第3話
「
「ああ、君は彼と親しいようだからね」
教室を飛び出した川神さんと向かったのは図書室。ここでは漫画会、文芸会、読書会、ディベート会などがそれぞれ活動していた。
その中でも、特に読書会の1年生、
波留さんは読書会に所属していながら図書委員でもあるようで、カウンターで波留さんについてどこにいるのか、何をしているのかと聞くと、裏の書庫のソファーで座っていた。カウンターでお菓子を食べながらグダグダしていた図書委員は、突然訪ねてきた僕たちですら書庫に入れていくれた。
「そこの君、ここに波留葵という女子生徒がいるらしいのだが」
「あー、波留さんなら書庫にいるっす。…………波留さーん! お客さんっす」
「突然訪ねてすまないが、いくつかの質問に答えていただけるかな」
「それはいいですけど……少し片付けますので、お待ちください」
波留さんは今まで読んでいた本に押し花の栞を挟み、机の上を片付け始めた。書庫は図書委員が物置に使っているようで、波留さんはロッカーのカギを開け、本やひざ掛けなどをその中に収納していた。
ロッカーの中がチラッと見えたが、ビンに花が挿してあった。見えないところでも美観にこだわるのが女子生徒の個人空間らしかった。
片付けが終わり、僕たちはソファーに座るよう促された。
「コーヒー、召し上がりますか?」
「ふうん。やっぱりコーヒーを入れていたんだね。入ったときから豆のにおいがしていたが」
「それは多分これです」
波留さんが木製デスクの一番上の引き出しを開け、手のひらサイズの茶褐色の袋を取り出した。それに伴って、コーヒーのにおいが少し強くなった。
「ふうん。コーヒー豆の香り袋かい」
「はい。いろんなところから古くなったコーヒー豆を貰って、作ってるんです。図書室はどうしても匂いがこもるので」
「なるほど。確かにコーヒーには消臭効果があるというから、経済的でいいんじゃないのかい。コーヒーミルはそのためなんだね」
「はい。先生たちにも好評なんですよ」
「うむ。実にいい香りだねぇ。本と言えばコーヒーという固定化されたイメージも手伝っているのだろうが、実に雰囲気がある」
「ありがとうございます」
波留さんが僕と川神さんにコーヒーを出してくれた。ドリップしたての豆の良い匂いが鼻孔を颯爽と駆ける。
「コーヒーなのに爽やかな匂いですね」
「わたしがキレのあるコーヒーが好きなので。あっ、これはさっき引いた豆だからおいしいですよ。味は保証します」
「ありがとう。早速いただこう」
「砂糖はいりますか? このビンに入ってますけど」
「3つ貰おうか」
川神さんがぽちゃぽちゃと砂糖を4つコーヒーに入れた。3つと言っていたのに。
そういえば川神さんがコーヒーを飲んでいるのを見たことがない。いつもはエナジードリンクばっかり飲んでいる。
もしかしたら苦手なのに無理してコーヒーを飲んでいるのだろうか?
