第7話
「なあ、キミぃ! おかしいだろう!」
「威勢だけはいいなぁ……」
服留君が守野さんを連れて帰ってから、化学会室では川神さんがうだうだとぼやいていた。
エナジードリンクを握り、机に突っ伏している姿はまさにロクデナシのそれで、その上伸ばしっぱなしの髪、ヨレヨレ黄ばみの白衣が川神さんの品格という品格を地の底にまで貶めていた。
「もーいつまでグズってるんですか。いいじゃないですか、服留くんの依頼は解決できたんですから。後はMSUの
「うぃ……ひっく…………キミはカネカネとうるさいぞぉ…………」
「なんでそんなに打ちひしがれてるんですか。あの二人が付き合おうと川神さんには関係ないですよ。むしろ多分付き合うことなく卒業していくだろう二人を結びつけたんですから、さすが2年の天才発明家です!」
「……続け給え」
「(……褒めればいいみたいだな)そりゃ今回は少し押しの強い依頼者でしたけど、だからこそ川神さんの発明品が重要だったんです」
「ふぅむ、一理ある」
「よっ、唯一無二天上天下唯我独尊の天才!」
「なるほど、一理ある」
「やっと元気になりましたね」
「いや、元気などではない。ただ考えねばならないことがあるから起き上がっただけだ」
やっと気分が戻ったのか、川神さんは立ち上がった。そして意味ありげに窓から外を眺め始めた。
…………あ、まぶしかったんだ。
川神さんはシャッとカーテンを閉じた。
そして僕のとなりに座り、短い脚を必死に組んで滔々と語り始めた。
「さっきのアレらだがね」
「アレって……仮にも依頼してくれた人たちですよ」
「あんなの名前も呼びたくない! あんな奴ら勝手に乳繰りあってるがいい」
「乳繰りあうて……」
「私が言いたいのは、あの守野とかいう女が気になるという話だ」
「守野さんですか?」
「ああそうだ。あの女の言っていたことが、私は非常に気になる」
「あの女て……」
「あの♀は「わたしは昔からいいなって思ってて」と言っていただろう? それならなぜこのタイミングになって告白した?」
「♀じゃなくて守野さんです。……それは本人が言ってた通り、気持ちが抑えられなくなったんじゃないんですか? 別に普通のことだと思いますけど」
「私にはそう思えないのだよ」
「どうしてですか。恋愛には付き物なことだと思いますけど」
「何故なら、私の惚れ薬はすでに何人もの手に渡り、何度も使われ続けてきた。ざっとこれまでのサンプルを見るに、効果が出るには1週間あれば十分だったはずだ。それはキミも理解しているだろう」
「確かにそうですけど……そうじゃない時だってあるのが普通ですよね? 特に惚れ薬なんて個体差が大きそうですから」
「確かに個体差はあるかもしれないが、【いつもは○○だったのに、今回は○○だった】とき、必ず原因があるはずだろう。そう考えるのが科学的思考というものだ」
「なるほど? 川神さんがそう言うのなら、そうなんでしょう」
「つまりだ。いつも効果があったはずの薬が、あの男だけには効かなかった。これは非常に大きな問題だ」
「川神さんは何が原因だったと思うんです? サンプルって言いますけど、そんなに大勢の人に渡したわけではないですよね。限られた情報の中で色々とを考えても、限界があるんじゃ」
「一つだけ心あたりがあるのは、彼が惚れ薬を正しく使っていなかったのではないかという点だ。荒木君がノズルを開発し散布しやすくなったから、今になって効果がでたのではないかという推論だ」
「言っていることはわかります。でも、どうして服留くんは間違えたんでしょうね? 普通にスプレーみたいに使えばいいはずなのに……」
「まあ、間違えていなくても単に彼の体臭が強く、散布量が増えたから効果が出たとも考えられるが、まあ改めて考えよう。今日は解散しよう。胸糞が悪い」
「むしろ喜ぶべきことですよ! 川神さんはの研究が効果的で、幸せな二人が産まれたんですから。……じゃあ、報告書の提出も明日でいいですか?」
「いや、それは今日中に頼む。……実を言うともう会費が心許ないのだよ。早く自治会から依頼報酬を貰わないとな」
「エナジードリンクの飲み過ぎですよ」
「エナドリは必要経費だよ。シャーロックホームズですらコカインをやって集中力を高めていただろう? それに比べれば極めて安全だ。中毒性も薄い」
「物語と比べないでくださいよ。それにエナドリだって飲みすぎはダメなんですから」
「つべこべ言わずほら、早く書き給え」
僕は筆箱を取り出し、報告書を書き始めた。報告書には既に服留君の名前が書いてある。
報告書とは
つまり、MSUが学校非公認組織の集まりだとはいえども、ちゃんと活動していれば、少額ではあるが十分な活動資金が得られるのだ。
化学会では「依頼者の願いを叶えること」を活動目標として定義しているから、依頼者が納得して帰っていったときに報告書を提出するようにしている。
学校が関与していないはずなのにどうしてこのシステムが成り立っているのか、皆疑問のようだが誰にもわかっていない。いや、正確には自治会の会計担当者や、自治会長は知っているのかもしれないが、この秘密が明かされたことはない。
だから、資金源について様々な噂が立っていて、普通に学校から資金が出ているんじゃないか、学校のOBの寄付で賄っているのではないか、などなどだ説が入り乱れている。
まあ、普通に考えれば学校から何らかの名目で資金が出ているのだろうと僕は思っている。ただそう考えると、生徒会直轄の理化学研などには正式に活動資金が出ているみたいで、明らかに出るお金の量が多すぎる気がする。……まぁ、考えても仕方ないことなのだけれど。
「ほら、何を呆けているんだい。早く書いて何か食べに行くこうじゃないか」
「……また立ち食いソバですか?」
「うむ。あれはいい。あの食べ物には悲哀がある」
「確かに独特の雰囲気はありますけど」
「だったらほら、手を動かし給え。今日はコロッケを付けようか」
「前から言おうと思ってたんですけど、コロッケそばアンチなんですよね、僕」
「なぁにぃ⁉ ならばキミに本物のコロッケそばを食べさせねばならない! ほらほら、急げ! コロッケそばが君を待つ!」
「あんまし嬉しくないなぁ」
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