第4話 

「それならすぐにできるかも」

「なら頼もうじゃないか」


 その後数日かけて、服留君の異性関係リストに名前がある女子に、服留君についてどう思っているのか、片っ端から聞き込みを行った。

 しかし、特に大した情報は得られなかった。よく聞かれた反応としては、「あー」、「そんな人いたっけ?」、「ちょっとごめんなさい」などだった。この結果から、服留君の女子間認知度は著しく低いことがわかった。そして服留君の問題は、好かれるとか嫌われるといった以前だと、僕らは結論付けた。

 川神さんは調査を経て、惚れ薬が本当に作用しているのかをもう一度見極めたいと思ったらしく、効率的な散布器具を作ってもらうために、浪漫会ろまんかいへと来ていた。


 浪漫会とはMSUに所属する研究者集団の一つだ。文理不問なのが特徴的で、割と積極的に成果物を発表している。だから、MSUの組織としては、スポーツ系の組織には及ばないものの、大きなグループであり、なおかつ知名度がある。

 理化学研との違いは、理化学研は部活ではないが生徒会が管理しているのでコンクールや、全国大会などには出場できるという特権がある。浪漫会にはそれがない。

 したがって、自分の利益につながらないけど、ロマンのある何かをしたいという人の集団が浪漫会なのだった。


 ちなみに、僕たちの化学会は僕と川神さんしか所属していないので、同好会的な性質が強い点で浪漫会とは異なる。一切の目的もないのが僕らだ。

 その浪漫会の工学部門に在籍している荒木心春あらきこはるさんに、川神さんはこれまでの経緯を踏まえつ、効率的な散布器具の作成を依頼していた。


 荒木さんは短く整えたショートカットに、厚手の帆布の前掛けをしていて、首には防塵ゴーグルがぶら下がっている。ポケットからは皮の手袋が除いており、ちゃんと安全に配慮した恰好だ。

 一方、我ら化学会の天才発明家である川神さんは、今日も今日とて伸ばしっぱなしの黒髪、ヨレヨレ黄ばみの白衣という出で立ちである。両方のポケットはごちゃごちゃとしていて、数多のものどもがごちゃ混ぜにされてカオスを形成している。前に粉々になったクッキーがポロポロとこぼれるのを見たときは愕然とした。あのポケットは童話に聞く、ふしぎなポケットに違いない。

 そう言えば、この世で有名なポケットにはもう一つある。そっちでは確かポケットには様々な猛獣が住んでいたはずだから、何か獣臭を感じた時は川神さんに近寄らないようにしておこう。ライオンが出てきて取って喰われるかもしれない。


「それにしても、やっぱりモテたいって依頼来てるんだね~。結構噂になってるよ? 2年の天才発明家が惚れ薬を作ったって」

「私がたまたま発見したに過ぎないさ、本当は浪漫会の分野だろう? こんなのは」

「いや~、そういうことしたいって子はいるんだけどね~。川神ちゃんみたいにちょちょって作れないもん。だから、みんな依頼の中からできそうなものばっかり作ってる」


 そう言われると川神さんがふん、と鼻を鳴らした。

 普段から自分の発明を下げたことを言っているが、なんだかんだ褒められるとうれしいのだろう。

 僕は出してもらったオレンジジュースを飲みながら、様子を観察していた。


「ねね、その惚れ薬って貰えないかな? ウチの子たちに見せてあげたくて」

「ああ、構わない。惚れ薬の散布器具を作ってくれるのであれば、だが」

「えーありがとー! 作る、作る!」

「それなら交渉成立だな。キミ、あとで惚れ薬を届けておき給え」

「はいはい、わかりましたよ」

「あはは、井畑くんもごめんねー」

「いや、全然大丈夫!」

「荒木君が気にすることはない。助手なのだからそのぐらいしてもらなければね」

「二人の関係性には憧れるなぁ~」


 そしてまた、フンっ、と川神さんの鼻が鳴った。鼻からできる風圧で机の上のものが飛んでいきそうなぐらいだった。そのうち鼻風から竜巻が出来てしまわないか不安だ。


「それで作るのは良いが、あてはあるのかい」

(川神さんがソレを聞きます?)

(うるさい! 黙ってろ!)

「うん! 前に調理サークルの家庭菜園でアオムシが大量発生しちゃったみたいでさ、その時に農薬を薄めながら散布するノズル作ったから! それを改良したらいいんじゃないかな~って思ってる!」 

「ノズル……噴霧器のようなものかい?」

「そうだけど、別のがいい? それだとアイデアを出すところから始めるからもっと時間かかっちゃけど」

「いやノズルという方向性は問題ない。ただ、香水よりも広範囲に付ける想定で開発してほしい」

「それだと匂いがきつくないかな?」

「一般的な香水ならそうだろうが、私の惚れ薬は無臭になるよう調整しているから大丈夫だろう」

「なるほど~。それだったら小型のほうがいいかな~?」

「小型であればあるほど良いが、それで大目標である効率的な散布がおろそかになってはいけない」

「じゃあやっぱりこの前作ったものを改良してみるよ!」

「ああ。……それにしても、荒木君は普段そんなことをしてるのかい? 君ほどの工学的センスがありながら……実に勿体ない」

「え~褒めてくれるの? うれしい~! でも、調理サークルの子が、お礼に今度カレー作ってくれるって言ってたから、結局自分のために研究してるよ」

「発明家のロマンとは離れている気がするが? 荒木くんのロマンとはカレーかね」

「うーん。私は人の役に立ちたいって思ってる」

「なら理化学研に行けばいいだろう? 何もカレーのために頭を働かせなくても。君なら実績は十分だろう?」

「そうだけど、目指せ全国一ってキャラじゃないし、今の方がいいよ。ていうか、それいうなら川神ちゃんこそだからね? 今すぐにでも主席研究員になれちゃうのに〜」

「いやいや、私はモグリだからねぇ」

(なぁに、ブラックジャックみたいなこと言ってるんだか)

(うるさいぞ、キミ!)

「あはは! じゃあ私もモグリだ!」

「くくくっ、勝手に言っておき給え。それはさておき、当てがあるなら、その他の一切は荒木くんに任せるよ」

「わかった! うんとかわいいデザイン考えとくね!」

「……いや、そこは普通で頼む」

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