声が聞こえた気がした。
聞こえるはずのない、舌を切られたシェシアの声が。
シェシアを見ると、舌を切られた激痛に耐えつつも、その濃い桃色の瞳は未だ力を失わず、口元も微かに笑ってみせる。
『──まだ、なんとかなる』
「……ッ!!」
ハッと、思考がクリアになる。
先ほどまで渦巻いていたどす黒い感情が、噓のように晴れる。
この状況になってもまだ、シェシアは諦めていない。
けど、この状態を挽回できる策が何かあるのだろうか? シェシア自身は手足を縛られているし、要の魔法も舌を切られて使用不可。
アイラ様も人質に取られ、ガルガメッシュ団長も即死級のダメージを負っている。
それなのに、誰が一体この状況を変え──
──いや、いるじゃないか。
この場にいる中で最も攻撃力があり、最も防御力があって、対人攻撃能力に特化したオーパーツ的な存在が。
僕は、
シェシアに召喚された──精霊……? であり、その姿はかの大日本帝国陸軍主力戦車である、九七式中戦車チハだ。
シェシアが諦めていないのに、僕が自暴自棄になってどうする。
この状況を容易く変えれる力を持った僕が、真っ先に諦めて良い訳がない。
……そうだ。
まだ何とかなる。
冷静さを失ってる場合じゃない。
一人になった途端弱気になるのも悪い癖だ。
自信を持って事に当たろう。
ふぅ……。
まずは冷静になろう。
どれだけ最低な野郎だとしても、一応クラノードは王国騎士団に所属しているわけで、ここで僕が暴れたら、王国の戦力低下にもなる。
僕の行動によってはこれからの王国との関係や人生――いや戦車だから戦車道か? ――に大きく寄与するのだから、ここは穏便な解決をするべきだ。
『――シェシア、ここは僕にまかせろ!』
シェシアの目を見てそう念じる。
伝わったかどうかは分からない。
ただ一つ確かなことは、涙が出るほどの痛みを感じつつも力強い眼差しが、安堵したように和んだ。
その安堵に、僕は答えよう。
ちょうどその時、クラノードがガルガメッシュに対して、大きく剣を振り上げ、首を落とそうとしている。
だが、その剣が振り下ろされることはない。
ギィィン―—!! と、耳をつんざくような金属音とともに、剣が弾き飛ばされる。
「なっ!?」
「おいおい、僕を忘れてないかい? クラノードさんよぉー」
威嚇のためにちょっと煽ってみる。
煽りも戦術のうちだしね。
「貴様……大人しくしていれば良いものを……一体何をした? 魔法か? 答えよ精霊モドキめ!」
あ、一応精霊の認識なのね。
「何をしたかだぁ? 教えてやってもいいけど、アンタらの脳味噌じゃ理解できないと思うよ??」
「…………貴様、よほど死にたいらしいな……」
あらあら、結構怒らしちゃったみたい。
限界まで怒らせたら静かに怒るタイプっぽいし、煽り作戦はあんまし効果はなさそうかな……?
ちなみに、クラノードの剣を弾き飛ばしたのは、7.7mm口径の九七式車載重機関銃の弾丸だ。
説明してもよかったけど、文字通りこの世界にまだ存在しない技術だろうし、説明したところで意味ないだろう。
「殺せるものなら殺してみなよ」
帝国軍とか魔法職だったらヤバイかもだが、見たところここには騎士しかいないようだし、剣の攻撃では
しかし、クラノードは不敵な笑みを浮かべるとこう言った。
「フッ……まさか対策を立てていないとでも思ったか!!」
その言葉が合図だったかのように、この場にいる騎士全員が起立して、抜剣した剣を天に掲げる。
これは一体……? と思った矢先、円形の魔法陣が僕を覆うように頭上に出現、同時に、暗殺者のような黒ずくめの者たちが幕外から入ってきて、四方八方から鎖を投げつけてきた。
そして―—
「うおっ……」
それらが発光した瞬間、重圧感と倦怠感を感じた。
「どうです? これは対精霊用に作られた結界なのだよ。精霊の根源自体の重さを数十倍にし、吸魔の鎖と掛け合わせれば、魔法の発動もできなくなる。」
確かに、僕は物凄い重圧感を感じていた。
それこそ、成人男性が数十人乗っかかるくらいに。
加えて、魔力が奪われているせいか、貧血のような症状さえ感じる。
「クククッ……威勢の割にあっけないではないではありませんか。こんな雑魚に負ける帝国とは……いやはや、そもそも勝ったという話すらウソ―—」
「もう黙っててな」
クラノードの言葉を遮るように、機関銃の弾丸を兜の角度が急な箇所に向けて一発だけ発射し、直撃させる。
そうすれば、たとえ貫通しても死にはしないだろうし、魔法や結界がある世界なんだから普通の鎧にも何らかのマジック効果が付いているはず。
事実、思った通りに兜に命中した弾丸は、けたたましい金属音を立てて跳弾した。
それこそ、鼓膜が痛くなるくらいに。
その音を超至近距離で受けたクラノードはどうなるかというと?
