最終話
亜沙美と祥太郎は、一般教室棟と特別教室棟、二つの校舎に挟まれた、野木鐘高校の中庭に佇んでいた。校庭や校舎前の舗装路は、桜の木から散らされた花びらによって、桃色のまだら模様に染められていたが、その花びらは、ここ中庭にまでは届かない。中央に並び立つカエデの木から、ときおり落ちる葉が、風を浴びて舞うだけだった。
二人が佇んでいるのは、一般教室棟の壁際だった。そこには、小さな花束がたむけられている。
ひとりの生徒が、中庭に足を踏み入れてきた。亜沙美と祥太郎の背中を目にすると、ゆっくりと歩み寄る。風が流れ込み、制服の肩に乗っていた桜の花びらを舞い飛ばした。
近づいてくる足音を耳にし、亜沙美と祥太郎が振り返ると、
「なにをしているんだ?」
生徒は尋ねたが、二人の足下にあるもの――たむけられた花――を目にすると、事情を察した。
「……そうか、ここは」
生徒の視線は、地面の花から校舎の壁を伝い、屋上に到達した。
「ああ……」祥太郎も、同じように視線を上げると、「俺たちの、親友が眠っている場所だ」
「ええ……」
隣で亜沙美も頷いた。
神妙な顔をした生徒は、亜沙美と祥太郎が目を閉じて両手を合わせたのを見ると、自分も、ゆっくりとまぶたを閉じて黙祷した。
まぶたを開くと、すでに両手を下ろしていた亜沙美と祥太郎に見つめられていることに気が付いた。
――黙祷が長すぎたか……柄にもなく。
気恥ずかしさが込み上げ、生徒は視線を逸らした。
「飛び降りたんだよな……」
再び校舎を見上げる。屋上の縁、その向こうにわずかに見える転落防止柵が、陽光を反射してきらめいた。
「そうだ」
祥太郎は唇を噛みしめ、
「しかも……ひとりじゃないの」
亜沙美はため息をついた。
「聞かせてくれよ、その、親友の話を」
「どうして?」
祥太郎が訊くと、
「興味がある」
「意外ね」
亜沙美は、笑みを浮かべた。
「別に、いいだろ……」
「じゃあ、そこに座ろうか」
祥太郎は、花がたむけられていた場所の近くに設えられているベンチを手で示した。
「晴れの入学式にするような話じゃないかもしれないが……」
言いながら、祥太郎はベンチに腰を下ろす。
「関係ねえよ」
その隣に、尻を打ち付けるように、どっかと座り込んだ生徒に対して、
「それにしても、お前、もう高校生なんだから、親に対してその口の利き方は改めないといけないぞ」
「なに言ってんだ。両親と同じ高校に入ってやったんだ。これほど親孝行な息子はいないぜ」
「話をすげ替えるんじゃない」
「同じ学校に通うことが、親孝行になるの?」
亜沙美もベンチに腰を据えた。その言葉とは裏腹に、亜沙美と――息子を挟み込む形で座る――祥太郎の表情には、年齢を重ねたことによる余裕が醸し出す、やさしい笑みが浮かんでいた。
「そんなことより」
亜沙美と祥太郎に挟まれて座る息子は、ここで命を落とした両親の“親友たち”の話をするよう促す。
「あれは……私たちが高校三年生のときだったわ……」
「ああ……」
亜沙美と祥太郎は、遠い目をして、中庭中央に一列に並び立つカエデを見上げた。特別教室棟の三階に位置する図書室の窓は見えない。視線を転じてみれば、一般教室棟の壁が視界に入る。縦横にラインの入った、しゃれたデザインの装飾パネルは、施工されて以来経過した年月に相応した汚れ、くすみ具合を見せていた。
「小学校の頃からずっと仲良くしていた親友が、ここで亡くなったの。亡くなり方も、みんな一緒だった。二人は夏休みに、ひとりは……卒業式の日の夜に……」
校舎壁際にたむけられている三つの花束が、風にゆらめいた。
青・春・墜・落 庵字 @jjmac
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