大丈夫。あなたを補う人はきっといるから。

ドライでちょっぴり暗い性格の無量弐千佳。
人懐っこくて明るい性格の有瀬安吾。
この二人が事故物件の後始末、「特殊清掃」の仕事に勤しんでいく物語……なんて言うと、いわゆる「お仕事系」のお話に聞こえるかもしれませんが。
まぁ、多少そういう性格はあるかもしれません。ですが特筆すべきはやはりこれ。
――事故物件に根付いた霊を祓う、まさに「特殊」清掃。
前の入居者が自殺したから割安で住める……なんて話はたまに聞きますね。いわゆる心的瑕疵物件というやつです。本作の主人公の一人、無量弐千佳はそうした瑕疵を癒す、あるいは塞ぐ仕事をしています。すなわち「事故物件に短期間住み、そこにいる霊を祓って物件の価値を元通りにする」仕事です。
この仕事に従事している無量弐千佳さんはある日、知人の伝手で妙に明るいチャラ男、有瀬安吾くんを助手として紹介されます。それまでも何人か助手を雇っていたのですが仕事柄なかなか適合する人に出会えず……そんなところにやってきたのが彼でした。
さてさて、そんな二人が立ち向かう事故物件は……おっと、ネタバレになりそうですね。控えます。
各章それぞれなかなか強力な霊が現れます。いずれもこの世に未練を残して死んでいった人たち。悲しみの中に、人生に対する「狂い」や「歯車の噛み違い」がひと匙。
そうした霊と向き合ううちに、それも安吾くんというこれまでとは違うアシスタントと仕事をしていくうちに、弐千佳さん自身の中でも変化が起きていきます。これは今までの助手ではなかったことみたいですね。安吾くんとの出会いは色んな意味で弐千佳さんに影響を与えます。
さて、お気づきの方はいらっしゃるでしょうか。
弐千佳さんの苗字「無量」と安吾くんの苗字「有瀬」。頭を取ると「有無」になりますね。
ここで二人の「気」についても触れます。
弐千佳さんは家系的に霊能力者の家で、「陰」の気を使います。安吾くんは天性の「陽」の気で、この二人、「陰陽」になっているんです。
有無と陰陽。反対の属性を持つ者同士が、お互いを補い合いつつ前に進んでいく物語。こう聞くだけでワクワクしませんか? バディものとしてとても面白い気配がありますよね。
本作にはそんな二人の目覚めも葛藤も前進も、悲喜交々、詰まっています。これを追うだけでもとても面白い。
しかもそれに加えて、各章ごとに「なぜこの霊はこんな悪さをするのか?」という謎解き要素も加わります。他の方のレビューを見れば分かりますが、ホラミス、と捉える向きもありますね。ですが人生での悩みや悶々とした思いへ正面から向き合う本作は、純粋な人間ドラマとしての趣もあります。
それぞれの章を読んだあなたなら分かると思います。どの章の霊も「相手がいなかった(欲しかった)」あるいは「相手に干渉しすぎた」「相手を突き放したかった」のですよね。陰陽の相手がいなかった、欲しかった。陰陽のバランスを崩してしまった。だから狂ったし、だから根付いた。いずれの霊も有無コンビの対比関係にあることに、きっとあなたも気づくはず。
僕が本作を読んで思うこと、それは「大丈夫、あなたのことを補う人はきっといるから」ということです。これは自分に向けてのメッセージでもありますし、これから本作を読むあなたへのメッセージでもありますね。
きっとこの物語に感じ入るところのある人は、恋愛だったり友人だったり家族だったり、何か人間関係に「瑕疵」があるのかもしれません。でも大丈夫、きっとそんなあなたを補う人がいるから。本作にはそんなメッセージがあるように思います。
この作品を読んだあなたは、今隣にいる人との関係を少し見直したくなったり、感謝したり、拒否反応が出たり、色々経験するでしょう。この物語は変化の物語でもあります。もう変わることのなくなった「霊」という存在に向き合う二人が、徐々に変化していく物語。その過程であなたが経験するような心の変化を作中の二人も経験していきます。
だから大丈夫、本作の二人が変化への向き合い方を教えてくれます。安心して、心揺さぶられてください。
この作品の二人はお互いに踏み込みすぎたり、距離を取りすぎたりはしません。安吾くんは弐千佳さんの根幹に触れようとはしませんし、弐千佳さんは安吾くんを突き放したりもしない。お互いがお互いのいやすい空気を大事にしている。タバコで一服する弐千佳さんとソフトクリームを堪能する安吾くんという場面が出てくるのですが、これが二人を象徴する空気感です。なんとなく分かっていただけますか? 弐千佳さんは安吾くんの顔に煙を吐きかけたりしないし、安吾くんも弐千佳さんにソフトクリームを強要したりしない。この空気が読者の僕としてはたまらなく愛しくなります。
こうした空気感の他にも、弐千佳さん自身の中に対比関係があったり、さまざまなところで「陰陽」関係があります。こうしたものを見つけていくのも楽しみ方のひとつかもしれませんね。
ただ、隣り合う。それだけで強くなれる。
そんな二人のお話です。
ぜひ、読んでみてください。

その他のおすすめレビュー

飯田太朗さんの他のおすすめレビュー440