第10話

 メトシェラ王国第三王女アイラ・ディア・メトシエラは、母であるアイコ・ディア・メトシエラの唯一の子女として産まれた。


 普通の王国の場合、王族の娘というのは男子ほど立場は高くない。

何故なら、王子は時期国王であることや、そもそも社会全体の認識として「女性」自体の地位が低いためである。


 しかし、メトシェラ王国で産まれたアイラは違った。


 アイラは生後満たない頃から様々な訓練を施される。

歩行や言葉の学習は勿論のこと、歩けるようになってからはランニングや筋トレ、剣術や体術、読み書きや算術、魔法まであらゆる分野の鍛錬を強制させられた。


 それは何故か。

メトシェラ王国では異世界でも珍しい、女系王朝だからである。


 故に、一人娘であるアイラは時期女王として相応の教養と能力を身につけなければならなかった。


 無論、教育係はもっぱらメイドや傍付きの騎士ばかりで、両親から直接勉強を教わる機会は殆ど無かった。

それどころか、母親はアイラを産んで以降一度も顔を見せたことがない。


 子供は親や育て親からの愛がなければ直ぐに死んでしまう。

では、なぜアイラは12歳まで成長することが出来たのか?


「うぉぉぉぉアイラぁぁぁぁ〜! おとーさんが来たぞぉ〜ぅ!!」


 それはひとえに、父コルトランからの熱烈な、それはもう熱烈な愛情によるものだ。


 ある日は自室で自主勉強をしている時。


「勉強の調子はどうだ〜? おっ! そんな事もできるようになったのかぁ!! いやぁ〜アイラは凄いな〜可愛いなあ愛おしいなぁ──」


 ある日は徹夜明けで朝食を届けてくれた時。


「おはようアイラ! おお、凄い隈じゃないか。それだけ勉強頑張ってるんだな! 偉いぞぉ〜!」


 ある日は訓練の怪我で立ち上がる力も失せた時。


「あちゃぁ酷い怪我をしてるじゃないか。大変な訓練だったんだな。けど、この前より傷が減ってるぞ!! その調子でもっと強い子になるんだぞぉ〜!」


 ある日は実剣での剣術の練習の時。


「ほら! どうだ〜この剣! 帝国の奴らから奪った戦利品だ!! アイラの為にとびっっきり切れ味の良い剣を造らせてやるからなぁ!」


 父はアイラの努力を全て認め、そして心から喜んでくれる。

それに対し、「ありがとう」とつたない声で返すと、父はもっと喜んでくれる。


 それが生き甲斐だった。

それだけが生き甲斐だった。


 けれどある日、父の姿が消えて──、


 ──────────


「──────ぁぁぁああああああ!!」


 覆い被さるような不安感と恐怖がアイラを襲い、それを振り払うように叫び、飛び起きる。


「――!? び、ビックリした……。い、いきなり叫んでどうしたんだ……?」

「うるさいですね……追われてるかもしれないから──って、やっと気が付きましたか。」


 焚き火を半包囲するように、右にチハが、左どなりにシェシアが横になっている。

周囲は、薄暗くて見えにくいが丸太の壁が2メートルほど建てられており、視線を少し上げると木々の葉が見える。


 ──ここは……森の中?


「大丈夫? 悪い夢でも見たのか……?」


 チハが心配そうに声をかける。

それをアイラは不思議に思いながら、「……なんでも、ないのです」と答えた。


「チハ、タメ口になってます。相手は王族ですよ?」

「あ、そうだった。つい慣れで……」


 シェシアはジト目で、おいおいこいつマジか──というような視線をチハに向ける。


 そんな様子を見てアイラは、チハあれは一体何なんだろう?──という疑問を持つ。

人や魔物……生物とは言い難い形状をしており、彼または彼女から発せられるの出処が何処かさえ分からない。


 ただ、1つ確かなことは彼の名前は「チハ」であり、王国にて語り継がれる伝説においては同名の千破チハという兵器が存在し、それを主戦力としたメトシェラ王国はその時代の覇権勝ち取ったのだ。


 ──しかし、人の言葉を話すなんて記載は無かったはず……。それどころか、あの時代の物は全て最終戦争の余波で消滅しているはずなのに、なんでまだ存在しているの……?

