ゴーストハウス・スイーパーズ

陽澄すずめ

#1 首吊りアパート

1-1 最悪の第一印象

「こんちはー。すんません、無量むりょうさんで合ってます?」


 駅ビルの中にあるカフェのボックス席。

 約束の時間ぴったりに話しかけてきた若い男を見て、私は一瞬言葉を失った。


「……そう、ですけど」

「良かったー! 黒いツナギ着た女の人ってだけ聞いてたんで。すげえイケメンの人しかいねえじゃんて思ったんすけど、声かけて良かったわー」

「はぁ、どうも、無量です」


 私は戸惑いながらも一応名乗った。人間、驚きすぎるとリアクションを上手く取れないものである。


「つまり、あなたが」

「はい、紹介受けて来ました。有瀬ありせ 安吾あんごっていいます。よろしくお願いしまーす!」


 やや長めの、金に近い明るい色の髪。サイケデリックな総柄のナイロンジャケットを着た長身は、細身でも肩幅が広くてちょっと迫力がある。年齢は二十台前半くらいだろうか。


 私の名前は無量 弐千佳にちか。除霊を生業としている。現在、アシスタント募集中だ。

 運の良いことに、知り合いの伝手で『寺の息子』だという人を紹介してもらえた。

 やってきたのが、対面に座った彼だった。

 思ってたのと違う、というのが正直な感想である。


「えぇと……有瀬くんは、学生さん?」

「大学四年です」

「お寺の息子さんだって聞いてたんだけど」

「はい、三男っすけどね」

「……仕事内容は聞いてる?」

「幽霊関係っすよね」


 幽霊関係て。


「その手の仕事の経験は?」

「あー、俺自身はないんすけど、昔から親父がよく除霊の相談受けてるの見てましたねー。今回プロの人のアシスタントって話だったんで、いっちょノリでやってみよっかなって」

「……できれば即戦力になってくれる人だとありがたいんだけど」

「何でもやらせてもらいますんで!」


 有瀬くんは、チャラい手の形で敬礼のポーズを取る。


 ちょっと待て。

 もちろん、なるべく早く新しいアシスタントを迎えたい気持ちはあるけど、誰でもいいというわけではない。いい加減なノリでできる仕事ではないのだ。


 私は無表情のまま告げた。


「ごめん、お手洗いいいかな」

「どうぞどうぞー」


 そしてスマホを掴んで女子トイレへ入り、ある人物に電話をかけた。

 もどかしい数コールののち、回線が繋がる。


『はい、こだ——』

「ちょっと樹神こだまさん、どういうことですか」

『無量さん、どうしたの急に』

「どうもこうも……ご紹介いただいたアシスタントの子ですよ。なんか、パリピ的なチャラ男が来たんですけど」

『人を見た目で判断するのは良くないな。彼のお父上は有名な僧侶だ。ご子息は三人とも霊的な素養があると聞いた。素性もしっかりしてるし、大丈夫だろう』

「……本人に会いました?」

『お父上から直々に、よろしく頼むと言われたんだ。俺は君なら安心して任せられると思って紹介したんだよ』


 要するに押し付けられたんだな。そして本人には会ってないんだな。


『君だってアシスタントがいないと困るだろ。ひとまず一回だけでも、試しで使ってみてから考えてもいいんじゃないの』

「えっ、いや」

『じゃあ頼んだよ。君ならやれるさ』


 無駄にイケボの余韻を残して、通話は終わった。

 彼は同業の先輩で、腕は利くけど為人ひととなりに若干のクセがある。


 手洗い場の鏡に映る私の顔はいつもに増して辛気臭い。真っ黒のマッシュショートの重い前髪の裾から、死んだ魚の目が覗いている。


 私は絶望的な気分のまま席に戻った。

 寺の三男坊のチャラ男は、忠犬か何かのように私を待っていた。


「ごめん、お待たせ」

「いえいえー」


 ほぼ手付かずのコーヒーはすっかり冷めてしまっている。有瀬くんの前には、届いたばかりと思われるコーラフロートがある。


 私は腹を決めた。何にしても面談を進めねばなるまい。


「じゃあ、改めまして。まず、この仕事をするのに大事な条件があるんだけど」

「はい」

「拘束時間のこと。一旦依頼が入ると、数日泊まり込みになる。それは大丈夫? 大学四年なら就活とかあるんじゃない?」


 そもそも、この時点でアウトなら話はここで終わりだ。一縷の希望に縋りたい。

 有瀬くんはへらりと笑った。


「ぜんぜん大丈夫っす。俺、留年したんで二回目の四年生なんすよねー。一単位取り損ねて卒業できなくて。内定もらってたんすけど、まぁ消滅しましたよね。よくよく考えるとそんな行きたい会社じゃなかったんで、逆に良かったかなーって。で、新たに就活すんのも面倒で、ブラブラしてます。居酒屋でバイトしてるんすけど、シフトも融通効くんで」

「……なるほど」


 ぜんぜん大丈夫じゃないだろう。確かに、その髪型で就活していると言われたら驚くけど。

 お父さんの苦労が窺い知れる。どういう経緯で紹介されるに至ったのか、なんとなく察してしまった。つまり私は貧乏くじを引かされたらしい。


「幽霊関係の仕事で、住む場所とか紹介してもらえるって聞きました。留年のことで親父にガチギレされて、今いるアパート勿体ないから引き払えとか言われたんすよねー。だから、ちょうど良かった」


 ん?


「いや、えぇと。幽霊の出る物件に寝泊まりして、除霊するんだよ。気に入ったらそのまま住んでも別に良いと思うけど」

「へっ? そうなんすか?」


 有瀬くんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。

 おや、これは。話が誤って伝わっていたパターンか。

 更に追い討ちをかけてみる。


「私は事故物件専門の霊的特殊清掃人。曰く付きの部屋に数日泊まり込んで、心霊現象の起こる条件や原因を探って、根本から浄化する仕事をしてる。その手伝いをしてくれるアシスタントを探してるんだよ」


 有瀬くんは合点がいったとばかりに頷く。


「あぁ! そういや、事故物件に住むバイトがあるって聞いたことあるような」

「それ、有名な都市伝説ね……」


 ひと昔前までは、『事故物件の告知義務が生じるのは事故発生後の入居者一人目まで』という通例があった。

 ゆえに、それを逃れるために不動産屋が人を雇って一定期間住まわせている、という憶測が生まれたようだ。


「……でも、今はガイドラインが作られて『告知義務があるのは事故後三年間』ってことになってる。だからそんなバイトは意味がない」

「へぇ」

「というかむしろ、その都市伝説の元になったのが、私みたいに事故物件に出入りする除霊師だし」

「マジすか……幽霊の正体見たり」

「いやどのみち幽霊関係だよ」

「えー、でも、何すかそれ……」


 有瀬くんの声のトーンが落ちた。

 さすがにそんな得体の知れない場所で寝泊まりするなんて、避けたいと思うのが普通だろう。

 何のことはない、断る手間が省けるというものだ。彼から辞退したのであれば、相手方の面子を潰すようなことにもならない。

 アシスタントはまた改めて探せばいい。よし、何の問題もなし。


 しかし。


「めちゃくちゃ面白そうな仕事じゃないすか!」

「……は?」


 今度は私の目が点になる番だった。

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