飛鳥の亀石

芦原瑞祥

謎の石造物

 奈良県の飛鳥には、亀石という謎の石造物があるんです。

 川原寺の標だという説もありますけど、用途はわかっていません。甲羅から顔を覗かせる亀のようなフォルムだから、亀石と呼ばれています。


 伝説によると、昔、大和盆地は湖だったらしく、当麻のヘビと川原のナマズが争ってヘビが勝ち、川原は湖の水を吸い取られてしまったそうです。湖が干上がったせいで亀がみんな死んでしまい、あわれに思った村人が「亀石」を造って供養したのだとか。


 で、この亀石、最初は北を向いていたのだけれど、東向きになり、現在は南西を向いている。これが当麻のある西を向くと、大和は泥海の底に沈む、と言い伝えられているんですよ。奈良県民なら、一度は聞いたことがある話じゃないですかね。


 とはいえ亀石って、結構大きいんです。高さは一・八メートル、長さ三・六メートルと、そうそう動かせるもんじゃない。


 ところが、これを動かそうとした奴らがいたんです。


 ほら、去年の夏、雨が降らずに水不足になったでしょう。最初は高をくくっていたけれど、ダムの貯水量やら川の水位やら見る間に下がってしまって、ひどい地域だと断水して必要最低限だけ給水車で配って回ってた。散髪屋はシャンプーなしだし、プールも中止。ついには農作物にも影響が出始めて、みんな危機感を募らせてた。


 そんな状況に嫌気が差したんですかね、SNSで「亀石を西に向かせて大和盆地を水瓶にしよう」ってネタツイートが拡散されたんです。ツイ主、あ、今はXでしたっけ、発言主のミスターXはあくまでネタのつもりだったんだけど、ネット民の祭みたいになって、亀石のところに何十人も集結しちゃったんですよ。

 

 で、ネット民てやたら頭のいいのとか、専門知識持ってるのがいるじゃないですか。要らん集合知で、そいつらが亀石を動かしてしまった。


 といっても、昔と違って誰も「大和盆地が泥海の底に沈む」なんて信じちゃいないから、アホなことするなぁと思いながら、西を向いた亀石の写真をリツイート――ああ、リポストでしたっけ――をするくらいでした。亀石動かした奴らも、動かしたことに満足して、このネタはこれで終わり、解散! て感じだったんですが。


 え? 大和盆地は泥海になったのかって? いやいや、そんなことになったら大ニュースじゃないですか。泥海には沈みませんでしたよ。

 ただ、そのあと七日間、雨が降りました。ちょっと川が氾濫寸前までいって、あの映画みたいになるんじゃないかって言われていましたね。


 一つ、不思議なことがあって。亀石を動かしたネット民、雨が降る前に全員ツイートが止まっているんですよ。亀石の呪いじゃないかって、当時話題になりました。


 もう一つ、気になることがあるんです。それ以来、亀石が少し大きくなっているんです。地元の人が、「大きくなってんじゃね?」と写真つきでツイートしてた亀石、確かにひとまわりほど大きいんですよ。みんな怖がって、正確に計ろうとはしていないんですけど、西向きに動かされていることを差っ引いても、側の生け垣と対比したら前よりも高さがある。


 亀石を動かした奴らが、亀石に取り込まれたんじゃないか。そう噂されています。


 飛鳥には他にも謎の石造物がありましてね。二面石とか酒船石とか、亀形石造物とか。それらの多くは斉明天皇の頃に造られたと言われています。重祚した女性の天皇で、雨乞いが得意だったそうです。僧侶が読経しても小雨程度しか降らずに諦めていたけれど、この天皇が祈ると大雨が降ったのだとか。古代の女帝ですから、シャーマン的なところがあったのでしょうね。


 斉明天皇がよく石造物を造らせていたというのは、たぶん、石造物になにか仕掛けをしてたんじゃないですかね。呪術的な。

 亀石が「西を向くと大和盆地が泥海に沈む」なんて言い伝えがあるのも、いわば撒き餌ですよ。そう言っておけば、不届き者が「動かしてやろう」とやってきますからね。


 雨乞いには生け贄がつきものでしょう? でも、できればいい人は殺したくない。

 動かすなと言われている亀石をわざわざ西に向けようとする不届き者なら、生け贄になっても心の痛みは多少ましってもんじゃないですか。


 亀石は西を向いたから、もう動かす人もないだろうって?

 それが、先日の地震で、今度は北西を向いてしまったんですよ。


 これじゃあまた「西に向けてやろう」って不届き者が出てしまいますねぇ。

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飛鳥の亀石 芦原瑞祥 @zuishou

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