「ガッ―――—!?!?!?!?!?」
音と衝撃で、一瞬にして意識を飛ばされる。
――フッ、計画通り!
内心でほくそ笑む。
この戦術は本来、対戦車戦で敵の装甲を打ち破れない時に使う方法だ。
最新のMBT戦車の場合は専門外なので分からないが、第二次世界大戦期などでは装甲を貫徹できなくても、何度も何度も命中弾を与え続けて、敵戦車の搭乗員の戦意を喪失させることが出来るくらいには有効な方法だ。
(無論、一撃で撃破できるのなら話は早いんだが……)
今回の場合、対称は戦車じゃなくて人間だし、方法も戦車砲ではなく機関銃だから、それほどの影響は期待していなかったが……耳とほぼゼロ距離で弾丸が跳弾したら誰でも意識飛ぶよね。
そして、今起きたことを正確に理解できる者は自分以外いないわけで、「な、何が起きた!?」「く、クラノード様の意識が……ッ!?」「ま、まさかあいつがやったのか!?」「そんな馬鹿な……!! いくら精霊とはいえ、こんな魔法聞いたことも……」——といったように、大混乱に陥っている。
主犯格たるクラノードがやられたこともあって、半ばパニック状態とも言える。
そりゃ誰だって未知の攻撃を受けたらパニックになるよね。
とはいえ、さすがは王国騎士団の精鋭。
すぐに統率を取り戻すべく動き出す者がいる。
「う、狼狽えるな!! 奴は結界で身動き一つ取れない上に、今も魔力が減少し続けている!」
「ああ、だからこのまま持久戦に持ち込めばいずれ奴も――」
「——そぉーれっ――――と」
そういう奴に対しては、履帯を装備するモノの特権、超信地旋回——左右の履帯を逆向きに動かして、その場で360度回転を行うこと——を見せつける。
え? なんで重量増加の結界や魔力低下の中で動けるのかだって?
そりゃあだって、根源とやらに数十人分の体重の負荷を掛けられたからって、戦車の移動には何の支障もないどころか、そもそも本体が人間の500倍の重さの鉄の塊なわけで、それくらいじゃあ何のデバフにもならない。
魔力低下だって
……あっ、そろそろ燃料補給について考えないとな……。
とはいえ、騎士たちを脅すのには十分すぎる一手だったようで、中には腰を抜かす者もいる。
どうやら、よほど自分たちの対精霊戦術に自信があったらしい。
確かに、普通の精霊なら魔力を制限された上に重量を増加させられたら、身動き取れないどころか衰弱死するだろうけど、今回は相手が悪かったね。
「さて、それじゃあまずシェシアとアイラ様を開放して――」
そこまで言いかけた時、突然周囲が暗くなった。
昼間であるのに夜のように暗い。
まるで、日食のように何かが太陽を遮ったような――
「——ッ!!」
とっさに天を仰ぐ。
「あ、あれは……」
――鳥か??
その威容に、一瞬鳥かと現実逃避してしまう。
翼があるという点では鳥類と同じであるが、普通の鳥と比べてあまりにも巨大だし、鳥のように羽毛で包まれておらず、筋骨隆々とした巨大な翼を持っている。
それと繋がる胴体も逞しい体つきで、手や足もそれだけで人を殺せるくらいに大きい。
そして――。
「ゴワァァァァァ――――——!!」
その
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