第10話

「地道ですねえ」

「仕方ないだろう。私たちには手掛かりがないのだから」



「調査を開始する!」



 と活気があったのもその時だけ。実際の調査は地味そのものだった。大した発見もなく、大きな進展もなく、ただただ分析器を構えた川神さんと守野さんの後ろをつけて周る日々。それが数日も続いている。

 探索はキーパーソンであり、第一容疑者である守野さんを探すところから始まった。ここまでは僕も川神さんも元気があった。守野さんはすぐに見つかり、案の定服留くんといるところを発見した。二人は人目を避けるように、閉鎖された屋上への階段の踊り場を、ランデブーポイントにしているようだった。

 それから二人が楽しそうに話をしているのを、僕らは息をひそめてうかがっていた。その時点で僕は飽きてきた。いくら経っても守野さんがアクションを起こす素振りはなく、退屈なカップルの会話を盗み聞くだけだったから。

 しかし、川神さんはまだやる気十分だった。多分、自分が作ったものを試すこと意識が向いていたからだろう。守野さんをつけ周っている道中も、川神さんはずっとあの奇怪なラッパを構えたままだったのも、それを証明していた。

 毎日のように放課後になると屋上前の階段で息を潜めて、二人の会話を盗み聞く。そんな放課後が始まってもう三日も経った。

 捜査開始から累計では4日は過ぎ去ったことになる。その頃には、川神さんもやる気ゼロだった。その四日間に分析器が反応することもなく、暇で暇でしょうがなかった僕は新しくスマホゲームを始めた。

 

「なあ、キミ」

「何ですか」

「どうしてあの二人はあんなに楽しそうにしているのかね? 毎日、毎日と」

「さあ、僕にもわかりません」

「そうか。キミにもわからんか」

「何がいいたいんですか?」

「いや、キミなら……そのなんだ、ああいうことに経験があるのか、と思ってね。異性と意味のない放課後を過ごすことに」

「いや、付き合ったこととかないですよ」

「ふ、ふーん、そうかい、そうかい。まあ、キミが同世代の女子といるのは想像できないからな。うん。そうだろうな」

「ほんと何が言いたいんですか。川神さんだって付き合ったことないでしょ」

「な”⁉ なにを言うのかね! ま、全く、何を根拠に私が交際経験がないなどという決めつけを」

「いや、わかりますよ。川神さん見れば、みんなそう思いますって」

「どこだ⁉ どこを見てそう思った! 言い給え!」

「髪は伸ばしっぱなしだし、服はボロボロだし、川神さんが男の人と話すの見たこと無いですし」

「何⁉ 話しているだろ! キミとか依頼者とか!」

「僕はともかくとして、個人的な話をする人いるんですか?」

「……ぐっ」

「それが証明ですよ」

「こんな自己証明嫌だ!」

「しっ! 上で動きがあったみたいですよ」


 話し声が途絶え、ジッパーが開く音がした。二人が帰り支度をする合図だった。帰宅準備の音も止み、直後に立ち上がる時の衣擦れの音がし、そしてカツカツと4つの足音が上から降ってくるように響いた。

 僕と川神さんは二人が降りてくることを察知し、階段横の教室に隠れた。薄っすらと空いた扉から外の様子に耳を澄ました。


「いつもごめんね。人がいると避けられて……人の目も気になるだろうし」

「えっと……ううん、私は大丈夫。翔琉くんとお話ができてうれしい。早く翔琉くんが嫌われないようになればいいのに」

「亜由美……ありがとう。俺、亜由美がいるから平気だよ。それに川神さんがどうにかしてくれるよ。僕たちも頑張って耐えよう」

(バカめ! その女が怪しいのだぞ!)

(ちょっと! バレるでしょうが! 首引っ込めろ!)

「うん……私も翔琉くんの助けになれてるならうれしい」


 二人はそんな風なことを言いながら、階段を下りていく。何とも運命的なセリフを吐き続ける二人だろうか。あそこまで恋愛体質になれるのが不思議だ。明らかに惚れ薬が二人の愛の炎に薪をくべているとしか思えなかった。


「何なんだ⁉ アレは⁉ あれもこの世の人間か⁉ 何かの撮影、若しくは何かを演じているのではないか⁉」

「残念ながら正常な二人ですよ。……いや、惚れ薬が二人を異様にしているのかもしれませんけど」

「私の惚れ薬はあんなに効果があるものではないよ。多分、二人が生来の恋愛気質なのだろう」

「運命的な二人ですね」

「よりにもよってだ。あんな二人を出会わせてしまったとはね。やはり、あのイチャイチャとした態度が二人を孤立させているんじゃないのかい? ああ、そんな気がしてきた。実は守野も嫌われているのじゃないか? それだったら納得がいくし、話もスムーズだ」

「投げやりにならないでくださいよ」

「……仕方ない。もっと乗り気ではなくなったが、乗りかかった舟だからな。やるだけやってやろう」

「あの、どいてもらっていいっすか?」

「ひっ⁉」

「なんだい君は!」


 僕たちがドアの隙間から顔を覗かせて、アレコレと言いあっていると、後ろからいきなり声をかけられた。

 僕は飛び上がり、川神さんは憤慨した。


「何って、美化委員の仕事ですけど」


 制服に目深に帽子を被った美化委員を名乗る男子は、手に持っているものを僕らに見せた。それは円柱状で、上から半分ぐらいが通気性を確保するために格子状になっており、おそらく芳香剤のようなものだった。


「あ、あぁ……活動ご苦労」

「そりゃどうも。てか、イチャイチャするのなら他所でやってもらっていいっすか」

「イチャイチャ……そんなハレンチなことしておらん!」

「じゃあ、何してたんすか。教室の隅で二人寄り添って? お二人はこのクラスじゃないっすよね」

「それはそうですけど」

「……まあいいっす。さっさと終わらせて帰りたいんで。お二人も乳繰りあうなら家でどーぞ」


 そう言って美化委員の男子は僕らをいけぞんざいに、ダラダラとした足取りで、芳香剤と思われるものを教室の隅に置いていく。

 と、その時だった。


(ち、乳繰りあ、あああう⁉ な、なんという物言い! 大体私に繰る乳など……)

(川神さん! 川神さん!)

(ひゃっ! ままま、待ちたまえ! 私にも準備がだな!)

(何言ってるんですか! 手! その機械を見てくださいよ!)

(なに⁉)


 川神さんが未だに手に握りしめていたラッパのような分析器の先端から垂れている紐がピーンと張りつめていた。どういう仕組みか、なぜ張りつめているのかはわからないが、何か異常を検知したということだけは良くわかった。


(それ! 何か反応してますよね⁉)

(まさか……? この部屋にある香りの元と言えば……あの芳香剤か!)

(あれが原因ですか⁉)

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