第9話


 ドラゴンのブレスにより、周囲が真紅に照らされる。


「やばッ――!!」


 咄嗟に主砲を撃とうとしたが、仰角の関係で照準できない。


「くそ……ッ」


 せめて盾になろうと思い、シェシアとアイラの元に行こうとして――。


 パニックで混乱に陥った陣中で一人、シェシアは落ち着いた様子で起立していた。


 そのマラヤガーネットのような深い桃色の瞳は、見据えるように頭上のブレスを映していて、その右手は高く掲げられている。


 そして、完全にパニック状態になったこの状態の中、聞こえるはずのない声が響いた。


「——シールド・ディメンション……!!」


 その詠唱と共に巨大なシールドが頭上スレスレに出現し、襲い来るブレスを完璧に防いだ。


「す……すげぇ……」


 シェシアの行動を見て、思わずそんな言葉が出た。


 というのも、全員の意識が上に向いた瞬間素早く拘束を解いて、すぐに治癒魔法で舌を治療し、完治する前に防御魔法を唱えたのだ。

ドラゴンが出現してから十数秒程度しか経っていないにも関わらず、これほどまでに完璧な対応を十代の少女がやり遂げたのだ。


 その姿に感嘆していると、シェシアはアイラを連れてやってくる。


「ふ、二人とも大丈夫か? シェシアも舌は――」

「そんなことより、早くこの場から逃げますよ!」

「えっ……に、逃げるって言っても……」


 あのドラゴンが自分の手には負えないことは分かっている。

だから逃げるという選択肢も納得がいく、が……。


「あのドラゴンをどうにかしないと逃げられなくないか? それに……」

「叔父様を見捨てるなんて……」


 ──嫌なのです──と、拘束を解かれたアイラ様がそう言う。


「……ま、そういうわけだし、多少抗ってみようや。放置していてもまたどこかで邪魔されかねないし、それに、ガルガメッシュ団長を置いてはいけないよ」


 とは言いつつも、これは僕のエゴだ。

あれこれ理屈で取り繕ってはいるものの、その根本には「悲痛に叫ぶ少女アイラの姿を見たくない」という思いがある。


「ですがチハ、指揮官を失った騎士団が役に立つかどうか――」


 そこまで言いかけた時。

ジュワァンと、重厚な金属が擦れる音が響いた。


「なっ――」


 見ると、そこには身の丈ほどある大剣を高く掲げた騎士の姿があった。

鎧には鮮血が付着し、短く刈り込んだ青髪も、所々血で赤く染まっている。



「テメェら! たかがドラゴン野郎一匹にビビるんじゃねぇ!! それでも王国騎士団か!?!?」



 その、お世辞にも丁寧とは言えない口調で発せられた声は、瞬く間に陣全体へと広かった。


『――――ォォォォオオオオオオオオオオ‼‼‼‼‼‼』


 一瞬の静寂の後、周囲から鬨の声が挙がり始め、次第にそれは戦場を包む。


 上空のドラゴンも、それに対抗するように「グルゴォァァァァ────!!」と咆哮する。


 そして当の本人──王国騎士団団長ガルガメッシュ・ローダンはというと、鬨の声に満足したのかニヤッと笑みを浮かべる。


「ここはオレ達に任せてオメェらはお嬢を連れて先に行け!」


 その声は致命的な負傷を負っているとは思えないほど力強く、空気がビリリッと揺れる。


 しかし重傷であることは間違いなく、その言葉を言い終えたと同時に口から血が流れる。


「叔父様……!!」


 駆け寄ろうとするアイラだったが、それを振り払うかのように、ガルガメッシュは大剣を大きく振り被った。


「──シッ!」

「っ! シールド!!」


 シェシアがシールドを展開したのと同時に、振り下ろされた直剣が衝突する。


「えちょっ、が、ガルガメッシュ団長ぉ!?」


 い、今の一撃は確実にアイラ様を殺せる一振りであった。もしもシェシアが防がなかったら一刀両断とはいかずとも、アイラ様は死んでいただろう。


「――いや、まさか……」


 シェシアの盾と拮抗する中、ガルガメッシュは「フッ」と笑みをうかべる。


「これで俺は正真正銘の反逆者だな。お嬢、こういう時はどうすればいいか覚えているかい?」

「え……け、剣を抜き、正対しつつ信頼できる者と合流して逃げる……、ッ!」


 状況を理解しきれず発した言葉にアイラ様自身がハッとする。


「そんな――」

「シェシア殿は勇者シンシアの妹だというし、信用できる人間だ。実力も申し分ねぇしな。」


 そう言うと、ガルガメッシュは剣を引き、頭上をホバリングするドラゴンに目を向ける。


「──っと、ドラゴンがいるんじゃあ王女さまを殺す暇がねぇなぁ。今逃げられたらどこに行くか見当もつかねーよ」


 いやーこまったこまった――と、頭を掻くガルガメッシュ。

それを合図と言わんばかりに、シェシアがアイラ様の腕をつかむ。


「やめ――ッ」

「――スリープ・エフェクト=セレアイラ」


