第6話
「やっぱり川神先輩は天才です!」
「……何事かね?」
ノズルを改良した川神さんの惚れ薬を服留君に渡してから、早一週間。
これで川神さんの惚れ薬を渡してから累計3週間が経った。そろそろ惚れ薬も周囲に浸透してきただろうし、これで効果が出なければいよいよ……という時期にさしあたっている。
この間にも、細々とした依頼は続々と来ていて、「記憶力を良くしたい」とか「人前で緊張しないようにしてほしい」とか、「足の小指の爪が切りやすい爪切りを作ってくれ」などの依頼に答えるべく、川神さんは日々研究にいそしんでいた。
一方、無知な僕は日々小間使いとして奔走していた。
主に、川神さんの主燃料であるエナジードリンクを買いに行き、そのついでにお菓子を買って、化学会の部屋で食べるという日々であった。実働で言うと総時間の2割と言うところか。
そしてついに、服留くんが明るい表情で我が、化学会の部屋へと来たのだった……!
「ほんとこのホレヤスーイってやつを付けてから、すごかったです! 今まで相手にもされてなかったのに、みんな話をしてくれるようになって!」
「……ほぉ……それはよかった」
「ほんとありがとうございます、川神先輩! やっぱり天才発明家という噂は本当だったんですね!」
「……私の専攻は化学なのだがね」
ピキピキと血管を浮かび上がらせる川神さん。口では荒木さんの発明を褒めていたが、それはそれとして、自分の開発した惚れ薬には触れずに、ノズルにばっかりコメントするのが許せないのだろう。
僕はこのままではロクな結果が待っていないと察し、会話の流れを自分のもとへと手繰りよせた。
「よかったですね」
「はい! そしてついに告白されたんです!」
「……なるほどぉ」
「…………ッ」
(川神さん! 出てます! 舌打ちでちゃってます!)
(…………ああ、わかってる。なんとか堪えようとしただが)
(だったら、体裁だけでも整えてください!)
「今日は、彼女も連れてきたんですよ!」
服留くんは化学会の扉を開け、僕らに承諾を得ることもなく、一人の女子生徒を招き入れた。女子生徒は前髪で顔の半分を隠しており、猫背で、体が薄く、見るからに陰の気質を持った女子だった。それに顔の半分を黒いマスクが覆っている。その見た目から声が大きく、はっきりとした服留くんとは、真逆のタイプだと感じた。
そして普通に過ごしていたらこの二人が巡り合うはずはないだろうとも考えた。
……発明品が作用した結果だろう。そう思わずにはいられなかった。
「二人がキューピットなので、ぜひ紹介したいなと思って!」
(…………こ、これがリアルが充実しだした人間の押しつけがましさ!!)
(…………私はこんなヤツのために…………惚れ薬を作ったんじゃない!)
(川神さん! 僕もだいたい同意見ですけど、ここはこらえて……)
(キミ……歯医者の予約をしたまえ。私の臼歯がすべて擦り切れそうだ)
(草食動物でもそんなにすり減りませんよ!)
(私はどちらかと言えば草食だから、まあ遠くはあるまい)
(川神さんは草食じゃなくて、小食でしょ! この前なんかごぼ天うどん頼んだのに、うどんを半分ぐらい残してたじゃないですか)
(あれはどうしてもごぼ天が食べたかったの! ごぼ天うどんは小うどんにできないからしょうがないの!)
(だからって、うどんを人に押し付けないでください! 川神さんが残すってわかってたら大盛りにしなかったのに!)
(キミなら、「あ、なんか川神さんがごぼ天うどん頼みそうだな。それなら、きっとごぼ天が食べたいだけだろうから、うどんが余りそうだな。じゃあ、普通でいいか」と察してくれてもいいだろう!)
(できるかぁ!)
「あの、二人で何話してるんですか? ……もしかして」
「いや、何でもないさ」
「はい、なんでもないですよ」
「よかったです! 彼女がかわいすぎて驚いたのかと思って」
(なあ、やっぱり…………………………いいか)
(何の確認ですか! 黙って心を無にしててください!)
「二人はどちらから告白したんですか?」
「……えっと、それはわたしが」
小柄な少女が忍ぶように手を挙げた。少女は守野というらしく、服留くんと同じクラスだということだった。
「二人はもともと仲が良かったんですか?」
「いや、あんまり話したことはなかったんです。でも席が近くてたまに話してました」
「えっと……わたしは昔からいいなって思ってて、それで最近は何だかもっとかっこよく思えてきて。えっと……わたしやっぱり好きなんだと思って」
(ゲー)
(ちょっと川神さん! 乙女がしちゃいけない表情してますよ!)
(私はきっと乙女ではないのだよ。現に、あの守野とかいう女子と私ではまるで別の生き物のような感受性ではないか)
(……それはそうですけど)
(……あーあ、早く帰ってくれんかねぇ)
(嫌な人すぎる……)
「ちなみにいつ告白したんですか」
「えっと……一昨日です。前からずっとしようとは思ってたんですけど、なかなか勇気がでなくて。えっと……今週に入ってから、やっぱり気持ちにうそはつけないと思って」
「そうだったんですね。でも、二人が付き合えてよかったです。それで確認なんですが…………」
守野さんは服留君が惚れ薬を使用していることを知っているのだろうか。もし惚れ薬のことを知らせていないのなら、守野さんは薬のせいで服留君を好きにさせられたことになるけれど………。
そんな懸念が脳をよぎるが、守野さんの返事は明るいものだった。
「えっと……惚れ薬のことは知ってます。聞きました。でも、翔琉くんが惚れ薬を使う前から、私は翔琉くんのことが好きで……えっと……むしろ惚れ薬を付けてくれてよかったと思ってるんです。だって……惚れ薬がなかったら今も付き合えてなかったかもしれないから」
「そうですか」
「はい! だから、川神先輩が導いてくれた恋だと思って、大事にしますね!」
服留くんがそういうと、隣で守野さんもこくんと頷いた。
僕の隣に座っている川神さんもがぶりを振った。
……え? 川神さん⁉
(ぐーっ……っすー……)
(ね、寝てる⁉)
2人が円満で付き合い始めたのはわかった。
加えて、川神さんは人格に破綻が見られるということも、よくわかった。
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