第5話 

「出来てるよ! これが依頼されてた新型散噴霧器、ホレヤスーイだよ!」

「医薬品のような名前だねぇ……」


 僕が荒木さんのもとへ惚れ薬を届けてから、たったの二日で荒木さんは開発品を持って来た。早すぎる開発速度に僕は研究者集団の本気を見た。

 一方、同好会レベルでしかない僕らと言えば、主にカントリーマアムを食べたぐらいだ。名誉のために言っておくと、放課後のすべての時間をおやつの時間に費やしていたわけじゃなくて、大体7割ぐらいの時間だ。野球では打率3割から優秀なバッターと思われるらしいから、稼働時間3割というのも優秀な部類だと思う。


「あはは! 覚えやすい名前の方がいいよねって思って、名前つけたの~。浪漫会では大体こんなネーミングが多いんだよ」

「理には適っているねぇ。……センスはさておき」

「名前も付けない川神さんよりか、ましですよ。……センスだってない癖に」

「キミ、うるさいぞ。それに私の制作物はすべて依頼品だからねぇ。強いて言えば、依頼品○○号とでも読んでくれ給え」

「かっこいいね~」

「なに怠惰なだけさ」


 そして鳴る、川神さんの鼻。フンっ!

 なんだか最近回数が増えてきた気がする。少し調子に乗っているなと思う。でも、川神さんはおだててれば宇宙にだって手が届くタイプの人種なので、まあいいだろう。


「このホレールだったか、ホレサースだったかについて説明してくれるかい」

「ホレヤスーイだよ! 使い方は簡単! 川神ちゃんの惚れ薬を入れた容器に、このホレヤスーイを付けるだけ! アトマイザーとの比較だと、噴出孔のサイズは半分以下に、数は倍以上になってるの。だからより細かく、少量で広範囲に散布できるようになったと思う」

「素晴らしい。正統進化と言ったところだね」

「それでね、川神ちゃんが惚れ薬作ったみたいだよーってみんなに見せたら、やっぱり研究をしてた子たちがいたみたいでね、これ見てくれる? ドーン!」

「これは?」

「うちの子たちが作ってた恋愛研究品なんだって!」


 荒木さんは、大げさな仕草で机の上に何かを置いた。

 それは半円状で、両先端に小さな耳あてのようなものが付いており、その耳あてからコードが後ろへ伸びている。最初ヘッドホンかと思ったがそれにしては耳あての部分が小さすぎた。


「これは……喉マイクかい?」

「あー川神ちゃん惜しい! これはね、試作型ホレボイスだよ!」

「…………なんとなく物体についてわかったが、これの理屈は?」

「川神ちゃんの惚れ薬はためのものじゃん? うちの子たちは、逆にるのはどうかなって思ったみたい」

「確かに川神さんの惚れ薬は、っていう前提でしたもんね」


 つまり、というコンセプトで開発を行ったというわけだ。


「荒木君、続けたまえ」

「うん! それで私たちはっていうところに注目したの。井畑くんわかるでしょ?」

「えっ……いやぁ……その、アレですよね?」


 なんだか身に覚えがある。主にピンク色の文字に黒の太い縁取りで、デカデカと文字が躍っているパッケージに覚えがある。


「……初頭効果かい」

「正解! その中でも特に声に注目したんだって。本当は理想的な顔をホログラムにして映し出すとか、脳に直接信号を送ったりしたかったらしいんだけどね~」

「いや、それはさすがにダメでは……?」

「あはは! もちろんそんな技術力ないからできないよ~! で、一番出来そうだったのが、変成器だったってわけ。このデバイスを喉につけて……っと」


 荒木さんはホレなんちゃらを喉に装着した。耳あてのような部分が前かと思っていたが、正確には逆で半円状の部分が喉仏のあたりに来ていた。耳あてのように見えていた部分は滑り止めだったらしい。


「あとはスイッチを入れて話すだけだよ。あとはこの変成器が自動的にその人の理想的な声色になるように振動してくれることになってるみたいだけど……まだ開発途中でその辺はビミョーみたい」


 荒木さんが首の後ろに手を回した。おそらくスイッチを入れたのだろう。


「ね? どうかな井畑くん?」

「んー……いつも荒木さんの声だけど、いつもよりもかわいい気がします。気のせいかもしれませんけど」

「わー! ありがとっ!」

「……確かに面白い。少し声が変わっているように私も思う。それで、理想的な声というが、どのような声色を想定しているのかね?」

「そこがあいまいなんだよね~。一応は、一般的な理想的な声とされている人をサンプリングしてるんらしいけど、好きな声って人それぞれだし、特に変わった声が好きな人には別に調整しないといけないかもね」

「ふぅむ。しかし、よくできているよ。さすが浪漫会だ」

「やったー……って素直に喜びたいんだけどねー」

「……何かデメリットでも?」

「まだまだ研究途中で精度は悪いし、それになりよりさ、喉に変な機械ついてるの変じゃない?」

「それはそうだな」

「だから、まだまだ開発途中なんだよ~。小型化とか、精度とかまだまだ20%ってところだね~」

「それでもいいじゃないか。大体の発明とはそういうものさ」

「だよね! 今までも恋愛系の依頼は来てたし、一歩前進ってことだよね!」

「ああ。これからも前進したまえよ」

「それでさ、このホレボイスなんだけど」

「……ああ、私が預かっていろいろ手を加えてみるよ。研究者とは言え、交流は必要だからねぇ」

「わーありがとう! 川神ちゃん大好き!」

「なに同じ研究者として力を貸すのは当然だろう。それに荒木くんにはノズルの開発もしてもらった。私にもこのぐらいさせてくれ」

「うん! それじゃあ反応聞きに来るね」

「ああ、その時になったらまた遣わすさ」

「……また僕ですか」

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