 シェシアがそう唱えると、激しく抵抗しようとしていたアイラ様がグッタリとシェシアに寄りかかる。

術式からして、対象の人間を眠らせる魔法であろう。


 強引だな……とは思いつつ、これが一番合理的だと思える自分が憎たらしい。


「……団長殿、ドラゴンあれの足止めをお願いしても?」

「おうよ。あんたも、お嬢の事は任せたぜ」

「あぁ、言われなくても。」


 その答えを聞くと、ガルガメッシュは腰を低くし、大剣を斜め下に構える。


「──墜蝶一閃バーチカル・バード!」


 その瞬間、ガルガメッシュの姿が消えた。


 いや、本当に消滅した訳では無い。

目に見えぬ速度で跳躍し、上空のドラゴンの片翼を斬ったのだ。


『ゴァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛────!?!?』


 ドラゴンが揚力を失い、落下してくる。


ガルガメッシュ団長あの人意地でもここから僕らを逃すつもりだな……」

「チハ! 東へ──あの森の方向に向かってください!」


 シェシアがアイラ様を抱えて駆け寄ってくる。


「了解した!」


 2人が車体前方に乗ったのを確認し、発進する。


 ズゥゥゥゥン──……。

 

 発進してすぐ、陣のど真ん中にドラゴンが墜落してきた。

見るとまだ生きているらしく、騎士が取り囲んだと思った瞬間、ファイアブレスで炎の壁をつくり、接近を許さない。


「シェシア! 危ないから早く中に──」


 そこまで言いかけて気がつく。

シェシアとアイラ様の姿がない。


 まさか、落とした!? そう思って周囲を見ようとした時、


「ここからだと窮屈ですね……」


 そう言って、前方ハッチからシェシアが出てきた。


「あ、なんだ、そこから入ったのか……」


 安心安心。

確かに、砲塔ハッチからよりもそっちの方か近いよね。


 ………………あれ? そこから出入りできる事って、まだ教えてなXXXXXXXXXXXX────

──────────


「今からメトシェラ王国の旧都に向かいます。」


──────────

 ──あれ? 何だっけ?


 なんか一瞬思考が停止した気がする。


「チハ聞いてます?」


 砲塔ハッチから身を乗り出したシェシアがそう言ってくる。

まあいいか……、最近色々あったから疲れてるんだろう。


「ごめん、物凄くボーッとしてた」

「何してるんですか全く……」

「ゴメンって、んで、何だっけ?」

「今から、メトシェラ王国の旧都に向かいます。」

「ほう旧都……なるほど、一旦身を隠すのか」


 確かに、別の街行っても既にエメロンの手が回っているかもしれない。

命を狙われ逃げ続けるよりは一旦生死不明にして、水面下で準備を進めて機を見て王国を奪還すればいい。


「いえ、旧都といっても、現在も街としての機能は残されていますよ?」

「え? そうなの? ってことは、そこに駐在している有力貴族だとか辺境伯とかに協力を頼むのか。」

「それも違います」

「???? それじゃあ一体何なんだ?」


 そう聞くと、シェシアは勿体ぶるように「オホン」と咳払いをして言った。



冒険者の都市ギルドタウンがあるんです」



─────おまけ─────


「……なあ、やっぱり危険でも遠回りするべきだったんじゃ……?」

「ハァ……ハァ……ハァ……」


 ここはギルドタウンへ続く街道――から逸れた森の中。

エメロン方に発見されないよう、森の中を突っ切ることにしたのだ。


 とはいえ……。


「流石に九七式中戦車このガタイで森の中は厳しいって……」

「ほんの……これしき……」

「結構進めたしもう周りも暗くなったしさ、明日に備えて今日はもう休もうよ」

「ハァ……ハァ……っ……ハァ……」

「…………、木を根っこごと引っこ抜いて、それを保持しながら同じ作業続けて、進んだら木を元にあった場所に戻す作業……疲れないはずがないだろ……」


 かれこれ日が暮れるまで数時間、ぶっ続けで木を抜いては植えてを繰り返す作業を行っている。

複数同時に魔法を使ってるっぽいし、魔力の消費も相当だろう。


「な、残りは明日進もうぜ?」

「…………わかり、ました。残った、木は……ハァ……焚火が見えないよう、壁にします、ね……」

「お、おう。無理せんでな?」


 現在地、メトシェラの王都から見て北東100㎞無いくらいの位置であり、ギルドタウンまではこの森をもう3分の1抜ければという位置なのであった。



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異世界ならチハ(九七式中戦車)でも無双できる説! 清河ダイト @A-Mochi117

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