第9話
「これで炙り出しだ。……くくく、絶対に、絶対に見つけ出してやる」
「また悪い顔してる……」
「何故だかわからないが、嫌われている」
という服留くんからの再度の相談を受けて、我が化学会(総員二名)は総力を挙げて(二人力)解決に向けて邁進していた(週10時間程度)。毎日2,3回はあったおやつタイムがなんと1回になったぐらいには気合を入れて原因究明に尽力していた。
結果、我が部を、いや丸々高校を代表する天才である川神さんはある物を開発し終えた。最初は浪漫会の荒木さんを頼るべきだと僕は言っていたのだが、川神さんのプライドはそれを許さず、ついには化学者であるのにも関わらず、何だか工学的な物々しい物体を作り上げてしまった。
その発明品は何も知らずに見ればレーザー銃のような見た目で、ラッパの吹き出し口のようなところから、植物のめしべのような先端に玉のついた細っぴょろい線がピンっと出ていた。
これが何なのか僕にはわからない。
わかることと言えば、この物体を作るのに川神さんがとても苦労したということで、化学者を自称する川神さんにはそぐわない、はんだごてとか工具ツールセットとかが机という机に散乱していた。
それを整理して必要に応じて川神さんに渡すのがここ1,2週間の僕の主たる仕事だった。
「これはなんなんですか?」
「まったく。やっと聞いてきたか。キミが聞いてくるのに1週間と5日もかかったぞ」
「いや、大体なにをしているのかもわかりませんでしたし」
「まあいいさ。こやつは分析器である。名前はまだない」
「分析器? なにを分析?」
「ふっふっふ。キミは実に理想的な助手だねぇ。後輩ではないということだけが残念だ。後輩だったらもっとぞんざいな扱いをしていたというのに」
「がっつり同い年ですよ」
僕も川神さんも同学年の高校2年だ。誕生日も同じなのはほんとに偶然だった。僕らは仲良く6月10日生まれなのだ。
先月の僕らの誕生日は、エナジードリンクとコンビニの2個入りケーキでささやかに祝われたのだった。
「で、この分析器だが……」
「何を分析してくれる機械なんですか」
「実に理想的な質問だ。この機械は匂い……というよりも空気中の香り成分を分析する機械という方が正しいな。大気中の元素を分析したりするのではなく、どんな香りが混ざり合っているのかを提示してくれるわけだ」
「それで、この機械がどう解決してくれるんですか? いまのところ服留くんの問題とつながりませんけど」
「私のなかでは繋がっているのだよ。この機械は、服留君が嫌われている原因を突き止めるための機械だ。私は考えたのだよ、なぜ途端にアレが嫌われ始めたのか」
「服留くんのことですね」
「普通に考えると、服留君が嫌われ始めたのは、どう考えても私の制作物である惚れ薬が原因だとしか思えない。惚れ薬が機能して彼女が出来た途端、周囲の人間から嫌われ始めたからだ。しかし、服留君が嫌われるようになったとの報告を受けてからも、他の使用者たちは惚れ薬を上手に使っているし、何より人に嫌われるようになったと訴える人間が現れない。
となれば、だ。間違いなくアレに対して何か妨害工作をしている人間がいると考えるのは普通のことだろう?」
「敵は己に無し、というわけですか」
「そういうことだ。私はさらに考えた。もし【特定の人物を嫌われるようにする】にはどうしたらいいか。キミならどうする」
「あることないこと難癖をつけて集団でいじめるとか、無視するとかですか」
「実にすばらしい回答だ。そう。普通は評判を下げるなりして、集団の中から追い出そうとするはずだ。そこでMSUの探偵団に依頼をしたのだが、悪評の一つ上がってこなった。それどころか上がってきた報告は、依然私たちが数人に聞いた時と同じで【認知しているが関心がない】というものだった。つまり、理由なく嫌われているのだよ、彼は」
「なんでそんなことに」
「人が異性を選ぶとき、その人の体臭が好きかどうかという評価項目があるらしい。いわゆるフェロモンというやつだ。その個人の持つにおいに対して何か変化が起きているのではないか、というのが私の仮定なのだよ」
「つまり、体臭ってことですか」
「そういうことになる。体臭とは言わなくても、あの人間が持っている匂いに何か細工をして、他人から嫌われるようにしているのかもしれない」
「僕にはよくわかりませんが……だいたい体臭をどうのこうのするのなんてできるんでしょうか」
「そんなもの簡単だろう。この学校では何が起きてもおかしくないのだから。現に、MSUでもかなりきな臭い実験を行っているので有名なP.M.S.G(Potential Maximization Study Group、潜在能力最大化研究会)では、一般生徒の運動力をオリンピックアスリートレベルまで引き上げたという噂もある。私には思いつかない方法で何かが行われていても不思議ではない」
「裏でそんなことがあってるんですか⁉」
「……それに、だ。一人怪しいやつがいるだろう。一般的に考えたら高確率で犯人の確立が高い人間が一人。惚れ薬が効果的に機能し、なおかつ、服留君を嫌いにならない女が」
「……流石に僕でもわかります。……守野さんですよね」
「ご明察。あの女は何かしら怪しいと睨んでいる。むしろ疑う余地が多すぎるともいえる。なぜ、あの女だけが服留に惚れたのか。なぜ、あの女は服留君を嫌いにならないのか。なぜ、あの女は嫌われないのか。最初はアイツラのイチャイチャとした空気感が原因で嫌われているのだろうと思っていた。しかし、それだったら守野も嫌われるだろうに、そうではないらしい。となると、ほぼ同じ条件なのに周囲からの反応に差がある守野が怪しいことになる」
「まるで、服留君を独占しようとしているみたいですよね。これまでの話を総合すると」
「そういうことだろうなぁ。私は恋愛のレの字、いや、子音のRすら知らない。だが、世の中には好きな人間を病的なほど独占したがる人種がいるのは知っている。私の見立てではあの女はその筋の人間の説が高い」
「なるほど、ヤンデレですか。でも根拠として薄くないですか?」
「いや、薄くはない。だって前に見たメンヘラの特徴に合致しているからだ。細く、声が小さく、いつも黒いマスクをしている! 完全一致だ!」
「……川神さんが思い付きで推理をしていることはよーく分かりました。でも、言いたいことはわかります。なんだか、守野さんは何か隠していそうというか……」
「だろう? そうと決まれば、まずはあの守野という女をマークすることから始めようじゃないか」
「わかりました。そのために分析器が必要なんですね」
「うむ。あの様子だと、おそらく服留君と守野はいっつもベッタリだろう。そこに張り込みをして分析器が反応したタイミングでお縄にするというわけだ」
「……でも本当に好きな人を独占したいって理由だけなんでしょうかね? それにしては手が込んでいるというか、大がかりすぎる気もします」
「さあ、私たちには動機はわからないさ。だが、わかるわけもない動機を探るのは、私たちの仕事ではない。まずは調査するところからだ。心理ゲームは探偵団にもさせておこう」
「……ですね、わかりました!」
「珍しく素直な返事じゃないか」
「川神さんの発明が失敗作なわけないに決まってるんですから! さあ行きましょう!」
「……殊勝なことをいう助手だ」
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