(10) 始まり
その五日後。
ひまりが死んだ。
何を言われたのか最初は分からなかった。人間って本当に生命の危機を感じるほどの衝撃の言葉は受け付けないのだと思い知った。
ぼくは気付いたら発狂していたという。強く頭を床に打ち付けていた、らしい。らしい、とうのはわけの分からない言葉の後の記憶がないからだ。その知らせが入ったのは事件があった翌日、警察が家に来た時だった。ぼくは大人たちに取り押さえられ病院に連れてかれた。そこで聞かされた。
ひまりは昨日の十九時四十三分頃、何者かに追われ走って逃げていて、見通しが悪い路地の角を曲がった時、前方から来る車と衝突した、という。遺体は損傷が激しく、恐らく即死だっただろうと言っていた。
――十九時四十三分頃。ぼくがひまりと別れたのが十八時五十分頃。いつもなら一緒に帰るがぼくの誕生日プレゼントを買ってあげると言って先に帰ってしまった。そんなことをぼっと思い返していた。
“死”
そんな言葉が頭に浮かんでくる。
死?
ひまりが?
い、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
【君は“死”についてどう思う?】
【別にどうでもいいです】
【今、死んで、って言ったら?】
【はい、死ねますよ】
【死んだらあるのは無のみだと思います】
【死んだら天国に行けると思うなー】
【ぼくはなんでもいいです。だって痛いなんて一瞬ですよ?】
【私はとにかく痛くない死に方がいい。痛いのは絶対に何があっても嫌。安楽死がいい】
【どこもないです】
【私は好きな人がいる所で見送られて死にたいな】
【だって死んだら全部終わりでしょう? だったら死ぬ前に何をやっても変わらないでしょ? なら何をやったって無駄でしょ?】
【死んでも終わらないんだよ。きっとその先には現世よりももっと良い世界が広がっているんだよ。だから、終わりじゃない、逆に始まりなんだよ。私はそう思う。それに無駄じゃないよ】
【だって『私』がいるんだもん】
【かおる、今、死んで、って言ったら?】
【ぼくは死にたくない。だってもうひまりに逢って救われたから。絶対に死にたくない】
どうして? なんで? ひまり? なんで? どうして?
どうしてひまりが死ななきゃいけないの?
【命なんて呆気なく終わるものなのに】
なんでそんなに呆気ないの? ひまりは分かっていたの?
即死? 絶対に激痛だったはずなのに……。なんで?
ねえ? なんでぼくじゃないの?
死んでもいい、無になるからいい、痛いなんて別にいい、どこでもいい、死んだら終わりだからいい……。
もう全部ぼくでいい! だから、だから、やめてくれ……!
ひまりは生きて好きな人に看取られ安楽死で死んだ後も続く、それでいいじゃん! なんで? 死んじゃいないよね? ねえ? ひまり……?
「くそおおおおぉぉぉ!」
また、大人たちに取り押さえられた。
精神が安定するまでずっと病院の中にいた。ずっとずっとずっと頭からこびりついて離れなかった。ひまりの声、姿、匂い、仕草、表情、目つき、言葉、小説、図書室……。全てが離れなかった。寝ても覚めてもひまりの言葉が頭の中を駆け巡っていた。
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