だとしたら、ちょっちかわいいやんと思った。
「うむ。それで本題なのだが」
「服留くんのことですよね」
「ああ。実は彼がうちにとある依頼をしていてね。君にいくつか聞きたいことがある」
「……とある、依頼ですか?」
「ああ、彼はどうも異性関係で悩んでいるようだよ。要はモテたいらしい。たまたま私の制作物に惚れ薬があったから渡したんだが、効果がないようでね。今までこんなことは無かったから、少し調べてみようと思ったのさ。彼自身の問題なのか、私の制作物が問題か、をね」
「……モテるようになるなんて、そんなものが?」
「なに、素人研究者の片手間で出来た副産物さ。一度、面白半分で渡したんだが、口コミとは恐ろしいものだね。今では定期的に求めに来るほどに、世の中には数寄者がいるのだよ。いや数寄というより、スキ者かな」
(なんだかよくわからないギャグだ……)
「川神先輩のうわさは聞いていましたが……本当にそんなものを作ってしまうなんて……驚きました」
「なに私の研究は道楽さ。理化学研のように実用的な発明は何もしていないよ」
「そもそも勉強したくないから、逃げるために研究してるんですもんね」
「余計なことを言うんじゃないよ、キミ」
「いや……すごいです…………惚れ薬なんて、本当に」
「それで彼は一週間前から惚れ薬を使用しているのだが、彼の身の回りに変化はないかね? 聞いたところ、君たちは幼なじみらしいじゃないか」
「確かに服留くんとは家が隣ですけど、今はそんなに関わりが無くて」
「おや、そうなのかい。彼から親しい異性を聞いたら、まず初めに君の名前があったから、一番に君を訪ねたのだけれどね」
「…………わかりません。今でもたまに朝一緒に行ったりはしますけど、あとは服留くんの家族がいない時にご飯作ったりとか」
「それだけでも十分な関係性だと思うがねぇ。なあ、キミ」
「僕も欲しいです! 幼なじみ!」
「ほんと、そういうのじゃなくて……っ」
波留さんはそう言って、両手でコーヒーカップを包むようにして持ち、顔に近づけた。顔の大部分が隠れ、恥ずかしがっているのが伝わる。
波留さんの言動におかしなところはなく、僕はこれ以上聞いても何も情報は得られないだろうと思い、切り上げることを、川神さんに聞こえるぐらいの声量で提案した。
(川神さん、もういいんじゃないですか?)
(奇遇だね。私もそう思っていたところだよ)
(じゃあ、出ましょうか)
(待ちたまえ! まだ私には重要な課題がある)
(え? まさか何か調査に重要な?)
(コーヒーだ)
(コーヒー?)
(自慢じゃないが私は大の甘党でね。苦いコーヒーは飲まないのだよ。そしてこのコーヒーは苦いに加えて酸っぱい!)
(だったら残せばいいじゃないですか!)
(そんなことできるか! 嗅げ! 部屋中コーヒー臭でいっぱいだろ。そんなコーヒー愛好家の前でコーヒーを残したらきっと海に沈められる! 私が博多湾の魚のエサになってしまうぞ、キミ!)
(もー意味の分からないことを言ってないで、グイっと飲めばいいじゃないですか。もう17時過ぎてますから。早くしないと、この後行こうとしてるクラブの人たち帰っちゃいますよ)
(それはわかっているが、それができたら苦労しないさ)
(じゃあどうするんですか? 20分も30分もかけてチビチビとコーヒー飲むんですか?)
(……キミ、飲みたまえ)
(は?)
(だから、私の分までコーヒー飲んでよ!)
(嫌ですよ! おかしいでしょ! 突然他人のコーヒーまで飲み始めたら)
(何を言う! 私とキミは他人じゃないさ、知り合いだ)
(それを他人というんです!)
(じゃあわかった。依然キミを助けた時のお返しをしてもらってない。この目の前のコーヒーを処理することが、お返しだ。もっとも、私がキミにしてあげたことに比べればその百分の一、いや百万分の一にも満たないだろうがね)
(…………わかりました。こんな些細なことにもあの時のことを引き出してくるなんて、卑怯ですよ)
(うむ、なんとでも言い給え。キミにとっては些細でも、私にとっては大いなる課題だ)
(…………はぁ…わかりましたよ)
(ささ、グイっと言ってくれ)
「(はぁ…………)いやーこのコーヒーおいしいですねー! え? 川神さんもう要らないんですか? いやーこんなにおいしいのになー、それじゃあ貰いますね!」
「あー、そんなに欲しいのなら仕方ないなー」
「あ、そんなにお気に召したならもう一杯入れますね」
素早い動きで波留さんは立ち上がり、空になったばっかりの川神さんのコーヒーカップに、コポコポとコーヒーが注がれた。
「確か砂糖は4つ、でしたよね」
「いや、8つくれ給え」
「うふふ、そんなことしたら砂糖が溶け切らないですよ。できればそのままストレートで楽しんでください」
「…………私としては冗談ではないのだが」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます