モテる先輩
僕には尊敬する人がいる。
その人は高校の頃の部活の先輩で、学校中の有名人だった。
違う学年なのに、クラスの女子から先輩のことについて尋ねられた回数は少なくない。
そのたびに嫉妬していたものだからよく覚えている。
ある日、話したこともない女子から「○○先輩って彼女いるのかな?」「○○先輩の好きなタイプって知ってる?」なんて聞かれ、その日の部活動で先輩に尋ねると、申し訳なさそうな顔で答えてくれた。
そのせいか、○○先輩のことは僕に聞け、みたいな話が女子の間で噂されたようで、僕はよくクラスの女子と先輩を往復していた。
正直言って嫌だった。
学校中で人気の先輩に対し、僕はクラスでも目立たない存在だった。
きっと、クラスメイトのほとんどが僕の名前も憶えてないんじゃないか?
今でこそそんなわけがないと思うのだが、当時は本気でそう思っていた。
僕自身がクラスメイトの顔を半分くらいしか覚えていない、失礼な奴だったので、周りもそんなものだと勝手に思っていたのだ。
まぁ、この話から分かる通り、要は僕はモテないやつだ。
そんな僕も男なので、クラスの女子に話しかけられると、ないと頭でわかっていても心のどこかで期待してしまう。
しかし、相手の目当ては当然先輩な訳で、僕の期待は毎度裏切られた。
そのせいで傷だらけになった自尊心が限界を迎えたのか、僕は一度先輩にそのことを愚痴ったことがある。
すると先輩はまた申し訳なさそうに笑った後で、
「✕✕は鈍いからね。気づいてないだけだよ」
そう言って慰めてくれた。
しかし、僕の気は晴れなかった。
それからしばらく経ち、また一人の女子が僕に尋ねてきた。
「○○先輩のホクロっていくつあるんだろうね?」
彼女は確かにそう言った。
「ホクロ?」
僕はたまらず聞き返した。
しかし、彼女はもう何も言わず立ち去った。
そのことを先輩に報告すると、
「11個だよ」
と、いつものように申し訳なさそうな顔で答えた。
当然僕は困惑した。
僕は、こんな奇妙な女子がいたんですって、先輩に警告するつもりで伝えたのだ。
それなのに、先輩はいつもと同じように平然と質問に答えた。
僕は、それ以上先輩に何か聞こうと思えなかった。
僕はただ、次の日再び訪ねてきた件の女子に、先輩の返事を伝た。
その日から、奇妙な質問が増え続けた。
手相や母親の旧姓など、占いで使うなら想像できなくもないことについてだけでなく、薬指の正確な長さや最後に抜けた乳歯の位置など、何故知りたいのかも分からない質問まであった。
しかし、先輩はそんな気味の悪い質問にも平然と答えてくれた。
僕は気になって、こんなこと伝えて本当に大丈夫なのか、と先輩に尋ねた。
それでも先輩は大丈夫、と言うだけだった。
僕は今まで以上にこの質問の仲介をやめたいと思うようになった。
そして、その日はすぐに訪れた。
僕はいつものように名前も憶えてない女子から、質問を受けていた。
まさかそれが最後の質問だとは思わずに......。
その質問はある意味、新鮮だった。
先輩に聞かなくても、答えられる内容だったから。
「○○先輩って、何部?」
「文芸部」
僕は自然に答えていた。
もはや珍しくさえあった、普通の質問に安堵していたのかもしれない。
しかし、直後その女の子が見せた笑顔は、僕を不安にさせた。
異常に見開かれた目に、限界まで釣りがった口角は、捕食者を彷彿とさせる残虐性があった。
僕は思わず顔を腕で覆い、のけぞった。
十秒くらいが経過して、何も起きないので恐る恐る周りを見渡すと、少女はもうそこにはおらず、クラスメイトたちが奇異の目で僕を見ていた。
僕は恐怖によるパニックと恥ずかしさから、隣の席の男子にうわずった声で尋ねる。
「さっき僕と話してた女子どこ行ったか知らない?」
「......さあ? ......てか、何組の子? 見たことないけど......」
彼は突然話しかけてきた僕の様子に戸惑いながら答えてくれた。
しかし、逆に僕は彼の質問に答えることができなかった。
その日、先輩は部活に顔を出さなかった。
活動日には真っ先に部室にいた先輩が、その日以降、全く来なくなったのだ。
別の先輩に○○先輩はどうしたのか、と尋ねたりもしたが、分からないや心配だねなどの要領を得ない回答ばかりで、○○先輩の安否は分からなかった。
ただ、後になって思うのは、先輩が奇妙な質問に平然と答えてくれていたのは、僕を守るためなんじゃないだろうか。
答えを得られなかった仲介者に、矛先が向かないように。
そう思うと、先輩は本当に尊敬に値する。
僕は、あの笑顔を思い出して、とてもそんな気はならなかったのだから......。
学校のホラー短編 欠伸 @monokaki76
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