 

 

 しかし、この場にいる二人(?)がアイラを助けてくれたこともまた事実。


 ふと、まだ謝辞を伝えてない事を思い出し、頭を垂れる。


「……いいのです。御二人は私の……恩人なんですから。なんと言って頂いて構わないのです。」

「そ、そう……? でもそちらがこちらに敬語で接されるのも、立場や慣習的に色々問題がある気が……」

「慣れなので気にしないで欲しいのです。」

「慣れで片付けられた!?」


 両親が居ない。

 それがアイラのよそよそしさを増長させ、誰かとタメ口で話すことは出来なくなった。


 ──一人を除いて。


(痛ッ……!?)


 突然、雷が頭に落ちたような痛みに襲われる。


(いっ──たい、今のは……!?)


 ふらついて倒れそうなるが、堪える。

 ──これ以上、心配を掛けさせるわけにはいかない。


 アイラが痛みを堪えるのを他所に、シェシアとチハの会話は続く。


「おっと、王族であるアイラ様が「慣れ」を口実に敬語を正当化されるんでしたら、私の口調も慣れで片付けていいですね。」

「たしかに……ってすごい便乗するじゃん。それだったら僕も敬語で話す事には慣れてるし──」

「おや? さっきタメ口で話すこと慣れてる見たいに言ってたじゃないですっけ?」

「そ、それはそうだけど……」

「それに、なーんか異様にテンション高いのは何故なんです?」

「そりゃあ僕は夜型だからね」

「ふぅーん」

「聞いたのにむっちゃ興味無いやん……」

「ふぁ……そんなことはどうでもいいんで寝かせてください……あ、チハは適当に周囲を監視してて下さいね。」

「りょーかい。……って、僕だけ扱い適当じゃない!?」

「? なぜチハを敬わないといけないんです?」

「……僕が間違ってマシタ」

「おやすみなさい。」


 アイラはこの会話が続く間もずっと激しい頭痛に襲われており、途中でその場に座る。


 ──親しそうに会話してる。一体どんな関係なんだろう?


 ──シェシアは相手が人でもないのに、どうしてそんな風に自然な会話出来るの……?

 私は…………私は、人ですら難しいのに、……。


 ──本当は、、私も、、……──。


「ッ──……ぐ……。」


 再び激しい頭痛に襲われる。

 いや、今回は今までよりも強い痛みだ。


 あまりの痛みで涙が出そうになる。

 焚き火の揺らぎすら不快に感じ、掛けられていた布に再び包まる。


 しばらく、無言の時間が過ぎる。

 アイラは痛みに苦悶し、シェシアは寝た。

 チハは無言のまま、炎を見つめ続ける。


 ──……つらい、な。


 ふと、そんな言葉がよぎる。

 かといって、誰かに頼ることも出来なければ、頼る相手もいない。


 頼れる人達みんなこの世から居なくなってしまったのだから──。


 ──あぁ、また痛くなる。


 悪いこと、嫌なこと、トラウマを振り返る度に頭痛に襲われる。

 これまでの傾向でアイラはそこまで理解出来た。

 かといって、考えを止めることは出来ない。


 メトシェラ王国を継ぐのは私だ。


 だから強く、人に弱みを見せてはいけない。


 どんな事でも自分の力で解決しないといけない。


 自分の力でどうにもならないことがあるなら、無くなるように沢山勉強して、訓練して、実践してできるようにならなければならない。


 嫌なことでも、辛いことでも、悲しいことも、絶望も──全て乗り越えないといけない。


 絶対に止まることは許されない。


 未来へ王国を存続させる道がどれだけ険しかろうと、進む義務がある進まないといけない進むべきであり、繋ぐべきであり繋がないといけなくて繋ぐのが私の役目で、繋ぐために私がいて私という部品が王国の一部分でその一部品が積み重なって王国が出来てるわけで自我を殺してでも我欲を殺してでも王国の歯車になる必要があって立派な歯車部品として完璧である必要があるからたとえどれだけ辛くとも悲しくとも痛くとも絶望しても直ぐに立ち直って進まないといけなくて──


 ─────


 ──思考が加速する。


 ──無制限に──無限大に。


 ──思考が加速すればするほど、コア脳細胞に流れる電流の量は増加し、行き来の回数も増加する。


 ──何度も何度も……電流が行き交う度に部品は劣化していく。


 ──壊れて完全に劣化しまったらどうなるか?


 ──それはだ。


 ──加えて今のアイラには、を補修するために激しい電流が


 ──多少の自己修復が可能だったとしても、短期間にこれほど大量に流れたら、確実に回路は壊れてしまう。



 ──アイラは今、死の寸前に立っている──

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異世界ならチハ(九七式中戦車)でも無双できる説! 清河ダイト @A-Mochi117

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