第2話

成績を返されて一喜一憂するクラスメイトの声を聞きながら何を思うわけでもなくプリントと睨めっこしていると、前の席の新田が椅子を傾けながら僕を振り向いた。僕の隣の席はいつもの如く空席だ。


「白明は成績どうだったか?」

「普通。新田は?」

「普通ってなんだよ普通ってー。まぁ俺もなんだけどな!!」

「ちょっと?」


笑いながら小突きあう。そうこうしているうちにプリントを返却するだけの授業は終わった。


「じゃあなー白明―」

「新田も部活頑張ってー」


テニス部の新田と文芸部の僕では放課後の過ごし方は全く違う。毎日のように部活がある新田は今日も練習に行くらしく、スポーツバッグとリュックを肩に担いで廊下を走っていった。手を振ってそれを見送る僕は活動日が少ない文芸部のため、帰宅部同然の放課後を過ごしている。


小説の題材になるようなものはないか、周囲を見渡しながら下校するのが僕の日課だ。今日もそれとなく周囲を観察しながら坂道を歩く。


友達と雑談しながら帰る周囲とは違うかもしれないけれどこれはこれで結構楽しい。


今朝は蕾だった花が咲いているな、とか。

今日もあのおばあさん、犬の散歩をしているな、とか。

前まではあった入道雲がすっかり見られなくなって、秋になったな、とか。

子供向けアニメで見るような魔法少女のステッキを持った子がいるな、とか。


「…………え??」


数メートル先の街路樹の下で、その少女はいた。流しそうになったその光景を二度見してしまう。


小柄な少女には大きな黒のパーカーを来ていて、薄手のストッキングをはいているようだった。靴は黒いブーツだろうか。黒猫が彼女の足元でじゃれついていてよく見えない。顏も猫耳付きのパーカーのフードをかぶっていて口元までしか見えない。そして手には紺色と金色のステッキ。


だ、だれ……?


高校生活二年目、一年半以上この道を歩いていて初めて見る人だ。日本人もハロウィンにはあんな風な格好をしたりするのかもしれないが、まだハロウィンは先だ。思わずガン見していると、足元の黒猫を抱き上げた少女と目があった。


透き通るような、鮮烈なピンク。


「————っ!」


何か声をかけないと、という咄嗟の思考は背後のやかましい音でぐちゃぐちゃになった。振り向けば、坂道を転がり落ちてくる大量のテニスボール。


「……はぁっ?!」


坂の上を見上げれば、段ボール箱を抱えて慌てふためく新田の姿。あいつ!?


勢いづいて跳ねてすらいる数多のテニスボールを取り敢えず数個だけでも捕まえようとしゃがみ込んで手を伸ばす。


ふわりと、風がそよいだ気がした。


三十個はあるテニスボールが、全てゆっくりと減少していき、僕の手前に来るときには止まっていく。坂道で、ボールが転がらないなんてあり得ない。


それこそ、魔法でも使わない限り。


そして、この地球には魔法なんてものは存在しない。だからこれはきっと奇跡。でも僕は、この現象を奇跡ではなく魔法と呼びたかった。だって。


止まったテニスボールたちを拾わず、ゆっくりと背後を振り向く。


「貴女は、なんていう名前なんですか?」


僕の声に、魔法ステッキをくるりと回していた少女がフードをずらす。少しだけ露わになる、綺麗な顔立ち。


「リヴィ。魔法少女リヴィなのよ。アナタは?」


まさか問いを返されるとは思っていなくて目をぱちくりとしてしまう。背後からは新田の声。


「し、白明しらあか由緒ゆお。——あ、あの、キミは魔法を使えるの?」


普通の人にこんなことを言ったら何言ってんだこいつという視線を向けられて終わりだろう。けれど、リヴィと名乗った少女はステッキを振ってみせた。


「使えるのよ。だってリヴィは夢を見ているもの」


少女の肩の黒猫が、にゃーん、と鳴く。


ありふれた僕とありふれていない少女の出会いだった。

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