第2話 

「効かなかった?」

「はい……」


 埃っぽい木工室で、いつものようにのんべんだらりと時間を潰していると、なんだか見覚えのある人が化学会を訪ねてきた。

 中身が腐ったせいか空っぽに感じる頭を必死に絞り、訪ねてきた人の名前を思い出そうとしていると、後ろから川神さんが答えた。


「君は服留くんだね。惚れ薬を処方したはずだが、それの話かい?」

「そうなんです。使うと絶対モテるようになる薬があると聞いていたんですが、一向に効果が無くて」

「ふぅむ。ちゃんと毎日振っていたのだろうね?」

「貰った時に言われたので、毎日つけるようにしてました」

「なるほど? 他に匂いのきつい制汗剤を使っていたりは?」

「チャリ通なので朝は制汗スプレーを使いますけど、惚れ薬は学校についてからもするようにしてたんです」

「きちんと使っているんだねぇ。……よし、じゃあもう少し話を聞いてみよう。キミ、メモの用意を」

「はい!」


 僕はメモの用意をするように言われたが、これまでにメモなど取ったことないので、一番使っていない数学のノートをカバンから取り出した。数学のノートが余白だらけなのはこの日のためだったのだ。過去の自分に感謝である。


「では、まず初めに君の名前と学年を教えてくれ」

「はい。服留翔琉。高校1年です」

「MSUの活動には?」

「特になにも入ってません」

「なるほど。それじゃあ基本的に一日どのように過ごしているか教えてくれ給え」

「はい。朝は大体8時ぐらいに学校に着くようにしてます。午前中は普通に授業を受けて、お昼は弁当を、友達と一緒に食べます。時間が余ったらバスケとかをして過ごしてます。それで午後も授業を受けて、放課後は遊びに行ったりすることもたまにありますけど、基本はすぐ帰ってバイトに行きます」

「なるほど。では惚れ薬はいつ使用していたのかい?」

「朝、家を出る前と学校に着いてから、あとは昼休み終わったころですかね」

「ふうん。それじゃあ君の交友関係――特に異性の友人は多い方かい? 積極的に話しかけたり、アクションを取るように言っていたはずだが」

「それはちゃんとしましたよ! でも、うまく会話ができないというか、話していても盛り上がらないで、相手がどこかに行っちゃうんです」

「……君のタイミングが悪いのでは?」

「そう思ったんですけど、今は大丈夫だろうと思っても、相手が避けるようにどこか行っちゃって」

「なるほどねぇ」

「……やっぱり惚れ薬なんて無いんでしょうか? 天才発明家の川神先輩が、よく効く惚れ薬を持っているって聞いたので、来たんですけど……。やっぱり、理化学研に正式に依頼した方がいいんでしょうか?」

「……さぁ、私についてどんな噂が広がっているのか分からないが、異性間には不思議な力が働いているからねぇ。理化学研の連中でも成果を上げれるのかは不思議だが?? だいたい付き合うとはなんだね? 一生のパートナーになるわけでもないのに、なぜ一緒に居たがる? それだったら極めて仲のいい友人同士でいればいいじゃないか、えぇ⁉」

(川神さん! 落ち着いてください!)

「……っは! すまない、取り乱してしまった」

「……はは」

(服留さん、引いてますよ!)

(わかっているさ。要は付き合える相手が現れるようにすればいいわけだろう?)

(そんなこと言って、当てはあるんですか?)

(ないが、ある)

(一休さんみたいなこと言って……)

「こほん。大体、君の事情は分かったよ。聞き取りに付き合ってくれて結構」

「いえ、それで……」

「ああ! 皆まで言うな。実はこの惚れ薬はまだ試作段階でね。今までは【奇跡的に効果が出ていた】ようだが、まだ君のように効果が出にくい【特殊な人間】もいるようだねぇ」

「……そうですか」

「ああ、そうとも。だから少し研究の時間をくれ給え。それまでは現行の惚れ薬を渡しておくから、今までのように使い続けてくれよ」

「わかりました」

「あとそれから、世の中には「好き避け」なる奇妙奇天烈、珍妙な現象があるらしい。君の周囲の異性の反応もこれに近しいところがある。実際に話を聞いてみたいから、君の近しい異性の名前も書き置いてくれ」

「わかりました」

「ああ、それから。君は少し交友関係が狭いように感じるねぇ。MSUの活動もしていないようだし、昼も教室内で食べている。もう少し人目に付くように行動したほうがいいかもしれないよ。それからあまり汗をかくような行動は少しの間控えた給え」

「はい! わかりました。気を付けます!」


 と、まるで自分のことを棚に上げて偉そうにアドバイスをする川神さん。

 服留くんはそのアドバイスを真に受けたらしく、何か決心したような面持ちで、惚れ薬を二本握りしめて出て行った。


「本当に大丈夫なんですか? あんな大口叩いちゃって」

「大丈夫な状態にするのだよ」

「どうやって?」

「それは今から考えるさ」

「うそでしょ……。大体、交友関係は川神さんの方が何十倍も狭いし、常に人目を避けてるじゃないですか、なのに偉そうに言っちゃって」

「私は苦手だからね、人目というものが。それに私が人目をはばかって生きていようとも、人目に付くようアドバイスするのは問題でもないだろう? 何かい? 日陰の人間は、他人の交友関係にアドバイスすることも許されないのかい? えぇ⁉」

「突っかからないでくださいよ。でも、惚れ薬は偶然できたって言ってませんでした? それなのに研究途中みたいな言い方して……」

「研究途中なのは変わりない。ただ研究が全く手つかずで、少しも研究する気がなかっただけだ」

「それを研究していないって言うんじゃ?」

「もーうるさいうるさい! やればいいんでしょ!」

「そうです。やればいいんです」

「行くぞっ! まずは調査からだ!」


 怒って白衣を着たまま木工室を飛び出した川神さんの後を、僕もノートを持ったまま追っていった。

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